九つの試練『神の箱庭』②/七人目
ハイベルグ王国郊外にある、魔獣も人の気配もない平原。
ここに、エクリプス、ヒジリ、プレセア、そしてイーサンとシムーン。さらに治癒士として雇われたラプラスが、対峙するハイセ、クレアを遠くから見つめていた。
ハイセは、ゴム弾が装填された自動拳銃を両手に持ち、クレアに向ける。
「殺す気で来い。手抜きを感じた時点で終わらせる」
「……あの、師匠。一ついいですか?」
「なんだ」
「その。いきなり『本気』って、どういうことですか? 嬉しいですけど……」
「お前に頼みがある。でも、その頼みを言う前に、お前の実力を知りたいんだ。お前、俺と訓練する時には使わない技とかあるだろ。それも使え」
「で、でも」
「……あまり俺を舐めるなよ。それを使ったところで、お前に俺は倒せない」
「……」
ほんの少しだけ、クレアがムッとしたのをハイセは見逃さない。
首を鳴らし、ニヤリと笑う。
「俺がお前を認めたら、そうだな……ご褒美をやる。お前の望むこと、なんでもしてやるよ」
「なんでも? マッサージしてとか、足揉んでとか、ケーキ買ってきてとかも?」
「ああ」
「……よーし。わかりました。師匠、あまり私を舐めない方が───……いいですよ!!」
双剣を抜き、青く輝く闘気が全開となった。
薄青、輝くブルーの闘気。空よりも濃く、海よりも澄んだ青色は、サーシャと違う美しさがあった。
双剣を構え、クレアは叫ぶ。
「では、参ります!!」
闘気を全開、真っすぐ突っ込んでくる。
猪突猛進。いつもクレアはがむしゃらに突進してくるが、今回は違った。
「ふっ!!」
緩急を付けた動きにより、分身したように見える。
サーシャも似たようなことをやったことがある。ハイセは腰を落とし、真正面から迎え撃つ。
「来いよ」
「青藍剣、『青の煌めき』!!」
緩急を付けた分身、そして四方からほぼ同時に放たれる斬撃だ。
速く、鋭く、ハイセの死角を突いた一撃……そして剣に籠る殺気は本物。
クレアはハイセを殺す気だ。
当然、ヒジリとエクリプス、プレセアは気付いていた。
「へえ、殺す気じゃん」
「……でも」
「ハイセは、見えてるわね」
ハイセは、四つの斬撃を全て上体を逸らすことで躱した。
だがクレアは想定内なのか、ハイセが躱すことを当然と思っていたのか……ハイセは気付いた。
クレアは、剣を一本しか持っていない。
「遠隔起動!!」
「!!」
ハイセの足元に、剣が刺さっていた。
しかも……クレアの手から離れているのに、闘気を纏っている。
(ソードマスターは剣を握ることでその能力を発揮する……なるほどな。双剣なら、一本に闘気を込めたまま手を放しても、二本目が手にある限り込めた闘気は維持される。しかも、遠隔操作が可能……これには気付かなかった)
一瞬の思考。
地面に刺さった剣が勢いよく抜け、闘気を纏ったまま回転しハイセの身体を引き裂こうとする。
が───ハイセは自動拳銃を発砲。真下から迫ってきた剣の柄に銃弾が命中し、剣が弾き飛ばされた。
しかし、弾き飛ばされた剣は、闘気を纏ったままクレアの手に戻る。
クレアは、剣の切っ先をハイセに向け、闘気を連続で放出した。
大きな、人間を飲み込めるような大きさの青い闘気の玉が三発。
ハイセは横っ飛びで躱し、クレアに向かって自動拳銃を連射。
「う、っぎ……!!」
ゴム弾を、クレアは全身と闘気で覆うことで防御を上げ、生身で受けた。
腹、腕に四発。闘気のガードがあっても、銃弾だったら皮膚が裂け血が出るがゴム弾は衝撃だけだ。だが、その衝撃に顔を歪めつつも、クレアは闘気をハイセに向け連射する。
「痛くないのかしら」
と、プレセアが言う。
「気合で耐えてるわね。イーサン、アンタも見習いなさいよ」
「は、はい……クレアさん、すげえ」
ヒジリは感心し、イーサンは見入っている。
ラプラスは無言で、シムーンは祈るように手を合わせ、エクリプスは腕組みをしていた。
クレアは遠距離が愚策と判断。闘気を双剣に乗せ、さらに全身にこれまでにない量の闘気を注ぐ。
短期決戦。ハイセは自動拳銃を腰に納め、グレネードランチャーを手に持った。
「青藍剣───……『青の無限漣斬』!!」
サーシャに勝るとも劣らない速度。
だが、ハイセが引金を引く方が早かった。
グレネード弾が、クレアを超える速度で迫ってくる。
クレアは叩き落とそうと剣を抜き弾丸を斬った瞬間、爆発に巻き込まれ吹っ飛んだ。
剣が舞い、鎧が砕け、火傷を負ったクレアが吹っ飛び……地面に落下する瞬間、ハイセがしっかり抱きとめた。
「俺の勝ちだ」
「……う、ぅぅ」
「ラプラス、頼む」
「お任せを。治療費は」
「俺持ちだ」
ラプラスが近づき、クレアの身体を治療……傷一つなく、クレアは回復した。
クレアは、ハイセに抱っこされたまま言う。
「師匠、すごかったです……」
「ああ。お前もなかなかだった……正直、ゴム弾だけで行けると思ったが、大人げなくグレネード弾を使っちまった」
「……それ、すごいんですか?」
「ああ」
すると、エクリプスたちも近づいて来た。
ハイセはクレアを下ろし───……顔を逸らす。
「皆さん、私、すっごく強くなった気がします!! えへへ、なんかうれしいです」
「ね、ねえちゃん、何を」
「み、見ちゃ駄目!! あの、クレアさん……服」
「え?」
シムーンが、イーサンの目をふさいでいた。
ハイセも目を逸らしている。クレアが自分の姿を見て、気付いた。
「え、あ……」
「……悪い」
「申し訳ございません。私の治療では、服まで直せないのです」
クレアは鎧が砕け、服が派手に破れ……ほぼ裸の状態だった。
慌てて身体を隠し、アイテムボックスから着替えを出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
着替えを終え、宿に移動……道中ハイセは「裸にした」だの「スケベ」だの言われたが甘んじて受けた。爆風で服が吹っ飛ぶとは思っていたが、すっかり忘れていたのである。
クレアは、裸にされたがあまり気にしていないようだった。
宿に戻り、シムーンの紅茶を飲みながらクレアは聞く。
「あのー、私にお願いって何ですか?」
「禁忌六迷宮『神の箱庭』……そこに出現する九つの扉、その一つを任せたい」
「え」
「今の実力を見て確信した。お前はもうA級冒険者上位か、S級に届く」
「わ、私が……ですか?」
「ああ」
「で、でも……それじゃあ」
師匠との師弟関係は終わりですか? と、クレアは口に出せなかった。
言ったら、ハイセが「ああ」と答えてしまうのが、とても怖い。
だが、ハイセは言う。
「……あー、さっきの戦いだが」
「っ」
クレアがビクッと反応する。ハイセは言いにくそうに言った。
「俺はゴム弾しか使わないって言ったが、自分のルールを曲げてグレネード弾を使った。その……勝負はお前の勝ちってことでいい」
「え……じゃあ」
「願いがあるなら聞いてやる。ただし、常識の範囲内な」
「っ!! じゃ、じゃあ!! ずっと私の師匠でいてください!! お願いします!!」
「……わーったよ」
「やったあ!! えへへ、師匠、大好きですっ!!」
「「!!」」
「はいはい。で、受けてくれるのか?」
「私でよければ!! それに、今の私、すっごく気合乗ってます!! 禁忌六迷宮だろうが師匠だろうが、ブッ倒しちゃいますよ!!」
「……調子乗りすぎだ。さっきの願いなしにするぞ」
「わわわ!! じょ、冗談ですっ!!」
「よし……話はここまで。近いうち、サーシャたちとミーティングするから、そのつもりでいろ」
全員に言うと、シムーンがキッチンのドアを開け、イーサンと一緒に大皿をたくさん持ってきた。
「みなさーん!! お昼ご飯の時間ですっ!! いっぱい作ったので食べてくださいね!!」
「よっと。じいちゃんも一緒に!!」
イーサンが皿を置き、受付カウンターにいる主人を引っ張ってくる。
大皿には、山盛りのサンドイッチ、唐揚げ、ステーキ、サラダなどが盛りだくさん。トングで好きに取って食べる形式だ。
「やった!! 肉食べよっ!!」
「おい、一人で食うなよ」
「おれも食うっ!! 姉ちゃん、追加焼いといてっ!!」
「はいはい。一杯食べてくださいねー」
「師匠、サンドイッチ食べましょう!!」
宿の食事スペースは、一気に騒がしくなった。
プレセアは、エクリプスと距離を詰め……ボソッと言う。
「ね、クレアだけど……すごいわね」
「ええ……あんなにあっさり好意を伝えるなんて。もしかして、あなたも?」
「かもね……ハイセとは長いけど、クレアには心を許してる感があるの。なぜかしら?」
「さあ? でも、あなたとは気が合いそう」
「同感。私、プレセア……よろしくね」
「エクリプス。ふふ、今度一緒にお茶しない?」
こちらでは、どこか互いを認め合ったような雰囲気が流れていた。
宿の主人は、さりげなくハイセに言う。
「お前さん、いろいろと大丈夫なのか?」
「何が?」
ハイセはどうも、わかっていないようだった。





