九つの試練『神の箱庭』⑯/真なる猛牛
たっぷり休憩を取ったハイセたちは、九人並んで扉の前に立つ。
「開けるぞ」
正面に立つハイセが言い、扉に触れる。
これまでの扉と違い、観音開きの扉だ。取っ手を掴んで押し込むと、扉がゆっくり開く。
扉の先は、真っ暗な空間だった。先が見えないので、何があるかわからない。
「さて、この先には『宝』を守る最後の番人がいるはずだが……」
「俺が倒したからな」
タイクーンの疑問にハイセが答える。
「なら、すぐに宝があるのか?」
「ふふ、そう簡単にいくとは思えないけどね」
サーシャの疑問にエクリプスが答える。
「き、緊張してきました……」
「ま、落ち着いて行こうぜ」
緊張するクレアに、ウルが軽い声で言う。
「そんなの行けばわかるわ!! ふふん、楽しみ!!」
「お気楽ね」
拳を合わせるヒジリ、どこか呆れたようなプレセア。
『…………』
ヴァイスだけは、いつもと変わらない無言。
それぞれが踏破は目前と感じていた。そして、ハイセは進む。
「行くぞ。全員、気を抜くな」
ハイセが扉の先に消え、サーシャが続き、残った全員も進む。
先に進むとそこは───……広大な『平原』だった。
何もない平原だ。地面があり、空がある。木々は生えておらず、遮るものが何もない。
かなり広い空間。タイクーンは言う。
「何度驚けばいいのか……『神の箱庭』の中は無限の空間なのか? これも魔族の『スキル』で生み出した空間だとしたら、人間の『能力』とは規模が桁違いだ。ふむ……興味深い」
「……私も魔法で『空間』を作ることはできるけど、これだけの規模は不可能ね。確かに、興味深いわ」
タイクーン、エクリプスが感心するが、ヒジリはゲンナリする。
「な~んもないじゃん。ぜんっぜん興味深くないし。で、何ここ?」
「俺に聞くな。とりあえず、辺りを探索して───……っと」
すると、地面が揺れ出した。
ヒジリが驚きハイセの腕を掴み、各々が揺れに備えている。
そして……最初に気付いたのは、ヴァイスだった。
『ムッシュ。警戒を』
「え?」
『何かが来ます』
ヴァイスが見ている方向には何もない……だが、数秒してハイセも、ウルも気付いた。
何かが、来る。
遅れてサーシャ、タイクーン、プレセア。そしてヒジリ。
エクリプスも気付き、最後に気付いたのはクレアだった。
地面の揺れが激しくなり、ヴァイス以外立つこともできない。
そして、その揺れの正体───何かが物凄い勢いで地面を駆け、その振動で地震を起こしているとわかった。
「な、なんだ……アレは!?」
向かってくる正体が視認できた。
それは、黒い山が迫って来るようで…大きさは百メートルを遥かに超える。しかし『山』……ではない。
下半身は馬。上半身が漆黒の体毛に包まれた『牛』だった。
手には、歪な棍棒がある。それで地面を叩きながら向かってきた。
『グォアアァァァァァァァァァァァァァ───!!』
恐るべき雄叫びだった。
空気が振動し、ビリビリとハイセたちの全身に叩き付けられる。
耳をふさぐが、その振動の凄まじさは耳をふさぐ程度では打ち消せない。
「───『振動軽減』……っ」
エクリプスが辛うじて魔法を発動、振動を中和し、ようやく動けるようになった。
そして、その怪物がハイセたちの前まで来ると急停止。
『フゥゥゥゥゥォアォォォォォォォ……』
呼吸を荒くし、全身の毛が逆立っている。
間違いなく、怒り狂っていた。
ハイセは立ち上がり、呟く。
「なるほどな……コイツが本当の、『コルナディオ・ミノタウルス』か。俺が倒したのはこいつの子供か、劣化版みたいな存在……今なら納得できる」
そして、サーシャが立つ。
「つまり、こいつを倒せば……『神の箱庭』は踏破、か」
「ああ。間違いなく、こいつは強敵だ。以前、俺はヤマタノオロチ・ジュニアとかいう『七大災厄』の劣化版と戦ったが、こいつは間違いなくオリジナルだ」
「確かにな。私たちもショゴスというスライムと戦ったが……オリジナルというのは、こうも強大だとはな。それに、どう見ても怒り狂っているぞ」
「たぶん、ここに閉じ込められたことで怒ってるんじゃないか? ここはこいつにとって檻みたいな場所だしな」
ハイセとサーシャが並んで喋っていると、ヒジリが拳を合わせ並ぶ。
「滾る……!! ね、ハイセ!! アレやっていいんでしょ!?」
「ああ。でも、回復役はいないから、死んだら終わりだぞ」
「フン!! 面白いじゃん!!」
そして、エクリプスが並ぶ。
「治療なら私もできるわ。忘れた? 私は『マジックマスター』……攻撃も支援も治療も、私が世界最高峰よ」
「やれやれ、ボクの出番をあまり奪わないで欲しいね」
タイクーンが並び、興味深そうにミノタウルスを観察する。
ウルが並び立ち、アイテムボックスから大きな変形機構のある弓を取り出した。そして、本気で戦う時だけに吸う煙草に火を着ける。
そしてプレセアも弓を取り出した。
「やーれやれ。久しぶりに本気で戦うしかねぇか。ま、援護は任せておきな」
「あら、私もできるわよ」
『ムッシュ、マダム……危険度大。私だけでは対処不可能です』
「安心しろ。ここにはS級冒険者たちが揃ってるからな。さて……クレア」
ハイセは、未だしゃがみ込んだままのクレアを見た。
クレアの位置は、S級冒険者たち、そして最後に並んだプレセアとヴァイスの背中が見える位置。
「お前はどうする。戦うか、隠れているか」
「…………っ」
クレアは立ち上がった。
自分は未熟だと、クレアは理解している。それでもハイセは『共に戦うか』と、言葉ではない、態度で示してくれた。
「私は……」
今なお、フリズド王国で『クレア』を演じ、冒険者になるという夢を支えてくれているダフネのために、クレアは至高の冒険者を目指す……そのために、立ち上がらなければならない。
立ち上がり、双剣を抜き───闘気を一気に解放した。
「私も戦います!!」
青藍の闘気に銀が混ざり、青銀色に輝いた。
これまでとは比較にならない闘気の出力に、サーシャが驚く。
「ふ……私も、負けられんな!!」
純白銀に輝く闘気。質も出力もクレア以上……まだまだ、『ソードマスター』の後輩であるクレアには負けないという意思を感じた。
「ふむ……支援に徹しよう」
「私は臨機応変に支援、回復を」
タイクーン、エクリプスが魔力を漲らせる。
「私は援護」
「オレもだ。フッ……怒れる猛牛に教えてやるぜ。夜を駆ける荒鷲の爪を」
プレセア、ウルは援護に徹するのか、言葉と同時に姿を消した。
「フン、ハデに行くわ!! ちょっとアンタ、今回は味方だからね!!」
『了解しました』
ヒジリは四肢にオリハルコン製の具足を装備。
ヴァイスはアイテムボックスから『鎖付き鉄球』を取り出しブンブン振り回す。
そしてハイセ。
「さあ───……ここからが、ハイライトだ」
両ホルスターから自動拳銃を抜き、クルクル回転させてミノタウルスに向ける。
九人の戦意を受けたコルナディオ・ミノタウルスが、怒りの咆哮を上げ襲い掛かってきた。





