九つの試練『神の箱庭』⑰/怒りの猛牛
『ブモォォォォォォォォォォ!!』
「チッ……なんつー叫びだ。おいエルフのお嬢ちゃん」
「わかってる」
プレセア、ウルの二人は走りながら会話する。
「ここには身を隠す遮蔽物がない。身を隠せないなら」
「常に死角へ、でしょ。弓士の基礎くらいわかっているわ」
「へっ……それと、あの牛野郎」
「ああいう巨大で剛毛に覆われた魔獣は、筋肉も強靭で矢が刺さらない、でしょ」
「そういうこった。悪いな、余計なおせっかいだったぜ」
「わかればいいわ。じゃ」
そう言い、プレセアはウルと分かれミノタウルスの側面へ。
そして、一人になり始めて舌打ちした。
「……精霊がいない。能力が使えないとなると、ただの弓士ね」
試しに、弓の張力を自分が引ける限界まで調整し、矢を番え、前足に向かって射る。
だが、矢は刺さるどころか、毛に弾かれ転がった。
「……これで無理なら、役に立てないわ。どうす───……」
と、諦めかけた瞬間……身体に力がみなぎってきた。
視線を感じ見ると、そこにはエクリプスがプレセアに向かって手を振っている。
漲る力は『支援魔法』による力。強力なバフの力で、身体能力が強化される。
「エクリプス……ありがとう」
プレセアは、アイテムボックスから巨大な弓を取り出す。
霊峰ガガジアに存在する樹齢七千年の大樹の枝で加工した、ユグドラ王族のみが使うことを許された聖なる弓。
プレセアはもう王族ではない。弓を返還しようとした時、姉が拒否した。
「それは、あなたのもの」と言って。
懐かしさに一瞬だけ頬を緩め、プレセアは弓の張力を限界まで調整。
「いけるわ…『風に乗って』」
この場に精霊はいない。だが、聖なる弓には精霊が宿っている。
その力を借り、矢に風を纏わせ、限界まで調整した弓に番える。
そして、真正面にいるハイセたちに向けて雄叫びを放つミノタウルスの前足に向け放った。
『モガァッ!?』
矢は足を貫通……だが、ミノタウルスの巨体に対し、矢は楊枝よりも細い。ほんの僅かな痛みに顔をしかめた程度だが、気は引けた。
『グルゥゥゥゥゥゥ!!』
ミノタウルスが、プレセアのいる場所を見た……が、すでにプレセアは死角に回っている。
そして顔をそむけた瞬間、ウルの矢が後足に当たる。
「やるじゃねーの、プレセアちゃんよ!!」
ウルの弓も限界まで張力を調整している。だが、それでも矢は刺さらない。
でも───同じ個所に、ほぼ同時に、十発の矢が当たったら?
強烈な一撃ではなく、同じ威力が同時に連続して命中する。
これにより、ウルの矢はプレセアと同等の威力を出し、ミノタウルスの足に突き刺さった。
『グルゥゥゥゥゥゥ!!』
「ハハッ……そこにはもういないぜ?」
ウルの位置を見るが、そこにはもう誰もいない。
プレセアとウル。二人の狙撃手は、ミノタウルスを上手くかく乱した。
そして。
『参ります、ハッ!!』
ズドン!! と、人間ではあり得ない跳躍でミノタウルス顔面付近に飛んだヴァイスが、鎖付き鉄球を回転させ、ミノタウルスの顔側面に叩き付けた。
顔が揺れる……だが、ミノタウルスにダメージはほぼない。ギロリとヴァイスを睨み、左手で掴もうと手を伸ばす。
すると、ヴァイスの背にある噴射機構から、一瞬だけ風が吹き、ヴァイスは空中で回転した。
そして、華麗に着地。
「ちょっと、アンタばっかりずるいし!!」
「行くぞ、サーシャ!ヒジリ!、クレア!!」
「はい!!」
ヒジリが拳をガンガン打ち付け、サーシャとクレアが闘気を纏って飛び出した。
「支援する」
「重ね掛け、ね」
タイクーンの補助魔法。そして、重ね掛けの補助をエクリプスが。
クレア、サーシャ、ヒジリが強化される……だが、その三人を一気に追い抜き、ミノタウルスの前足を蹴って跳躍、右腕を伝い、ミノタウルスの顔面に向け───……。
「潰れろ」
身体強化されたハイセが、自動拳銃を連射。ミノタウルスの右目に銃弾が突き刺さる……が、ゴミが入ったようなものなのか、ミノタウルスは目を閉じ、涙を流し銃弾を輩出。
ハイセは舌打ち。自動拳銃をホルスターにしまい、ハンドキャノンを具現化する。
『グォアアァァァァァァァァァァァァァ!!』
ミノタウルスは、自分の腕に立つハイセを掴もうと、棍棒を投げ捨て手を伸ばす。
だがハイセは跳躍し、左腕に飛び移る。
そして、ハイセばかり見ていたせいか、見落とした。
「金剛拳・撃式!! 『金剛不動明王』!!」
自身の拳、そして背後に巨大な腕を持つ金剛像の拳が、ミノタウルスの前足に叩きこまれた。
『ヌガッ!?』
矢ではあり得ないダメージ、ミノタウルスの前足が砕かれ、崩れ落ちる。
「白帝剣───……」
「青銀剣───……」
互いの闘気が限界まで膨れ上がる。
言葉は不要だった。
サーシャの剣、クレアの双剣が交差し、ミノタウルスの胸に叩き付けられる。
「「はぁぁぁぁぁぁ!!」」
全力の一撃。闘気がミノタウルスの剛毛を容易く両断。皮膚を、肉を綺麗に切り裂き、骨まで届くダメージを与えた。
『グォアアァァァァァァァァァァァァァ!!』
胸から血が噴き出した。
そして、ハイセが叫ぶ。
「エクリプス!!」
「───っ!! はい!!」
ハイセの呼び声に歓喜……したのは一瞬、エクリプスが魔法でサーシャ、クレアの二人を一気に引き寄せる。
そしてハイセ。
ハイセは強化された身体でミノタウルスの腕から跳躍。
胸を押さえるミノタウルスと目が合った。
「───打ち上げ花火だ派手にいくぜ」
ミノタウルスに向けて指をパチンと鳴らすと、ハイセの背後から巨大な『ミサイル』が現れた。
ミサイル。
ハイセが使う『武器』より遥かに強力な『兵器』だ。
エクリプスはその威力を知っていた。
「『最大硬度防御結界』」
自身が使える最大の防御魔法を展開。仲間を全員引力魔法で引き寄せる。
ハイセだけが遠く、間に合わない。
ミサイルが次々と着弾───……すさまじい爆発を引き起こし、肉片のようなものが飛び散った。
音が消え、周囲の土煙が晴れていく……すると、そこにいたのは。
「ハイセ!!」
サーシャが叫ぶ。
そこに立っていたのは、ハイセ。
そして、地面に転がる、腕がはじけ飛び、上半身と下半身が千切れ飛んだミノタウルスだった。
ミノタウルスの胸部はズタズタになり、飛び出した心臓が辛うじて動いている。
だが、眼がギラギラと輝き、ハイセを睨んでいた。
ハイセは、アンチマテリアルライフルを構えている。
その光景に、サーシャたちは声が出ない。
だが、エクリプスだけは笑っていた。
「───決め言葉は?」
ハイセは引き金に指を掛け、ニヤリと笑う。
「『JACKPOT』!!」
銃弾が発射され、ミノタウルスの心臓に直撃。
血が噴き出し、ミノタウルスの目が見開かれ───……。
『ブモォォォォォォォォォォ───……!!』
断末魔を上げ、そのままピクリとも動かなくなった。
ギラギラしていた目が真っ白くなり、ダンジョンに溶けるよう泡となっていく。
そして、ミノタウルスの存在が完全に消え……静寂が訪れた。
ハイセは銃を消し、振り返る。
「終わりだな」
こうして、禁忌六迷宮『神の箱庭』……最後のボスが討伐された。
 





