九つの試練『神の箱庭』④/九色の扉
ハイセは一人、宿屋の自室で古文書のページをめくっていた。
ノブナガの古文書を閉じ、アイテムボックスに入れる。
「……ノブナガの古文書にも、神の箱庭の記述はないか」
ノブナガは、神の箱庭に挑戦したことはないし、知らない。
そもそも、禁忌六迷宮自体、本来は詳細不明なのだ。
ハイセはソファに座り、ホルスターにある自動拳銃を抜き、分解する。
銃の構造を深く知ることで使用できる武器が増えるので、ハイセはこれまでに数十以上の銃を分解してきた。
「残る禁忌六迷宮は二つ。一つは完全に情報なし、もう一つは魔界……魔界に行くアテを探さないとな」
そう呟くと、ドアがノックされた。
「ハイセ、いいかしら」
ドアの外にいるのは、エクリプス。
本来ならお断りだが、一応は共に『神の箱庭』を攻略する同士。あまりつっけんどんな対応で機嫌を損ね、攻略に支障が出る可能性は、なくはない。
ハイセはため息を吐き、ドアを開けた。
「なんだよ」
「その……少し、お話したくて」
「攻略は明日だぞ。いい加減、寝ろ」
「……少しでいいの」
「……ったく」
ハイセはドアを開け、エクリプスを招き入れた。
ソファを進め、ハイセは椅子に座る。
「で、何だ」
「その……いよいよ明日じゃない? だから、その……」
「その、そのその、そのって何度も言うな。言いたいことあるならはっきり言え」
「……私、あなたが好きって言ったわよね」
「ああ」
「確かに私、あなたにいろいろしたわ。でも……初めて抱くこの想いは本物よ。明日、もしかしたら死ぬかもしれないし……ちゃんと、知ってほしくて」
「…………」
エクリプスは寝間着姿だ。
薄手のネグリジェ。下着が透けて見えるか見えないかという恰好だ。
寝る前なのに、なぜか甘い香りがした。
正直、頭がクラクラする……が、ここで嘘をついても仕方ない。
「悪いな。俺は冒険者……誰の想いも受け入れるつもりはない」
「……そう」
「お前の真剣な想いは理解した。あー……確かに、お前はいろいろ画策して、俺を不快にさせたが、もう水に流してやる」
「じゃあ、どういう関係になるの?」
「冒険者同士。それでいいだろ」
「……可能性は、あるかしら?」
「何のことか知らないが、わからないな」
「そう。ふふ、今はそれでいいわ。それと私……サーシャたちには負けないから」
「ああ。明日の攻略、頼むぞ」
エクリプスは頷き、立ち上がる。
部屋を出る前に、ハイセに言った。
「ね、ハイセ」
「ん」
「……ううん、何でもない」
そう言い、エクリプスは部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ハイセ、エクリプス、クレアの三人は宿で朝食。
シムーンが食後のお茶を淹れ、ゆっくり味わいながら飲む。
出発の準備を終え、ハイセは主人に言った。
「朝食、新聞付きで一ヶ月延長だ。しばらく留守にするけど、帰りはいつになるかわからん」
「相変わらずだな。まあ……気を付けてな」
「ああ。あんたも、風邪ひくなよ」
主人は「フン」と鼻を鳴らす。
食器を洗っていたシムーン、フェンリルを丸洗いしていたイーサンが見送りに来て、「気を付けて!」と送り出してくれた。
向かうは、クラン『セイクリッド』本部。そこで『神の箱庭』への入口、木箱を開き迷宮に挑む。
三人は無言で歩き、ハイベルク王国正門でヒジリ、ヴァイス、プレセアが合流。クランに到着すると、ウルがロビンと一緒に待っていた。
「おう、来たぜ」
「お兄ちゃんってば、中に入れって言ってもずっと外にいたの。カッコ付けなんだから」
「おいロビン、オレは風を浴びてだな」
「はいはい。さ、みんな案内するよ!! こっちこっち!!」
ロビンの案内で、クラン『セイクリッド』本部にある地下大広間へ。
本部施設の裏にある階段を降りると、細い通路の先に大きな空間があり、クレアが驚いていた。
「わぁ~……すごく広いですね」
「ここ、何かあった時のための避難所で、物資の保管庫でもあるんだ。隣の部屋には同じくらいの広さで、長持ちする食料や水、お酒なんかがいっぱいあるよ」
「へえー……で、ここで開くんですか?」
クレアがそう言うと、階段を降りてチーム『セイクリッド』の四人が登場。
全員、戦闘スタイル。サーシャはクレアの質問に答える。
「そう、ここで開く……皆、準備はいいか?」
サーシャが、挑戦する仲間に確認を取る。
「俺はいつでもいける」とハイセ。
「私も」とプレセア。
「私も行けるわ」とエクリプス。
「準備万全です!!」とクレア。
『…………』とヴァイス。
「ふふん、戦いが呼んでいる!!」とヒジリ。
「狩りってのは、準備する前に準備は終わってるもんさ」とウル。
「皆、準備完了のようだ」とタイクーン。
サーシャは頷き、アイテムボックスから『木箱』を取り出す。
そして、全員が見守る中、木箱を開く……中に、一枚の羊皮紙が入っていた。
エクリプスが言う。
「サーシャ、その羊皮紙は入口を封じた魔法よ。破ることで封印が解かれ、九つの扉が現れる……と、カーリープーランが言っていたわ」
「破るのか……少し勇気がいるな。だが」
サーシャは羊皮紙を破る。すると、羊皮紙が一気に燃え上がる。
驚きサーシャは距離を取った。そして、燃え上がった羊皮紙の色が変わる。
赤、青、黄、緑、紫、橙、白、黒、灰。
九色の炎となり、炎が形を変え、扇のように九つの扉が地面の上に現れた。
エクリプスが全員に言う。
「禁忌六迷宮『神の箱庭』……一つ一つの扉の先に『試練』があり、その試練を乗り越えた先に、何かがある。そして……七大災厄の一体、『コルナディオ・ミノタウロス』がいるとされている」
「それそれ!! アタシ、そいつと戦いたいっ!!」
ヒジリが興奮する。プレセアは扉を眺めつつ言う。
「扉の色……試練とやらに関係しているのかしら」
「不明。そもそも、魔族が挑んだというのも遥か昔、詳細は伝承でも伝わっていないし、存在すらあやふやなモノだったらしいわ。カーリープーランも、盗賊家業で見つけた古文書に書かれていたことをそのまま言っただけのようね。知るには、自分たちで踏み込み、確かめるしかない」
「ククク……心が躍る」
タイクーンがソワソワしていた。レイノルドが軽く小突き、サーシャに言う。
「ここまで来ちまった以上、先に進むしかねぇ。本当に行くんだな?」
「ああ。攻略にかかる時間も、何もかも未知数だが。レイノルド……クランは任せたぞ」
「おう。サーシャ……どうか無事に」
「ああ、わかっている」
「サーシャぁぁ……わたくし、心配ですわ。死なない限りどんな傷も治すから、どんなに怪我をしても、絶対に生きて帰ってきてくださいまし!!」
「わかっている。ピアソラ、ロビン、頼んだぞ」
「うん。サーシャ、がんばって!!」
すると、ヒジリが言う。
「ねーねー、いろんな色の扉あるけど、誰がどの色を行くの?」
「そんなの適当でいい」
ハイセが言い、黒い扉の前に立つ。
それを見てヒジリが笑った。
「あっはっは!! あんた自分が黒いからって、迷わず黒行くとか最高ね!!」
「うるさい。さっさと扉の前に行け」
「はーい。じゃあアタシは紫っ!!」
赤がタイクーン、青がクレア、黄がエクリプス、緑はプレセア、紫がヒジリ、橙がウル、白がサーシャ、黒がハイセ、灰はヴァイスとなった。
九人は全員、扉のノブに手をかける。
ハイセは、全員に対して言った。
「禁忌六迷宮『神の箱庭』……この先は全くの未知数。全員、心して進め」
そして───九人が同時にノブを回し、扉を開けた。
 





