九つの試練『神の箱庭』⑥/紫、灰、青
紫の扉を進んだヒジリ。
扉の先は広い部屋だ。天井は高く、四方は壁、窓も何もない部屋だ。
ヒジリは自分を確認する。
身体に変化はない。ドアを潜る前と同じで、軽く身体を動かしてみる。
「調子はいいわ。能力も使えるし……で、ここ何かな」
壁、天井、床しかない。
ヒジリは指をパキパキ鳴らした。
「壁をブチ壊すのかな。そういうのは大得意だけど~……ハズレ引いたかなぁ」
「大馬鹿モン。もう少し頭を働かせんか、この単細胞め」
と───いきなり声が聞こえてきた。
ギョッとして裏拳を放つが、声の主は床すれすれまで屈み、ヒジリの足をパシッと掴んで払う。
態勢を崩し舌打ちするが、襲撃者はヒジリの手首を掴んで回転させ、そのまま壁に叩き付けた。
「うぎっ……!?」
「ほほ、相変わらず受け身は下手ねえ」
「誰っ……え」
立ち上がり、距離を取り、構え……ようやく、襲撃者を正面から見た。
そこにいたのは、老婆だった。
やせ細り、眼鏡を掛け、白髪を団子にまとめ簪を刺している。
シワだらけの顔はにこやかにほほ笑んでいた。
ヒジリは構えを解き……呟いた。
「お、おばあ……ちゃん」
「久しいねえ、ヒジリ。でっかくなった」
「お……おばあ、おばあちゃん!!」
ヒジリはボロボロ泣き出し、師であり祖母のような、大好きな育ての親に飛びついた。
ヒジリの師、ミカガミは優しくヒジリを抱きしめ、その頭を撫でる。
「ほら、泣くんじゃないよ。全くこの子はもう……」
「だって、だって……おばあちゃん、勝手に死んで、別れも言えなくて……」
「あんたにはもう全部叩きこんだ。拳でしっかり語っただろう?」
「うぅ……」
「さ、やるよ」
「……え?」
ミカガミはヒジリを放し、距離を取る。
両手を開き、ゆっくりと前に向けた。
「お、おばあちゃん……?」
「ヒジリ。あたしゃもう死んでる。ここにいるのは、お前の記憶のあたし」
「……え」
「最も親しき者と戦い乗り越える試練、『苦愛の試練』だ。さあ、最後の稽古を付けてやろう。ウィングー流創始者ミカガミの全力を持ち、お前を叩きのめしてやる」
「……」
「どうした、ヒジリ」
ヒジリは、本気で迷っていた。
十七年の人生で、かつてないほど困惑……死んだミカガミに会った喜び、ここが禁忌六迷宮と思い出したこと、そして祖母とも慕った存在と戦う現実。
禁忌六迷宮の試練。ヒジリは、震える手で拳を握ろうとしたが、うまく握れなかった……そんな時だった。
「───……喝!!!!!!」
「っ!!」
「あたしの跡継ぎが…「孫」が、そんな情けない顔するんじゃないよ!! わかんないのかい!? あんたにできる最高の親孝行のチャンスなんだ!! 気合入れな!!」
「……!!」
「あたしは、あんたに全て教えた!! でも……寿命のせいで、あんたがあたしを超えたと確認することなく死んじまった……だから、いい機会だ。ヒジリ、あたしを超えて見せな!!」
「おばあちゃん……うん、そうね」
ヒジリは拳を固め、構えを取る。
ミカガミは頷き、ゆらりと構た。
「いくよ、おばあちゃん」
「ああ……来な、ヒヨッコ!!」
『苦愛の試練』……ヒジリの戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
ヴァイスは歩いていた。
どこかの大きな町。文明レベルも高く、ハイベルグ王国より発展している。
だが、おかしいのは……この街が、戦火に包まれているということ。
人間の死体、壊れた機械人形が多く散乱しており、建物も多くが倒壊、さらに火に包まれている。
『…………』
死体や、同じ機械人形を見てもヴァイスは何も言わない。
ヴァイスの手には巨大なケースがあり、数々の武器が収納してある。
いつでも使うことができる。そして、今はその時だろう。
『…………解析不能』
ヴァイスが到着したのは、噴水広場。
目の前にいるのは、不格好な人形のような、ヴァイスの二倍以上ある細身の機械人形。
手には蛇のように蛇行した剣。そして、身を隠すほど大きな四角の盾を持っている。
『質問します。あなたは、何者ですか?』
ヴァイスが確認をする。
すると、相手の機械人形は声を出さず、剣をクルクル回転させ、盾を構える。
そして、細すぎる両足をガチャガチャ動かしながら、恐るべき速度で突進してきた。
『!!』
ヴァイスは側転して躱す。
機械人形は急ブレーキを掛け、人間ではあり得ない動きで反転、ヴァイスに剣を向ける。
どう見ても、友好的には見えない。
ヴァイスはケースをアイテムボックスに入れ、背中に収納している二対の扇を取り出し、バッと広げた。
『私は、灰の扉を攻略せよと命令されました。邪魔をするなら排除させていただきます』
ヴァイスは知らない。
ここは過去。ドレナ・デ・スタールが存在した時代の街。
『戦火の試練』……過去、最も激しい戦いのあった時代で生き残るという試練。
敵の機械人形が持つ盾には、『ルールー・セレナイト』と刻まれている。
『では、一曲……お付き合いのほど』
ヴァイスは、生き残るために戦い始めた。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「……うそ」
ドアを通ると、まぶしい光がクレアを包み込む。
そして、眼を開けるとそこは……クレアにとって、見慣れた場所だった。
「……なんで」
白いドレス、ティアラを付けていた。
そして室内。暖炉の火がよく燃えて暖かく、豪華なシャンデリアや天蓋付きベッド、椅子にテーブル、ソファ……あるものすべてが高級品。
クレアは鏡を見た。そこにいたのは、間違いなくクレア自身。
そう、美しいドレスを着た自分。もう会うことのないと思っていた自分。
クレアは窓の外を見た。
「……雪。しかも、この光景……やっぱり、ここ」
すると、部屋のドアがノックされた。
そして、ドアが開き、ティーカートを押したメイドが入ってくる。
「姫様、お茶の用意が……どうされました?」
綺麗な白髪の、クレアと同い年ほどのメイド少女。
その顔を見て、クレアは息を詰まらせた。
「だ……ダフネ」
「はい。あなたのメイド、ダフネです。どうされたんですか、クレアネージュ王女殿下?」
クレアネージュ。
その名は、かつてクレアが捨てた名。
「ここ、ほんとに……フリズド王国」
クレアネージュ・ビアンカネーヴェ・フリズド。
フリズド王国第一王女であるクレアは、なぜここにいるのか理解できなかった。
「さ、姫様。おいしいお茶の時間ですよ」
「……う、うん」
クレアは座り、幼馴染で親友で専属メイドであるダフネをジッと見た。
紅茶を注ぎ、クレアの好きな香草クッキーを三枚添え、にっこり笑顔でクレアの前に置く。クレアの見慣れたダフネの動きに、クレアは冷静になる。
そして、紅茶を飲み……考えた。
(落ち着け。ここは禁忌六迷宮の中。ダフネがいるわけない。でも……この紅茶、ちゃんと飲める。あれ……私の剣は? 服も……落ち着け落ち着け。脱出、脱出……ううん、禁忌六迷宮なら、ここを攻略しないと)
紅茶を一気に飲むと、ダフネが言う。二人きりなので、言葉使いが変わった。
「相変わらず、いい飲みっぷりね」
「あ、あはは……ね、ねえダフネ。今日って、何か特別なこと、ある?」
「え? って……クレア、忘れたの? 今日はこれからお忍びで、町に出る日でしょ」
「……あ」
「ふふ、楽しみにしてたじゃない。平民の間で人気のケーキ店に行くって」
「……そう、だったね」
クレアは思い出した。
そう、この日はダフネと一緒に、城を抜け出して城下町へ行った日。そして、平民の間で人気のケーキ店でケーキを食べ……。
(ケーキを食べた後、私とダフネは……教会に行ったんだ)
フリズド王国では、教会で『能力』を確認する。
些細なきっかけだった。
たまたま目に入った教会に入り、クレアとダフネは自分に宿っている『能力』のことを知る。
そう、クレアが『ソードマスター』だとわかる日。
そして、クレアが名を捨て、ダフネを『生贄』として、冒険者を志すきっかけとなった日だった。
「…………」
「クレア、どうしたの?」
「……あ、その」
「ほら、飲んだら準備。平民の服は用意したからさ、もう少しでキッチンが休憩に入るから、裏口から外に出るよ」
「……うん」
こうして、クレアにとって冒険者を志す切っ掛けとなる日が始まる。
『追憶の試練』……ちゃんと過去の通り、進むことができるのか。





