九つの試練『神の箱庭』⑫/クリア続出
エクリプスは、金貨を一枚手に取り、クスクス笑っていた。
「残り一枚……ふふ」
膨れ上がった金貨は、総額四万六千枚。
だが、その全てを使い切り、手元には残り一枚だけ。
そしてその一枚は、たまたま路上を歩いていた孤児の女の子に寄付した。
たった今、エクリプスは所持金がゼロになった。
「あら……」
そして、エクリプスの目の前に、扉が現れる。
その扉を前に、エクリプスは振り返った。
「思った以上に、簡単だったわね……能力も使わなかったし」
エクリプスは、祭りが開催されている街を眺めつつ言う。
この祭りは、エクリプスが膨れ上がった所持金を全てつぎ込み、開催させた。
街の食材、酒、楽団や劇場、商会を買収し、祭りを開催するように指示した。
いきなり現れた女が大金を手に『祭りを開催しろ』と言う……だがエクリプスの神秘的な雰囲気、そして目の前にある大量の金貨が、町長や町の有職者たちの首を縦に振らせた。
そして、準備期間を経て、祭りは開催された。
だが……『金貨は使えば増える』仕組み。祭りを開催したら、エクリプスの手には大金が転がり込んでくるのは間違いない。エクリプスもそう思っていた。
なので、エクリプスはこう指示した。
『祭りの収益は全て、祭りが終わった後に報告すること』……と。
エクリプスが推測した通りだった。
祭りの開催中は、エクリプスの元に金貨が来ることはなかった。
「このお祭りが終われば、私の元に莫大な金貨が入ってくる……でもね、今、私の所持金はゼロになった。つまり……ゲームはクリア。私の勝ち、ね」
エクリプスは、目の前に現れたドアノブを掴む。
このドアノブ。街の道路のど真ん中にあるのに、誰も気付いていない。
やはり、この街は幻覚……エクリプスはそう思い、ドアノブを捻った。
「さ、ハイセに会いに行かなきゃ……ふふ、褒めてくれるかな?」
恋する乙女の表情で、エクリプスはドアを開けて先に進んだ。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「あら……おしまい?」
プレセアは、如雨露片手に、唐突に現れた扉を見てため息を吐いた。
泉の傍には畑があり、丁寧に柵まで設置されている。
そして、テントにテーブル、椅子。焚火の跡もあり、どう見ても生活の場として馴染んでいる。
「いいところ……ここ、私の避暑地にしたいわ」
扉を見て、これまで生活していた跡地を見る。
今も、動物たちがプレセアの野営地に集まり、昼寝をしたり、水を飲んだりしている。
プレセアはため息を吐き、泉の傍にいる鹿を撫でた。
「ごめんなさいね。私、行かなくちゃいけないの……二百年間、一緒に過ごせて楽しかったわ」
そう、二百年間。
プレセアは、ここで二百年間……実に、七万二千日過ごした。
動物に首輪をつけ、名前を付けた。
二百年生きる動物はそういない。ましてや、ただの鹿が二百年も生きるわけがない。
ここは、時間の流れが違う空間。プレセアの身体も成長しないし、そういう空間なのだろう。
鹿は、プレセアに頭を寄せる。プレセアは鹿を抱きしめ、そっと撫でた。
他にも、リスや小鳥が、名残惜しそうに集まってくる。
「……二百年。ふふ、けっこうな時間が過ぎたけど……エルフである私にとっては、一瞬ね」
野営道具を片付け、ドアの前に立つ。
「久しぶりに……会えるわ。ハイセ」
二百年間会わずに過ごした。それでも、想い人の顔は色褪せない。
ドアを開け、プレセアは先に進むのだった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
『…………』
鉄の女王を撃破したヴァイス。
左腕を失い、顔にも亀裂が入っていた。
だが、鉄の女王の転がった腕を拾い、口を開け咀嚼する……すると、体内にある修復器官が作動し、損傷個所が少しずつ修復される。
鉄の女王の腕、足を完食し、完全修復。
『……戦利品を頂きます』
ヴァイスは、鉄の女王が使っていた剣を拾った。
切れ味、耐久性、そして装飾……次の舞台の演武で使うのもいいし、このまま戦闘で使うのもいい。
ヴァイスは剣を手に、破壊した鉄の女王に一礼した。
『鉄の女王。あなたとのダンスは、私に新たな機能を授けてくれました。感謝します』
すると、ヴァイスの目の前に扉が現れる。
この試練。最後の敵を倒したことで、道が開かれたのだ。
『……お客様を待たせてはいけません。では』
それだけ呟き、ヴァイスはドアを開け先に進んだ。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
クレアは、ダフネと二人でフリズド王国の城下町を歩いていた。
「……寒いね」
「そう? いつもより暖かいじゃない」
クレアは苦笑する……いつの間にか、故郷であるフリズド王国より、ハイベルグ王国の気候に慣れてしまっている自分がいた。
今も、しんしんと雪が降っており、フード付きのコートを着ているせいか、フードに雪が積もっている。それを手で払い、白い息を吐く。
「ね、クレア。ケーキ楽しみだね」
「う、うん」
「……なーんか元気ないね。どうしたの?」
「……べ、別に?」
そっぽ向くクレア。
いえるわけがない。
ケーキを食べた後、二人にとって人生の岐路ともいうべきイベントが起きる。
今のクレアだからわかる。教会に行けば、人生が変わる。
自分だけじゃない……ダフネも。
「あ、あのさダフネ……ケーキ食べたら、どうする?」
「そりゃ帰るでしょ。でもまあ、ちょっとぐらい寄り道してもいっか」
「───!!」
クレアは迷った。
今、クレアが冒険者として活動できるのは、ダフネの犠牲によるものだ。
教会に行かなければ、ダフネは犠牲にならずに済む。
その代わり……クレアの冒険者としての人生は、終わる。
「…………ダフネ、その」
「ほら、いこっ」
「あ……」
ダフネに手を引かれ、クレアは走り出す。
どこまでも楽しそうな、『今はもう存在しない』親友、ダフネ。
(……どうしよう)
ここが、禁忌六迷宮だとクレアは自覚している。
だが、もう一度親友を犠牲にする覚悟は、まだなかった。





