九つの試練『神の箱庭』⑮/最後の試練
出口は、同じ部屋に全てあった。
九つのドアが同時に開くと、見知った顔がゾロゾロと現れる。
最初にドアを閉めたのはハイセ。全員を見てやや警戒……そして言う。
「……偽物、ではないな」
「恐らくそうだろう。ふむ……」
ハイセの問いに答えたのは、タイクーン。
眼鏡をクイッと上げ、なぜかハイセを微妙に警戒するサーシャに聞く。
「サーシャ、問題はないか?」
「あ、ああ。試練は乗り越えた」
「う、うぅぅ……ハイセぇぇぇ」
「うおっ!?」
と、ヒジリが泣き出し、ハイセの胸に飛び込んだ。
いきなりのことでハイセも対処できず、胸元で泣きじゃくるヒジリ。
「お、おばあちゃんが……アタシのこと、褒めてくれたの」
「お、おい、離れろ」
「うぅぅ……もうちょいこのままでいい?」
「……何なんだ。何があったんだ」
「おばあちゃん……」
意味不明だった。すると、今度は右腕をクレアがガシッと掴み、震えながらしがみつく。
「う、うぅ……私、私……毎日が楽しくて、忘れかけてました。私……ダフネが私の代わりに、『私』になって……今も、『私』を演じているのに、それを忘れかけて……」
「お、お前もかよ……ってか、なんで俺にしがみつく」
「ううう、師匠……私、最低」
「ううう……おばあちゃん」
「……何なんだ。コレも試練なのか?」
ゲンナリするハイセ。すると、どこか冷めた目でプレセアが言う。
「頼りになるからでしょ。本当は嬉しいくせに」
「そう見えるなら医者に行け。ってかいい加減に離れろ」
「「ううう……」」
ダメだった。
すると、少し距離を置いていたサーシャが、ハイセをチラチラ見て、顔を赤くして言う。
「……あー、その、ハイセ。どうやら、全員いるようだ」
「ああ。って、なんだ?お前…顔が赤いぞ」
「い、いや……その」
「あーもう……おいウル、ヴァイス、エクリプス。お前らは無事か?」
ウルは帽子を押さえ、どこかキザったらしく言う。
「ま、いい夢見れたぜ。ひと時の夢ってのは、甘くせつないピーチカクテルの味がしたぜ」
『戦闘終了。戦利品を手に入れました』
そして、ヒジリとクレアをどこか羨ましそうに見ているエクリプス。
「私も問題ないわ。むしろ、物足りないくらいね」
「そうか。とりあえず……九つの試練は攻略したな。で……」
ハイセは、真正面にある巨大な『扉』を見る。
先ほどから、タイクーンが興味津々で扉を調べている。さすがに開けることはしない。
「あれが、最後の扉か?……ああもう、いい加減離れろ!!」
さすがにうっとおしいのか、ハイセはヒジリとクレアを無理やり引き剥がした。
そして、扉を調べているタイクーンの元へ。
「タイクーン、この扉……」
「ああ。間違いなく、禁忌六迷宮『神の箱庭』最後の扉だ。恐らくこの先に最後の試練がある」
「……つまり、災厄、ってことなんだろうが」
「む、何か気になるのか?」
「いや……俺の試練で、デカい『牛のバケモノ』が出た。恐らくそいつが『コルナディオ・ミノタウルス』だと思う」
「……何?」
「説明する。が……そうだな」
ハイセは周囲を見渡し、巨大な『扉』以外に仕掛けがないことを確認。
「全員いるし、情報のすり合わせしておくか。どうやらここは、魔獣もいないし、仕掛けもこの『扉』しかない。ある意味、休憩場所としてもってこいだ。少し休んでから、全員で最後の『扉』に挑もう」
「賛成だ。ふ……キミのように冷静な分析ができる人間がいると、ボクの負担は軽くなる」
「そりゃどうも……」
こうして、全員で休憩を取ることにした。
◇◇◇◇◇◇
それぞれの試練で何があったのかを確認。
話し終わるころには、数時間経過していた。
「とりあえず、メシ食って仮眠してから行こうぜ。この先に何があるかわからねぇ以上、体調は万全にしておいた方がいい」
「賛成だ」
ウルが言い、タイクーンが賛成。
他のメンバーも反対はなかった。それぞれ、アイテムボックスから食事を出す。
さすがに、この部屋で火を起こしたり、調理をしたりはできない。火を起こせば煙が充満し、中毒を起こしてしまうだろう。
ハイセは、テントを出し、テーブルと椅子を出す。そして、シムーンが作ったサンドイッチを出し、熱々の紅茶を自分のカップに注いだ。
「あの、師匠……」
「……お前、また道具や食事の用意忘れたとか言うんじゃないだろうな」
「えへへ……」
「ったく……」
「あ、テントは用意しました。寝袋もあります!! でもその……食事は、食材しかなくて。ここ密室だし、火は起こせないんで……」
「人参でも齧ってろ」
「そんなあ!! 師匠、お願いしますー……恵んでくださいー」
「……ったく、来い」
「やった。師匠、大好きですっ!!」
クレアはハイセの傍に移動し、自分のカップを置き、サンドイッチを食べ始める。
ハイセは読書をする。休憩はたっぷり1日取るので、時間はある。
すると、プレセアが椅子を持って来た。手には皿があり、緑色のクッキーが並んでいる。
「これ、エルフ族の非常食……ハイセ、私もサンドイッチが欲しいわ。それと、暖かい紅茶」
「……物々交換ならいいぞ」
「ありがと」
クッキー皿を置き、自分のカップに紅茶を注ぐプレセア。
いつの間にか、ハイセの傍に来たプレセア。どうやら離れる気はないようだ。
「お前、離れろよ」
「嫌。何年振りだと思っているの?」
「知らん」
「ハイセ!! アタシもそっちいい?」
「は?」
「あのね、おばあちゃんに『恋をしろ』って言われたのよ。で……身近な男で誰想い浮かぶ? って言われて、アンタが真っ先に思いついたのよ。アタシ、アンタに恋してみたいから、傍にいていい?」
「…………は?」
「ヒジリ、あなた馬鹿?」
「はあ!? ってかプレセアには関係ないし!! ハイセ、そっち行くから!!」
「待ちなさい……あなた、恋をするですって? ハイセに恋をしているのは私。横からいきなり来ないで欲しいわね」
「あぁ? そういやアンタ、S級冒険者序列二位だっけ……強いの?」
「ええ、無鉄砲なおサルさんよりは、ね」
「……ふーん」
エクリプスとヒジリの雰囲気が険悪だった。
我関せずと、タイクーンは距離を取る、ウルも距離を取り昼寝。
ハイセは、めんどくさそうに言った。
「ヴァイス起動。エクリプス、ヒジリの二人を怪我させずに気絶させろ」
『了解しました』
と───部屋の隅で待機していたヴァイスが起動。
一瞬でエクリプスの首に手刀を打ち込み意識を刈り取り、ヒジリにも一撃喰らわせようとしたが防御された。
「そう何度も喰らわないし───……っごが!?」
だが、腹に添えられた手から強烈な電撃が発生。一瞬で意識を刈り取った。
ハイセはアイテムボックスから鎖を出し、ヴァイスに放る。
ヴァイスは二人を抱き合わせるようにくっつけ、鎖でグルグル巻きにした。
「そのまま見張ってろ。喧嘩するなら意識を刈り取れ」
『了解しました』
「あ、あの師匠……やりすぎじゃ」
「こんなところで喧嘩する馬鹿が悪い」
「同感ね」
「ぷ、プレセアさんまで……」
すると、椅子を持ってサーシャが近づいて来た。
手には果物があり、空中に放り一瞬だけ抜刀。空き皿の上に果物を乗せると、バラバラになった。
食べやすい、手ごろなサイズにカットしたようだ。
「デザートはどうだ? それと、私も紅茶が欲しい」
「勝手に飲め」
ハイセは視線を向けず、紅茶を啜りながら本を読む。
その様子を見て、サーシャがクスっと微笑んだ。
「……なんだよ」
「いや、お前らしいと思ってな」
「……?」
情報のすり合わせはしたが、サーシャは試練でハイセが出たことは言っていない。
やはり、気恥ずかしさがあったのだ。
椅子に座り、果物を食べながら紅茶を飲み、サーシャは言う。
「禁忌六迷宮も、四つ目だ……ここをクリアしたら、次は」
「……狂乱磁空大森林、だな」
「やはりそうくるか」
「ああ。ネクロファンタジア・マウンテンは魔界にある。今は魔界に行く手段がない……まあ、アテはあるけどな」
「……カーリープーランか」
「ああ」
ぺらりと本をめくるハイセ。
サーシャは椅子に寄りかかり、胸を逸らす。
「ふう……残り二つ、か」
「…………」
「あの、師匠……」
「ん」
「お願いがあるんです」
「……なんだ?」
ハイセはチラっとクレアを見た。
クレアは真剣な表情で、ハイセをまっすぐ見ている。
「……ここを出たら、私と一緒に『フリズド王国』に行って欲しいんです」
 





