魔族
魔族。
クレインは、両手両足に『風』を纏わせ浮き上がった。
サーシャは剣を構え、クレインを睨む。
「人間ってさ、『能力』持ってんだろ? 見せてよ」
「お望みならみせてやる」
答えたのはタイクーン。
杖に光が灯り、サーシャに向けられた。
「『全身強化』」
サーシャ、レイノルドの全身が輝いた。
クレスはロビンの肩に触れる。
「『倍加』!!」
「お、いいね」
「あたしが二人っ!! 援護も倍だねっ!!」
「うん!! やっちゃおう!!」
二人のロビンはハイタッチし、ミュアネがせっせと力を込めていた『爆発矢』を番える。
タイクーンは、さらに呪文を詠唱する。
タイクーンの能力は『賢者』で、主な魔法は強化と弱体化。それ以外にも呪文を必要とするが攻撃系の魔法を使える。
攻撃魔法が本職の『魔法師』は攻撃魔法しか使えないが、『賢者』のタイクーンは全ての魔法が使えるのだ。攻撃よりも味方の強化、敵の弱体化を優先して覚えたため、攻撃魔法はあまり得意ではない。
「ふーん、おもしろそうじゃん。それが能力ね。でも……魔族にもあるんだよ」
サーシャは、クレインに向けて超加速。
強化されたサーシャの加速は、並みの冒険者では対応できない。
だが───サーシャの身体がズレた。
「!?」
クレインに向けて走ったはずなのに、なぜか位置がずれた。
そのまま近くの壁に激突し、壁が砕けサーシャがめり込む。
「ぐ……」
「サーシャ!!」
ピアソラがサーシャに手を向けると、サーシャの身体が淡く輝き、傷が回復した。
能力『聖女』による回復魔法だ。修道女でもあるピアソラの祈りは、傷だけでなく病気も癒す。今代最強の聖女とも呼ばれていた。
クレインは、風を纏わせた拳でサーシャに殴りかかる。
「させるわけねぇだろ!!」
だが、レイノルドの盾が拳を防いだ。
「お、やるじゃん」
「やかましい!!」
大きな盾で防御して弾く。
そして、小型の盾を振り、クレインに叩きつけるが……盾は『風』によって阻まれた。
見えない『風の膜』が、クレインを守っている。
「魔族には『スキル』って力が宿る。人間の能力と似たようなモンだけど……規模は桁違い。オレの場合は『気流操作』で、空気の流れを自在に操れる。こんな風にな」
指を鳴らすと、クレインに向かって飛んできた数発の矢が、空中でピタッと止まる。
「「えっ」」
矢は向きを変え、サーシャを守るように立つレイノルドの盾に直撃。爆発を起こした。
「ぬ、っぐ……!?」
「お、すごいな」
だが、『シールドマスター』の能力を持つレイノルドの盾は、たとえ木の盾だろうと能力の恩恵で鉄並みの硬度を持つ。シルバーレイ・ドラゴンの骨と外皮を加工して作られた盾の硬度は、王都一と言われていた。
クレインは、両手に風を集めて周囲にばらまく。
風は、加工場を破壊し、積んであった木箱を吹き飛ばし、狭い加工場内に暴風が吹き荒れた。
「あっはっはっはっは!! わかるか? 本気出せば、町一つ暴風で覆うなんてワケないんだ。人間とは力の規模が違う。だから魔族は最強なんだよ。ムシケラ共がよぉ!!」
「なるほどな」
サーシャが言う。
亀裂の入った壁から出て、髪がふわっと揺れた。
そして、どこか余裕のある表情で言う。
「確かに、大層な力だ。だが───貴様は、愚かだな」
「あぁ?」
「ふっ……」
サーシャの全身に『闘気』が発生する。
「お前が愚かだという理由を教えてやる。かかって来い」
「はっ、生意気なメスだぜ。決めた、テメェは持ち帰ってペットにしてやる」
「できるものならな」
ボッ!! と、サーシャの闘気が爆発するように全身から吹きあがる。
クレインも風を全身に纏うが、周りに散らばった木箱や小屋の残骸が舞い、クレインの顔にぺしっと当たる。クレインは舌打ちし、頬を撫でた。
が───戦闘中に頬を撫でる、という意味のない行為が起こした、ほんのわずかな『隙』をサーシャは見逃さない。
闘気の七割を足に込めて瞬間移動並みの速度でクレインの背後へ。一瞬で背中を斬りつけた。
「ぐっ……!?」
「遅い」
連続斬り。
クレインの背中が裂け、血が噴き出した……血は、濃い緑色をしていた。
クレインは落下。サーシャも空中で加速し、落下したクレインの腹に剣を突き立て、そのまま地面に固定する。
「っぐぁっがぁ!?」
「貴様は馬鹿だ。確かに、風を操る能力は素晴らしい……だが、こんな密閉された空間では、その本領を発揮することはできない。鉱山が崩壊すれば、貴様も生き埋めだろうからな」
「そして何より……貴様は、人間を舐めている。魔族のが上だと決めつけ、本気を出さずに遊んだ。それが貴様の敗因だ」
「この、ガキ……ッ!!」
ギロリとサーシャを睨み、殺意をむき出しにするが、サーシャは剣を抜き、クレインの心臓に剣を突き立て、グリグリとねじる。
「ぐぉっぼぁぁぁぁ!?」
「油断はしない。そのまま死ね」
「ぅ、ぁ……」
ビキビキと、クレインの身体に亀裂が入っていく。
すると、タイクーンが言う。
「サーシャ、魔族は死ぬと完全に消滅する!! そいつが死ぬ前に、ツノを落とせ!!」
「わかった」
サーシャは、なんの迷いもなく、クレインの頭に生えるツノを切り落とす。
「は、はは……容赦、ねぇの」
「慈悲を与える理由が?」
「へ……かわいい、顔、してるくせに、よぉ……へ、へへへ」
「最後に聴かせろ。魔族はどうやって人間界へ?」
「……『転移魔法陣』だ」
「転移、魔法陣?」
「そうだ。魔法で『入口』を作り、人間界に『出口』を作って開ける。そこから出入りできる。だが……まだ未完成。魔族が数人、数回の出入りしたら完全に消滅する。オレが作った出口もあるが、オレが死ねば消滅する……へへへ……この研究は魔界じゃ最優先で行われてる。いずれ、魔族の大群がいきなり現れる日も、近いかもなぁ?」
「……なぜ教える? 正直、喋るとは思っていなかった」
「決まって、らぁ……オレが死んで、残った魔族が生きて、人間界を蹂躙するのが、むかつくから、だ……へへへ、せいぜい、対策、し……な」
クレインが砕け散り、残ったのはツノだけだった。
サーシャは剣を鞘に納め、ツノを回収する。
「サーシャ、平気!?」
「ああ。ありがとう、ロビン。みんなは平気か?」
レイノルド、タイクーン、ロビン、ピアソラ、クレス、ミュアネ。
仲間たちは全員無傷。暴風が吹き荒れた時に飛び散った木箱や石でけがをしたが、ピアソラがすぐに治療をしたようだ。
タイクーンは、歯を食いしばる。
「魔族だと……? クレス、このことを」
「わかっている。父上に報告し、周辺国にも情報を送る」
「お兄さま……」
「ミュアネ、しばらく忙しくなりそうだ」
「……はい」
こうして、サーシャたちの依頼は成功で終わった。
魔族という、新たな火種を持ちかえることになったが。





