九つの試練『神の箱庭』⑦/黄、緑、黒
黄色の扉を潜ったエクリプスは、周囲を見回して首を傾げた。
「……ここは?」
全く見覚えのない場所だった。
そして、エクリプスの足元に、大きな宝箱が置いてある。
どう見ても、この空間と無関係ではない。エクリプスはしゃがみ込み、人差し指で宝箱に触れた。
「『探知』」
エクリプスは、世界に一人だけしかいない『マジックマスター』というマスター系能力を持つ。文字通り、この世に存在する全ての魔法を操ることが可能。
この能力を持つものは、操る魔法の得意不得意が消える。
タイクーンは『賢者』の能力を持つが、攻撃魔法より支援魔法の方が得意。
ピアソラは『聖女』の能力を持つが、解毒魔法は苦手で、治癒魔法は何よりも得意。
だがエクリプスは、得意不得意がない。
それだけじゃない。魔法の属性を組み合わせ、自分だけのオリジナル属性をいくつも開発……そして、それらを論文としてまとめ、世の魔法使いたちに教えたのだ。
「……特に、怪しいものはないわね」
例えば、『火魔法』と『風魔法』を組み合わせた『嵐魔法』を開発。火魔法、風魔法の使い手が連携することで、更なる力を行使することができるようになった。
他にも、魔法同士を組み合わせて使用する技術を、世の中に多く輩出……エクリプスは今代最強最高の魔法使いとして、ある意味でハイセより知られている。
「この箱を開けないと、先に進めないようね」
室内は、何もない。
どこかの遺跡のような場所。四方に扉はなく、あるのは宝箱だけ。
エクリプスは宝箱をジッと見つめ……蓋に手をかけた。
「さて、何が出るか……ふふ、冒険をするのも、自らを危機に晒すのも、命を賭けるのも久しぶり。たっぷり楽しませてもらおうかしら」
エクリプスが蓋を開けると、そこにあったのは……一枚の金貨だった。
「…………金貨?」
金貨を摘まんだ瞬間、周囲の空間がブレた。
そして───……景色が切り替わり、エクリプスの周りが一気に騒がしくなった。
「え?」
そこは、町。
ハイベルグ王国ではない。ハイベルグ王国よりも賑わっている。
路上には数多くの露店。周囲の建物は全て店。
商店だけじゃない。カジノや飲食店も数多くあり、まるで娯楽の街。
「聞いたことがあるわ。確か……ファンタスティック・ファンタジアだったかしら? この世で最も栄えている歓楽街……でも、違うわね」
歓楽街は娯楽の街。だがここは、生活感がある街だった。
歩いてみると、人とぶつかる。
「おい、気を付けろ」
「……私を認識している。幻覚でもなさそうね」
ふむ……と、エクリプスは考える。
そして、手元にある一枚の金貨を見て首を傾げる。
「ヒントは、この金貨……普通の金貨と違うのかしら?」
エクリプスは、自分が持つ金貨と比べようとして、アイテムボックスにある財布を出そうとした時だった。
「……あら?」
財布がない。
予備の財布もない。それだけじゃない……エクリプスが持つ全ての現金が、消えていた。
冒険者カードもない。完全に無一文……いや、手にある一枚の金貨だけ。
「……お金」
エクリプスは、一つの推理をした。
そして、それを検証すべく、一枚の金貨を持って近くの串焼き屋へ。
串焼き屋からは、ジュウジュウと香ばしい香りがする。
「おじさん、串焼きを金貨一枚分、くださいな」
「お、べっぴんさんだね。金貨一枚とは太っ腹!! ああ、べっぴんさんに言う言葉じゃねぇなあ!! はっはっは!!」
威勢のいいおじさんだった。
そして、大量の串焼きをエクリプスに渡し、エクリプスが金貨一枚をおじさんに渡した時だった。
「ん? おいおいお嬢ちゃん、この金貨……どこで手に入れた?」
「……さあ?」
「こいつはユートランド王国が発行した初代の金貨じゃねぇか!! もう存在しない金貨と思ってたが、こんなところで見れるとはなぁ!!」
「詳しいのね」
「ま、昔は冒険者だったからな!! 初代金貨には、今じゃ使われていない『タマコガネ』って金が使われてな、換金すりゃ金貨千枚はくだらねぇ……ちょっと待ってろ!!」
おじさんは、屋台近くの建物に入る。そして、数分で戻って来た。
手には大きな袋。その中には大量の金貨。
その袋を、エクリプスに押しつける。
「店にある分全部焼いちまった、おつりだ。落とすんじゃねぇぞ!!」
「……ありがとう」
串焼きをアイテムボックスに入れ、金貨袋もアイテムボックスに入れる。
近くのベンチに座り、考えをまとめる。
「ここはユートランド王国……有り得ない、と言いたいけど……禁忌六迷宮だし有り得るのかしらね。まさか、数千年前に滅んだ王国にいるなんて。そして、一枚の金貨が千枚に化けた」
エクリプスの前を、新聞屋が通った。
エクリプスは引き留め、金貨一枚を差し出して言う。
「新聞をひとつ」
「はいよ。じゃあおつりね!! ありがとうございます!!」
新聞屋は走って行ってしまった。
そして気付く。
「おつり……金貨?」
金貨一枚を払ったはずなのに、おつりは金貨二枚だった。
金貨が、また増えた。
「……まさかと思うけど」
『富豪の試練』……金は、使えば使うほど増えていく。
金を全て使い切るのが試練。エクリプスがそのことに気付くまで、そう時間はかからなかった。
◇◇◇◇◇◇
プレセアは、森の中にいた。
静かな森だった。魔獣の気配がなく、動物たちの楽園と言っていいほど、多くの野生動物たちがいた。
綺麗な泉があったので向かうと、シカや小動物たちが集まり、水を飲んでいた。
「くす……」
警戒していたが…平和な光景だった。
子供の頃、よく姉と一緒に遊んだ森を思い出し、プレセアは泉の傍にしゃがみ込む。
「綺麗な場所。エルフにとって楽園のような場所……でも、私にとっては危険かも」
危険。
何故なら、この場所には……精霊が全く存在しない。
つまり、『精霊使役』を使うプレセアにとって、能力が封じられた場所だ。
考えていると、ウサギやリスがプレセアの元へ。
小鳥が肩に止まり、リスがプレセアの太ももに上る。
「ね、あなたたち……私は、ここで何をすればいいの?」
動物たちの返事はない。
周囲を見渡すと、木々に様々な果実が生っていた。
周囲の草花には薬草も多い。
「まるで箱庭。どうすればいいのかしら……」
まさに、その通り。
ここは『箱庭の試練』……何もない、平和な森。
出口もない。目的もない。あるのは平穏な箱庭の世界。
ここですべきことは、『時間経過』だけ。時間が過ぎれば、いずれ扉が開く。
全くヒントのないこの空間で、ただ待つだけ。
それがどれほど辛いのか。常人にはきっと耐えることができない。
「しばらく様子を見て……まあ、待つのは嫌いじゃないし」
人差し指を差し出すと、小鳥が止まった。
ただ『待つ』だけの試練。プレセアはそのことに気付かず、のんびりと泉に足を付けた。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは一人、真っ暗な空間を歩いていた。
暗いが、道はあるし、地面は石畳だ。
星のない夜のような場所だ。ハイセは松明を手に周囲を照らす。
「……平原か。そして、街道を歩いているのか」
歩きながら考える。
「……今までの禁忌六迷宮は、文明の名残があった。でもここはそういう感じじゃないな」
かれこれ数時間、ハイセは歩いている。
魔獣もいない。星のない夜のような平原。
「……正直、嫌いじゃないな」
静かな、星のない夜は嫌いじゃなかった。
真っ暗な夜空も悪くない。だが、ここは禁忌六迷宮……やはり、何かある。
ハイセは立ち止まり、松明を投げ捨てた。
「ああ……やっぱり、いたか」
前方───……ハイセの正面に、深紅の瞳が二つあった。
それを確認すると同時に、夜空の向こうから太陽が昇る。
周囲はやはり平原……そして、おびただしい人骨が転がっていた。
そして、前方にいたのは。
『ブモォォォォォォォォォォォォォォ!!』
身の丈百五十メートル以上。肩幅も八十メートル以上ある、ハイセがこれまで出会った魔獣の中でも、最大に近い大きさだった。
上半身は巨牛。鎧を付け、城の塔や、城塞そのものも両断できそうな大戦斧が両手に握られていた。
下半身は馬。その足の太さも巨木の幹どころではない……完全なバケモノ動く城だ。
ハイセは確信した。
「おいおい……九つの扉の先に、いるんじゃなかったのか?」
間違いなかった。
ハイセの目の前にいるのは『七大災厄』の一体。
その名は、『コルナディオ・ミノタウロス』だ。
そう、ここは『厄災の試練』……九つの扉で最も過酷な、七大災厄が封印された扉。
この扉に踏み込んだ者は死。それはもう、確定事項だった。
だがハイセは───……凶悪な笑みを浮かべた。
「ああ……感謝するよ、禁忌六迷宮」
ハイセの手には、仮面……いや、『ガスマスク』があった。
そして、背後には大量のミサイルが浮かんでいる。
上空には、巨大すぎる『筒』が浮かんでいた。
「ここなら、試せる……『武器マスター』最強の力、俺が持つ七つの最終兵器を。くくっ……ああ、名前と効果は知ってるんだ。でも、あっちじゃ試せなくて、ずっとモヤモヤしてたんだ……でも、ここなら遠慮しなくていい。悪いなヒジリ、この牛……俺の実験台になってもらう」
ハイセはガスマスクを被る。
すると、ハイセの周囲にガスが発生した……毒ガスである。
「さあ、やろうか。俺の『兵器』を全て味わってもらう……簡単に死ぬんじゃねぇぞ」
果たして、ハズレを引いたのはハイセなのか、ミノタウロスなのか……戦いが始まった。





