一方、ハイセは
ハイセは、宿に戻るなり、自室のベッドに寝そべっていた。
「…………」
天井を見上げる。
つい最近、シムーンが綺麗に掃除をした。塵も埃もなく、蜘蛛の巣もない。
ハイセはコートを脱ぎ、壁に掛ける。
そして、読書でもしようとソファに座ろうとした時だった。
「ハイセ、いる?」
「……」
エクリプスが、ドアをノックした。
ハイセはドアを開け、部屋には入れずに言う。
「なんだ」
「ね、少しだけ、私の話を聞いてくれない?」
「どうせくだらない話だろうが」
昨夜は帰ってこなかったエクリプス。戻るなり『話を聞け』ということは、間違いなくサーシャが絡んでいるだろう……そう考え、ハイセは拒絶する。
だが、エクリプスは引かない。ポケットから鍵を出し、ハイセに突きつける。
「これを持ってて欲しいの。『神の箱庭』の鍵……きっと必要になるわ」
「確かに、必要にはなるだろうな。だが、俺に渡してどうするつもりだ? お前……俺とサーシャのこと、知ってるんだろ」
「知ってるわ。でも、それはそれ、これはこれ。禁忌六迷宮『神の箱庭』は、九人でしか挑めない……九人のうち一人は、あなたしかいないと思っているわ」
「…………」
「私に対して思うことはあると思うけど……今はそれを置いて、私の話を聞いてくれない?」
「…………下で話すぞ」
ハイセはコートを掴み、部屋を出た。
エクリプスと一緒に階段を降り、食堂スペースにある椅子に対面で座る。
エクリプスは、テーブルに鍵を置いた。
「正直に言う。私は、あなたとサーシャが手を取り合い、禁忌六迷宮を攻略するのを見に来たの……あなたたちの確執を知っているからね」
「……正直だな」
「あなたには、もう偽りを言わないと決めたから。あなたを好きになったのも本当よ?」
エクリプスはなぜか、嬉しそうにほほ笑んだ。
妙に胡散臭い……ハイセはそう思うが、眉を顰めるだけにした。
「でも、あなたもサーシャも、長年の友人みたいに接するから驚いたわ。逆に、私がしたことで、確執を思い出させてしまったようね」
「……かもな」
「それと……私も、興味があったのよ。あなたやサーシャ、同じS級冒険者同士で、冒険してみたいって。おかしいかしら?」
「……知らん」
「お願いハイセ……一緒に、冒険しましょう。私のことを、あなたに知って欲しい。私の想いが嘘じゃないと、あなたに理解してほしい。あなたを陥れようとした私じゃない、今の私を見てほしい」
「……お前、なんでそこまで俺に拘る」
「一目惚れ。それしかないでしょう?」
エクリプスは、真っすぐハイセを見て微笑んだ。
その笑みは嘘じゃない。不思議と信じることができた。
「……チッ」
ハイセは鍵を取り、ポケットに入れる。
「俺は今まで、サーシャたちに追放されて、陥れられたことを忘れていた。いつの間にか、仲良しこよしでやっていた……ようやく気付いた。そんなの、俺じゃない」
「……どうするつもり?」
「お前がサーシャたちに渡した『箱』を、手に入れる」
「……まさか」
ハイセは頷き、エクリプスに向けて初めて笑いかけた。
「決闘する。俺は鍵、サーシャたちには箱を賭けて、正々堂々とな」
◇◇◇◇◇◇
数時間後、ハイセはクラン『セイクリッド』に来ていた。
受付に入るなり、あっさりと本部に案内され……出迎えたのはチーム『セイクリッド』の面々。
サーシャは、ハイセが来るなり言う。
「よく来てくれた……ハイセ、昨日の返事を聞きたい」
「……」
ハイセは、エクリプスから受け取った鍵をテーブルに置く。
それを見たタイクーンが言う。
「それがこの箱の鍵……つまり、協力するということか?」
「違う。俺の答えは協力じゃない……その箱をもらいに来た」
「……何?」
意味不明とばかりに、タイクーンは眼鏡をクイッと上げる。
ハイセは、サーシャに向けて言った。
「サーシャ、俺はこの鍵、お前はその箱……二つを賭けて勝負しろ」
「な……何?」
「忘れたのか? 俺たちは冒険者だ。仲良しこよしのチームじゃねえんだよ」
「……本気なのか。それが、お前の答えなのか」
サーシャも、厳しい表情で言う。
過去の負い目はある。だが、それとこれとは話が別と言わんばかりに。
「本気だ……忘れたのか? 俺は、お前たち『セイクリッド』から追放された身だ。今更、仲良くできるわけがない。今までがおかしかったんだ……俺はお前たちのこと、毛嫌いしていたはずなのにな」
「…………」
すると、ロビンが言う。
「ハイセ、そんな……あたし」
「ロビン。お前が俺の追放に反対したことは素直に嬉しい。でも、お前は『セイクリッド』だ」
「……っ」
「フン!! 確かに、あなたと私たちが協力するなんて、本来はあり得ませんわね!!」
「その通り。ピアソラ、お前は変わってなくて安心する」
そして、レイノルドが大きくため息を吐く。
「ったく……そうだよな。お前と一緒にいるうちに、お前を追放したことや、お前に大怪我させたこと忘れてたぜ。なあなあで済むような問題じゃねぇんだよな……」
「そういうことだ。さぁ、答えを聞かせろ。サーシャ……その箱を賭けて、俺と勝負するかどうか」
「…………」
サーシャは顔を伏せていた。
そして、木箱を掴むと……ハイセの前に置く。
「……やはり、私はダメだな」
サーシャは……泣いていた。
涙を流し、どこか辛そうに笑っていた。
「お前と戦うなんて、できない……お前がどんなに嫌っても、それが偽りでも……お前と過ごした時間、絆を捨てることなんて、できない」
「…………」
「ハイセ。頼む……過去は必ず清算する。だから、私たちとの間にできた新しい絆を、否定しないでくれ……私は、嫌なんだ……もう、お前が遠くに行ってしまうのが」
「…………」
サーシャは、子供だ。
割り切れないのだ。
確かに、全ての原因はサーシャたちにある。ハイセを追放すると決めたのもサーシャであり、ドラゴンが住む泉を教えたのもサーシャ。ハイセが右目を失った原因もサーシャにある。
ハイセは誰も信じなくなった、たった一人でS級冒険者になったのは、ハイセの力だが…。
サーシャたちを恨む力を糧に強くなった。『闇の化身』が生まれたのも、サーシャたちが原因といえるだろう。
サーシャはずっと、胸を痛めてきた。
謝りたくても、ハイセが怖くて近づけなかった。
忙しいのもあった。でも……明らかに、サーシャはハイセを避けていた。
ハイセの活躍を知り、嬉しくもあり複雑だった。
ようやく声を掛けれたが、何もかもが遅かった。
でも……少しずつ、少しずつ、距離を縮めることができた。
小さいながらも、絆というものが新しく芽生えていた。
そして、絆が芽生えると同時に、過去の傷に新しい絆が覆いかぶさり、薄れていった。
サーシャは無自覚に、「それでいい」と思ってしまった……卑怯にもだ。
ハイセは、忘れないことを選択した。全てを無しにして、『闇の化身』として生きることを選んだ。
だがサーシャは……もう、失いたくなかった。
たとえ偽りでも……一度は失ったハイセとの『絆』を、再び捨て去ることなんて、できなかった。
決闘なんて、できるわけがなかった。
どこまでも甘く、どこまでも情けない決断……サーシャは、それしかできなかった。
レイノルド、ピアソラ、タイクーン、ロビン。四人は、サーシャの気持ちが痛いくらい理解できた。だからこそ涙を流すサーシャに何も言えず、声も出せない。
ハイセは……。
「…………それが、お前の答えなのか」
サーシャに深く、失望していた。
その姿は、ハイセの知るサーシャではなかった。
弱く、情けない姿。
見たくなかった。ハイセの中のサーシャは、凛々しく美しい『銀の戦乙女』だったのに……今は、わがままで泣く少女にしか見えなかった。
それくらい、ハイセを想っている。
そのことに気づかないくらい、ハイセは鈍感で……子供だった。
「…………」
ハイセは無言で鍵をポケットに入れ、立ち上がる。
そして、何も言わずにその場を後にした。
どこまでも真っすぐで、どこまでも不器用なハイセとサーシャ。二人の仲はこれまでにないくらいこじれて、ねじ曲がっていた。





