九つの試練『神の箱庭』⑩/それぞれの状況
「む? ああ、もう終わりなのか……」
タイクーンは、一万問目の問題を解いてしまった。
そして、巨大な扉がゆっくりと開いていく……が、それを無視。
「まあ、もう少しだけ読書に時間を割いても……うん、問題ない。もう少しだけ、もう少し……」
扉は開いた。
だが、まだまだ読んでいない本がある。この素敵な空間から出ることなどありえない……と、タイクーンはウキウキニコニコしながら、まだ手を付けていない本棚へ向かった。
この空間では、食事も睡眠も必要ない。
タイクーンの仮説では、時間の流れも違うと確信していた。なので、思う存分読書をしても問題ない……そう思い、本棚へ向かう。
「ククク、ああ素晴らしい……人生最高の時間だ」
本に囲まれ、時間を気にせず、睡眠も食事も取る必要のない空間。
タイクーンがこの空間に踏み込み、実に十六万四千時間が経過。普通なら精神崩壊を起こしてもおかしくないのだが、むしろ今が最高とばかりに、タイクーンは楽しんでいた。
そして、長時間の読書で速読法をマスターしたタイクーンは、実に扉が開いてから四千二百五十万時間後に、ようやく扉の先に進むのだった。
その時、この部屋で最後に言った言葉が。
「ふう……楽しい時間は、一瞬で終わってしまうものだ」
精神崩壊どころではない。
タイクーンは、初めからいろいろな意味でおかしかった。
こうして、『知識の試練』はクリアされた。
◇◇◇◇◇◇
コツ、コツ……と、静かな足音が響いていた。
手には巨大なケース。服装はシックなドレス。そして帽子。
人ならざる者……ヴァイスは、戦火に包まれている街を、たった一人で歩いていた。
『…………』
声は出さない。なぜなら、出す必要がないから。
ヴァイスの通った道には、数多くの『機械人形』が転がっていた。
それらすべては、ヴァイスが撃破した人形である。
『…………』
ヴァイスは、広場に出た。
周囲を探索。すると、巨大な塔の最上階から何かが飛び降り、ヴァイスに向かって来た。
『───!!』
ヴァイスは後方に飛び回避。
目の前に着地したのは、両手が巨大鉄球となっている、寸胴な頭をした機械人形だった。
頭部に、『リュクサンブール・アルキミヤ』と彫られており、この機械人形の名であることがわかった。
そして、建物を突き破って巨大な塊が現れた。
『……二体目』
真ん丸で黒い鋼の装甲。球体から手足が現れヒト形となり、全身が紫電に包まれる。
ボディに、『アンヴァリッド・ヘッジホッグ』と彫られている。
そしてさらに、空を飛んで何かがやってきた。
巨大な鳥……いや、ヒト形の人形に、いくつもの翼を継ぎ接ぎした歪な姿をしている。
『三体目』
ボディに、『シテ・ラスパーク』と彫られている。
ヴァイスは理解した。
この『戦火の試練』に現れる最強の機械人形たちが、ヴァイスを脅威と判断し、徒党を組んで襲い掛かってきたのだ。
ヴァイスは、スーツケースから二本の剣を装備……ヴァイス自身の装甲を削り作った特製の剣だ。
ヴァイスは、一度だけくるりと回転し、剣を構えた。
『参ります』
孤独な機械人形は、生き残るために戦いを始めた。
戦い続け───……そしてついに、機械人形最強兵器と対峙する。
ヴァイスにはどうでもいいことだが、この街は城下町であり、大きな城があった。
その城の中央広場に、それはいた。
『どうやら、最後のようですね』
全長四メートルほど、両手に剣を持つ『女性型』の機械人形。
スカートのように広がる装甲から、紫電が放たれる。
ボディには『アイアン・クイーン』と彫られていた。
そして……広場の奥に、巨大な扉が。
『あなたを破壊すれば、ここから出られるのでしょうか?』
鉄の女王に問うが、答えはない。
その代わり、剣を突きつけられた……向かって来いと言わんばかりに。
ヴァイスは、両手に扇を持ちバッと開く。
『では、答えは自分で見出します。私には……まだまだ、お客様にお見せしていない踊りや歌が御座いますので』
『戦火の試練』……最後の戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
「……ふぁ」
プレセアは一人、大きな欠伸をした。
森の中。綺麗な泉。集まる動物。周囲の木々には美味しい果実……何もすることがなく、時間だけが過ぎていく。
「あら……」
プレセアの肩に、可愛らしいリスがいた。
指を差し出すと、その指にピョンと飛び乗る。
それを見てクスっと微笑み、プレセアは呟く。
「思えば……こんな穏やかな時間、冒険者になってから初めてかもね」
プレセアは、ヒマなのでアイテムボックスから『種』を取り出した。
そして、農具も出し、泉の近くでちょうどいい場所を探す。
「たぶん、ここは『待つ』だけ……だったら、種でも植えてみようかしら」
買って植えていない種や苗はいくらでもある。
それに、水も日光もある。植物を育てる環境としては最適だ。
プレセアは、シャベル片手に呟く。
「長いお休みだと思って、いろいろやってみようかしら」
エルフは長寿種族。
この試練はプレセアにとって、すこし長い休暇のようなものだった。
◇◇◇◇◇◇
エクリプスは考えていた。
現在、『黄色の扉』を潜った先にあった国、ユートランド。
数千年前に滅んだ国に、エクリプスはいた。
とりあえず、宿を取り椅子に座って考える。
「金貨……」
机の上に金貨を置く。
たった今、宿屋で支払いをしたばかりなのだが。
『あらあんた、運がいいわね。今日は宿屋の開店記念日で、なんと無料宿泊をやってるのよ!! 最後の一部屋はあんたのモノだよ。それと、あんたはうちの宿屋が始まってちょうど一万人目のお客!。金一封のプレゼントだよ!!』
と、支払った直後に金貨が増えて戻ってきた。
エクリプスは整理する。
「ここは、滅びたはずのユートランド王国……どういう原理か知らないけど、人々はちゃんと暮しているし、この世界では魔法も使えるわ。まるで、あの扉の先が過去につながっていたようにね……」
チャリンと、金貨を指で弄ぶ。
「増える金貨……おかしな話。確か、カーリープーランは……『扉の先に試練があり、それをクリアすれば道は開かれる』って言ってたわ。つまり、増える金貨……これが試練に関係している」
エクリプスは金貨を指でつまみ、じっくり見る。
「使うと増える。では……どうにかして手持ちの金貨をゼロにすれば、何か起こるかも。ここで生きる以上、食事や宿の費用もあるし、お金を使わないわけにはいかない……。さて……考えるのはこれくらいにして、この世界を調べないとね」
エクリプスは立ち上がる。
「ふふ……なんだか楽しくなってきた。何から手を付けようかしら」
その表情は、どこまでも楽しそうだった。





