九つの試練『神の箱庭』⑧/白の幻影
サーシャは、ハイセと戦っていた。
ハイセの手にはサブマシンガンがあり、サーシャに向けて何の遠慮もなく連射される。
『オラオラぁ!! 逃げるだけかぁ!?』
「くっ……!!」
その通り。サーシャはひたすら逃げ回っていた。
ハイセと戦いたくない、という気持ちはもちろんある……だが、それ以上にサブマシンガンが脅威だった。
理屈は不明。小さな鉄の塊が飛んで来るだけ。
だが、それがこうも恐ろしい。サーシャの動体視力を持ってしても、視認がせいぜいだ。
剣で弾くことは可能。だが、それは真正面に飛んで来るもの限定。しかも、弾けてもせいぜいが数発。サブマシンガンのようにバラ巻かれる弾丸を全て弾くのは不可能だった。
(不思議な武器とは思っていたが……こうも厄介だとは!!)
最悪なのは、この空間に遮蔽物が全くないことだ。
闘気を集中させ硬度を上げれば、生身に弾丸が当たっても死にはしない。だが、かなりの激痛に悶絶しそうになる……すでに数発、サーシャは弾丸を生身で味わっていた。
当たったのは、腕と脇腹……一人なら悶絶し、涙を流していただろう。
『おい、つまんねぇぞ……やる気見せやがれ』
サブマシンガンを投げ捨て、腰のホルスターにある自動拳銃を抜くハイセ。
偽者───……それは間違いない。だが、ハイセに剣を向けたくない。
『……お前の罪悪感。そこまで根深いとはなぁ? 俺と多少は分かり合えたんじゃねぇのか?』
「…………そ、それは」
『追放。そして、この右目を失う切っ掛け……大罪人だよなあ、サーシャ』
「……う」
わかりあえたつもりだった。
だが……偽物とはいえ、ハイセに突きつけられる真実は、サーシャの心に突き刺さる。
剣を持つ手が震えた。そして、自動拳銃の銃弾がサーシャの足元スレスレに突き刺さる。
『まだまだ追い込み足りねぇか? ククク……いいぜ、見せてやるよ』
すると───……ハイセを中心に『闇』が広がり、空間が侵食された。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
───……ここは?
私は……どうなった?
「い、今……なんて?」
え……?
は、ハイセ……?
目の前いるのは、ハイセ……右目が、ある?
「聞こえなかったのか? ハイセ、お前にはチームを抜けてもらう」
な、なんで?……私、こんな…
これ……私が、ハイセを追放した、日?
「さ、サーシャ……わ、悪い冗談はよしてよ、ぼくが、チームを……クビだなんて」
違う。やめて、私……またハイセを。もう嫌……お願い。
「……冗談に聞こえるのか? 悪いが、本当だ。ハイセ、お前はもう、このチームに相応しくないんだよ」
やめて!!
嫌だ。やり直したい。こんなこと言いたくない。もう一度、ハイセと。
「そ、そんな……」
そんな顔しないで……違うの。
私、そんなつもりじゃ……ごめん、ごめんね。
「この『セイクリッド』は、もうすぐA級チームに昇格する。そうなれば、高位ダンジョンにも挑戦できる……ハイセ、今のお前では足手まといだ」
チームの昇格なんてどうでもいい!!
お願い、ハイセに酷いこと言わないで……!!
私が、私がこんなこと……ああ、やめて!!
「…………サーシャ、忘れたの? ぼくと一緒に、最強のチームを作るって……」
忘れてない!!
なんで、声が出ないの!? 止めて、私は……こんなこと。
「忘れてはいない。だが、お前ではもう無理だ。私は、私のチームで最強を目指す。そこに、お前の席はない」
違う!!
お願い、もうやめて!!
「…………っ」
ハイセ───……私は、私は。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
『酷いよなあ?』
いつの間にか、サーシャは倒れていた。
そして、ハイセがしゃがみ込み、サーシャの顎を掴んで無理やり起こす。
『仲間を追放……俺のためにと、やってくれた』
「……」
『ああ、そいうやお前、知らないんだったな。俺がそのあとどうなったか』
「……ぅ」
『見せてやるよ』
ハイセがサーシャの頭を掴むと───……見たくないモノが見えてきた。
それは、ハイセの記憶。
右目を失った後。ガイストに再び弟子入りし、過酷な訓練を続けたころの記憶。
サーシャは当時、ハイセから逃げるように高難易度の依頼を受け続け、ハイベルグ王国にいない日が多かった……だがハイセはたった一人、真に目覚めた『武器マスター』でS~SSレートの魔獣を狩り続けた。
最初は、無傷とはいかない日が続いた。
怪我をして、身体を引きずって宿に戻り、自分で乱暴に手当てして泥のように何日も眠る日もあった。
最初は嘲笑されていたが、周りから少しずつ認められるようになり、チームへの勧誘も何度かあった……が、ハイセは全てを一蹴した。
SS級の魔獣をソロで狩るようになると、周囲はハイセを恐れはじめた。
その時のハイセの表情は、今とは比べ物にならないくらい、恐ろしい。
『お前のおかげ、だなぁ?』
「…………」
『お前が俺を追放したおかげで、俺はここまで強くなった』
「…………」
『くく、どうだ? 今、何を思う?』
「……私、は」
サーシャは、ハイセがずっと厳しく、辛い目にあったことを知っていた。その原動力が『セイクリッド』への恨みであることも。
少しずつ、歩み寄り始めているとは思った。
でも、改めて突きつけられると、サーシャの心は大きく揺らいだ。
ハイセは、楽し気に顔を歪め……『とどめ』に入る。
『ああ、もう一つ見せてやる……お前が、最も見たくないモノを』
「……え?」
ハイセがサーシャの頭を掴み、自分の額とくっつけた。
そして───……流れ込んでくる、イメージ。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「ハイセ、そっちを頼む!!」
「ああ!!」
ハイセが大型拳銃を連射し、魔獣の群れを屠る。
だが、撃ち漏らしがあったのか、いくつか接近してくる魔獣がいた。
「おう、まだまだ甘いぜ!!」
魔獣の攻撃をレイノルドが守り、ロビンが援護する。
そして、ハイセの後ろから飛び出したサーシャが、魔獣を斬り伏せた。
残った魔獣はタイクーンが全て焼き払い……討伐は終わった。
「あいてて……ピアソラ、頼む」
「もう!! あなたは能力に覚醒したばかりなんですから、無茶しないでくださいな」
ハイセの頬に触れ、ピアソラが魔法で癒す……有り得ない光景だ。
ハイセを嫌悪するピアソラがどこか照れつつハイセの頬に触れ癒すのも、そして……両目があり、傷を負っていないハイセの姿も。
サーシャが笑い、ハイセに言う。
「ハイセ。まだ無茶をするな……その、何度も怪我をしてるし」
「おれはさ、今までずっと役立たずだったし、みんなのために戦いたいんだ!!」
ハイセは笑う。そして、レイノルドがハイセと肩を組んだ。
「よーく言ったぜ。よし、今日はオレの奢りだ。ハイセ、飲もうぜ」
「いいのか? 俺、けっこう飲むぞ? なあタイクーン」
「そうだな。だが、キミに見せたい戦術書があってね……あまり飲まないでくれるとありがたい」
「あははっ!! ねえねえレイノルド、あたしも奢ってよ!!」
「しょうがねぇなあ……よっしゃ、全員で飲むか!!」
ハイセが、レイノルドが、タイクーンが、ピアソラが、ロビンが。
全員が笑顔で、肩を組んで笑っていた。
サーシャも笑っていた。だが、ここにいるサーシャではない『サーシャ』は、唖然としていた。
『なんだ、これは……』
『もし、俺が追放されず、能力を覚醒していたら……』
そして、右目を失ったハイセがサーシャと肩を組む。
『レイノルド、タイクーン、ロビンは俺を真の仲間と認めてくれるだろうな。ピアソラも、少しずつ態度を軟化させるかもなあ? お前はどうだ?』
『…………』
『こんな未来もあった。くくっ……もう有り得ないけどなあ?』
景色が切り替わり、ハイセと肩を組んだサーシャが、力なく崩れ落ちる。
『さあ、どうする? 俺を倒さないと、先へ進むことはできねぇぞ』
「…………」
過去、そしてあり得たかもしれない未来を目の当たりにしたサーシャは……剣を握る力もないまま、うなだれていた。
 





