九つの試練『神の箱庭』⑬/青く輝いて
ケーキは美味しかった。でも、シムーンの作ったケーキのほうがおいしかった……と、クレアは思った。だが、クレアの隣で笑顔を浮かべるダフネが言う。
「ん~美味しかったね、クレア」
「う、うん。すっごく甘かった……」
「だよね。また行こっ」
ダフネは、ニコニコしながらクレアの腕を取る。
「あのさ~……さっきから、なに悩んだ顔してるの?」
「え……」
「悩みがあるなら聞くよ。友達じゃん」
「……ともだち」
ダフネは親友だ。
フリズド王国の王女として育てられたクレア。小さいころから、専属メイドとして同い年のダフネが当たられた。城の中では主従関係だが、二人きりの時は親友になる。
ダフネは言う。
「気分変えよっか。お散歩する?」
「うん、そうだね……」
「あ、そうだ。あたし、行きたいところあるんだ」
「行きたいところ?」
クレアは首を傾げる。すると、ダフネがクレアの腕を引く。
「以前、言ったよね。あたし、『能力』があるってさ」
「!!」
「クレアもあるって言ってたよね? せっかくの機会だし、『教会』で調べてみない?」
『能力』は、この世界の四割の人間が持つ特殊能力。
能力を持つ者はわかるのだ。自分に『能力』があると。
だが、その詳細や能力名などは、教会で洗礼を受けないと『受けとる』ことはできない。
ハイベルグ王国では十二歳から能力を受け取る『洗礼』を受けることができるが、フリズド王国では年齢規定がない。
そして、フリズド王族は、『能力』があっても調べることを禁止されていた。理由は、『王族に優劣なし』という、国を率いる人間が能力の有無で傲ることは許されないという昔ながらの『しきたり』だから。
「で、でも私……王族だし」
「あれ? 前に言ってたじゃない、自分の能力を調べてみたい、ってさ」
「……そう、だけど」
「別にいいじゃない。能力がわかったからって、使わなければいい話だし」
「……」
クレアは、曖昧にほほ笑んだ。
違うのだ。クレアは能力を調べ、受け取り……自分の可能性を知ってしまうのだ。
「ほら、行こっ」
「……う、うん」
ダフネに腕を引かれ、クレアは教会に向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
教会。
治療系能力者は所属義務が生じる組織。
ハイベルグ王国では治療系能力者の組織だが、フリズド王国では治療以外にも、能力に対して『洗礼』を行う場所でもある。
フリズド王国の教会は支部であるが、その大きさは冒険者ギルドよりも大きい。
教会に入り、二人はさっそく受付へ。
「すみません。『能力』の洗礼を受けにきました!!」
「はい。では……ああ、ちょうどいいですね。今なら予約なしで『洗礼』を受けれますよ」
「やったあ。よかったね、クレア」
「う、うん」
「では、こちらに名前を」
受付で名前を書こうとすると、ダフネが耳打ち。
「念のため偽名ね。適当でいいからさ」
「……わかった」
ここで偽名を使ったことで、クレアの能力が三人目の『ソードマスター』と明らかになっても、幻の三人目としてしか伝わらなかったのだ。
クレアは適当に、ダフネも同じように名前を書き、受付へ提出。
そして、別室に案内された。
部屋の中央に司祭がいて、隣の祭壇には古く分厚い本がある。
司祭はにっこり笑う。
「ようこそ、選ばれし者よ……こちらへ」
「はい!! ね、クレア。あたし最初でいい?」
「う、うん」
ダフネが祭壇へ近付くと、司祭が本を差す。
「こちら、『能力の書』と呼ばれる魔道具です。あなたがこの本に触れると、あなたの中にある能力を刺激し目覚めさせます。あなたは能力を受け取り、名を知り、行使することが可能となります」
「は、はい」
「一度、能力を受け取ると、あなたは一生、能力者として生きることになります。能力を持つ者として忌み嫌われることがあるかもしれません。それでもあなたは、能力を持ちますか?」
「は……はい」
重々しい空気だった。
ダフネも、もっと簡単に受け取ることができると思っていたのだろう。冷や汗を流している。
司祭は頷き、本を差す。
「では、本に触れ……開きなさい」
「…………っ」
ダフネはゴクリと唾を飲み込み、本に触れようとした。
クレアの心臓は高鳴っていた。
(ダメ)
能力を受け取ったら、人生が変わる。
いや……自分が、変えてしまう。
親友が、この世から消えてしまう……クレアは迷う。
どうすればいいのか。手が震え、中途半端に腕を上げ───……。
『おい、行くぞ』
ハイセの顔が浮かんだ。
ここでダフネを止めたら、きっともう二度と会えない。
大好きな師匠に、会えなくなる……それは嫌だった。
手が震え、ゆっくり降りていく……すると。
「───……これが、あたしの能力」
ダフネは能力を『受けとり』……能力者となってしまった。
◇◇◇◇◇◇
教会からの帰り道───……クレアとダフネは急ぎ、走っていた。
逃げるように走り、王城に戻り、裏口から城へ入り、クレアの部屋へ。
部屋に入り、二人を息を荒くした。そして、ダフネが笑う。
「あっはっは!! クレア、すっごいね!! マスター系能力って、すごいよ!!」
「……う、うん」
クレアの能力は『ソードマスター』だった。
十三しか確認されていない、『マスター系』という能力の最上種。
刀剣系最強、『ソードマスター』の力。
「クレア、三人目だって。いや~すごいね……でも、惜しかったね」
「うん……すっごい騒ぎになっちゃった」
「王族は能力を調べることを禁止されてるからね。クレアの正体がバレたら、すっごい面倒なことになっちゃう」
「……うん」
「ねぇクレア。『ソードマスター』だしさ……あった、これこれ」
ダフネは、クレアの机にあったペーパーナイフを手に取り、クレアに渡す。
「えーっと……刃を手にすることで、剣士として最上の技量、そして闘気を扱える……だっけ。試してみてよ!!」
「……うん」
ペーパーナイフを手にし、クレアは闘気を発動。
美しく輝く青い闘気が全身を包み込む……どうやら現在のクレアの技量が、そのまま反映されている。
いきなりの闘気に仰天するダフネ。
「すっごいね!! うわ~……クレア、フリズド王国騎士団よりも強いんじゃない?」
「……たぶん、そうかもね」
「もったいないねえ……王族じゃなかったら、最強の冒険者になれるのに」
「……ぁ」
最強の冒険者。
思えば、クレアが冒険者を目指し始めたのは、『ソードマスター』と知ってから。
この日から、クレアは王族としての英才教育の他に、有名な冒険者の名前を調べたり、同じ『ソードマスター』の力を持つ人間を調べ始めた……ダフネと一緒に。
「ね、クレア。冒険者になったら? ソードマスターなんて、かっこいいじゃん!」
「ダメだよ。あたし、王族だし……」
「クレアは、冒険者になりたくないの? 冒険譚とか、よく読んでるじゃない」
「そ、それは……」
本棚を見ると、確かに冒険譚が何冊もある。
思えば、クレアは妃教育やお茶会より、騎士たちの訓練を見たり、身体を動かすのが好きだった。
母に、おしとやかさが足りないとよく怒られている。
「クレア、本気でやりたいことがあるなら、チャンスかもしれないよ……あなたの意志、聞かせて?」
「だ、ダフネ? ど、どうしたの急に……」
真面目な顔だった。
クレアは知っている。ダフネは、クレアの意志を確認している。
「わ、私は……」
当時のクレアは、迷わなかった。
この決断で、ダフネの人生が変わるなんて思ってもいなかったから。
でも、それを知る『今』のクレアはどうか、再びの決断を迫られている。
「私、は」
わからなかった。
親友を犠牲にする決断を再び強いられている。
これが、『追憶の試練』……過去を振り返り、過去の軌跡を辿る試練。
夢であるはずなのだ。でも、その決断は当時よりも重い。
「……だ、ダフネ」
ダフネは、真っすぐクレアを見ていた。
いつもの明るい雰囲気ではない……ダフネも、覚悟を決めている。
あとは、クレアの言葉だけ。
「クレア。あたしね……クレアのこと、大好きだよ。親友だと思ってる……だから、クレアには、自分が本当にやりたいことを、やってほしい。あたしはクレアのメイドで、クレアがすることをサポートするのが仕事だから」
その言葉に……問わずにはいられなかった。
「……それが、自分の人生を変えちゃうようなことでも? 生贄……犠牲になっても?」
「もちろん。でも、勘違いしないで。あたしが、クレアのために選ぶことだから。あたしの決断を犠牲とか生贄とか、クレアでも言うことは許さない」
「……ダフネ」
「言って。クレア……試練を乗り越えて」
「っ!!」
その言葉に、クレアは涙を流し……ごしごしと乱暴に目元を拭う。
そして、力強く言った。
「私は冒険者になる。最強の冒険者に……最強の『ソードマスター』になる!! だからダフネ……私に力を貸して!!」
「うん、任せて!!」
ダフネがクレアの頬に触れると、ダフネの姿がクレアに変わっていく。
ダフネの能力は『擬態』……他者に、成り代わる能力。
すると、クレアの部屋のドアが輝きだした。
「さ、行って……これで試練はクリアだね」
「ダフネ……私」
「いいって。親友でしょ?」
「……うん。ありがとう、ダフネ」
そう言い、クレアの身体が光に包まれると、腰に双剣を差し、鎧を装備した冒険者の姿になった。
ドアの前に立ち、ドアノブに触れる。
「じゃあ……バイバイ、ダフネ」
「うん。バイバイ、クレア」
こうしてクレアは、『追憶の試練』を乗り越えた。
◇◇◇◇◇◇
フリズド王国の王族、 クレアネージュ・ビアンカネーヴェ・フリズド。
ソードマスターとして冒険者を目指した彼女は、メイドのダフネの助力により、冒険者クレアとして生きることになる。
ダフネの能力『擬態』により、ダフネは『クレアネージュ』に擬態。フリズド王国の王女に成り代わって、今も過ごしている。
ダフネというメイドは、もう存在しない。
今、フリズド王国の『クレアネージュ』が、ダフネであることを知るのは、クレアだけ。
クレアは生涯、そのことを明らかにするつもりはないだろう。
クレアは、冒険者として、『ソードマスター』の力を持つ者として、高みを目指すのだから。
でも、クレアの心の中では。
今はもう会えない、ダフネとの思い出は、永遠だった。
 





