九つの試練『神の箱庭』⑨/妹
ウルが『橙の扉』に入り、半年が経過した。
現在、ウルはプルメリア王国郊外の森で、ロビンと二人で狩りをしている。
武器は弓。当然、ロビンも同じもの。
二人は木に登り、気配を殺していた。
「ロビン、見えるか?」
「うん。前方四十メートル……かな?」
「惜しい。三十八メートル、北北西だ。気配を掴むのはうまくなったが、位置の特定はまだ甘いな」
ウルが口笛を吹くと、三十八メートル前方の藪から小さなリスが飛び出してきた。
ウルはロビンに言う。
「斥候ってのは、チームの誰よりも気配に敏感じゃねぇと務まらねぇ。ソロで動く場合も同じ……魔獣ってのは野生動物と同じだ。真正面から堂々と挑むような馬鹿ばかりじゃねぇってことだ」
「う、うん……でもお兄ちゃん、あたしチームとか組もうなんて思ってないよ?」
「ま、どうなるかわかんねぇしな」
ウルは、ロビンを鍛えていた。
本来なら、ロビンが自身の『能力』を知るのはかなり先のことだ。でもウルは自分が能力を知った次の日にロビンを教会へ連れて行き、自分と同じ『必中』を持っていることを教えた。
能力は十五を超えないと知ることができない。つまり……違法である。
「で、ロビン……決めたか?」
「今更でしょ。あたし、魔法系能力じゃなかったもん、家にいたら間違いなく冷遇されるし。だったら、お兄ちゃんと一緒に冒険者やるよ!!」
「……そっか」
「えへへ。兄妹で冒険者ってかっこいいかも。お兄ちゃんも嬉しいでしょ?」
「ああ、もちろん」
嬉しい……だがウルは、不思議な気持ちだった。
『セイクリッド』ではなく、自分が鍛えたロビン。
サーシャたちとの出会いがないロビンは、本当に幸せになれるのだろうか。
(……まあいいだろ。夢見ても。どうせ夢なんだし)
ウルは手を伸ばし、ロビンの頭を撫でた。
「わわ、なになに」
「いや、わが妹ながら、かわいいと思ってな」
「なーにそれ。へんなお兄ちゃん」
「……はは」
これでいい。
ここは禁忌六迷宮。その力が見せる幻覚だ。
半年経過しても、ウルは『ここが禁忌六迷宮』だと割り切っていた。
◇◇◇◇◇◇
それから、ウルはロビンを鍛え……ついに、ウルの追放が告げられた。
ウルは自室で旅支度を終え、いつでも出られるようにしている。
本来なら、追放が決まり、父に呼び出される前に家を出るのだが。
「お兄ちゃん。あたしも準備終わったよっ」
「よし」
隣にはロビン。
ドレスを脱ぎ、髪をポニーテールにして、活動しやすいよう短パンを履いている。
着ている服は、どこかウルと似たジャケットだ。
「じゃ、行くか……ロビン、本当に後悔はないな?」
「うん。実はさ、ドレスとか高級料理とか、あんまり好きじゃなかったんだよね。言葉遣いとかも砕けた感じのが好きだし……お兄ちゃんと食べた屋台の串焼きとか大好きだしっ」
「そっか。じゃあ……行くぞ。目的地はハイベルグ王国だ!!」
「うん!!」
二人は窓から飛び出し、プルメリア王国を後にした。
こうして、冒険者ウル、冒険者ロビン……いずれ、『必中兄妹』と呼ばれる弓使いの兄妹冒険者が誕生した。
◇◇◇◇◇◇
それから二人は、冒険者となり活動を続けた。
兄妹冒険者として有名になり、臨時のパーティーを組んでダンジョンに挑んだり、作戦を練りSレートの魔獣を狩ったり、どんどん強くなった。
ウルは、楽しかった。
一人じゃない。可愛い妹と一緒に過ごす時間が、こんなにも楽しかった。
冒険者として活動を始めて五年が経過。ロビンが十七歳になった時だった。
「ね、お兄ちゃん。実はさっき、臨時でパーティー組んでってお願いされたんだけどさ」
「依頼か。どんな連中だ?」
「えっと、『セイクリッド』ってチーム」
ウルの呼吸が止まりそうになった。
その名を聞いて、ようやく思い出した。
(……そうだ。ここは現実じゃねぇんだ)
「お兄ちゃん?」
「あ、ああ……受けようか」
チーム『セイクリッド』は、今どうなっているのか。
依頼を受けなければ、ロビンが出会うことはなかったかもしれない。
ロビンと一緒にウルが冒険者ギルドに向かうと、そこにいたのは。
「きみが有名な『必中兄妹』の兄か。はじめまして……私はサーシャだ」
「僕はハイセ。よろしく」
ハイセと、サーシャがいた。
だが、二人しかいない。
(ハイセ……右目も失っていない、か)
「あたし、ロビン!! 改めてよろしくねっ!! あなたたち、二人なの?」
「ああ。今のところはね。何人かに声をかけてはいるんだけど……優秀な魔法使いとか、盾士とか、回復術士とか」
「そっかー、いいなあ」
ハイセと楽しそうに会話するロビンに、少しだけサーシャがムッとしたのをウルは見た。
これは、ハイセが追放されることのない世界だ。
(…………ロビン)
本当なら、ここにロビンがいた。
でも……その出会いの機会も、ウルが全て奪ってしまった。
(ははっ……オレが奪った? 違う、オレは……試したかった。もしロビンがオレと一緒にいたら。オレの技術を吸収し、兄妹で冒険者やったら……こうなるよな)
このままで、いいのだろうか。
たぶん、一度きり。
ハイセ、サーシャ。二人の仲間になれば、ロビンはどうなるか。
きっと……楽しくやっていける。
(ああ、そうだ……もう、十分じゃねぇか)
「ね、お兄ちゃん。一緒にやろう!!」
ロビンが手を差し出してくるが、ウルは首を振った。
「後悔、か……ああ、認めるさ。オレは後悔してた。ロビンも連れだして、一緒に冒険者やれたら、って……やり直して、本当に楽しかったぜ」
「お兄ちゃん?」
「ロビン。オレは十分楽しんだ。後悔した過去も乗り越えられそうだ……やっぱりお前はオレなんかより、『セイクリッド』がよく似合う」
「な、何言ってんの? あたし、お兄ちゃんと一緒に……」
「もう言うな。やれやれ……ありがとよ禁忌六迷宮。ここ数年、本当に楽しかったぜ」
手を伸ばしたロビンの身体に亀裂が入った。
ロビンだけじゃない。ハイセも、サーシャも、空間も……すべてに亀裂が入る。
「あばよ……いい夢だったぜ」
そう言うと、空間が砕け散り……石造りの部屋にウルは立っていた。
そして、気付く。
「……戻ったか」
服装、武器、身体……すべてが、ドアを潜る前と同じ。
そして、部屋の中央には橙の球体が浮かんでいた。
ウルは手を伸ばし、その球体を手に取る。透き通ったオレンジ色の、手で包めるほどの大きさの球体だ。ガラス玉のようだが、かなり軽い。
そして、球体を手に取ると、目の前に橙の扉が現れた。
「過去を、後悔を乗り越えると先に進める……か」
もし、ロビンの手を取っていたら……ウルはあの世界に完全に取り込まれ、脱出できなかっただろう。
そして、そのまま冒険者として死ぬか、老衰で死んでいた。病で死ぬ可能性もあるし、間違いなくこの世界からは脱出できない。
後悔は、乗り越えないと先に進めない……そんな世界。
「夢はいつまでも夢。ロビンはオレとじゃない、『セイクリッド』でこそ輝く……か」
ウルは宝玉を手でポンポンお手玉し、苦笑した。
「ここ出たら……ロビンとメシでも食おうかね」
そう呟き、橙の扉の前に立ち、ドアノブに触れた。
 





