ガポ爺さんの屋台にて
屋台街。
ハイベルグ王国の公園で屋台を出したことをきっかけに、我も我もと屋台が登場……結果、五十を超える屋台が並ぶことになり、今では公園が整理され、屋台専用の区画となっている。
美味い、安い、楽しいと三拍子揃った屋台は冒険者たちから人気があり、今では屋台での食事をメインにする冒険者も少なくないとか。
そんな中、ハイセたちが向かったのは、馴染みの屋台。
「ガポ爺さん、やってるかい」
「おお、ガイストの旦那。ご覧の通りさ」
ガイストが暖簾を潜ると、髭面でエプロンを付けたドワーフが、煮物を箸で混ぜていた。
ガポ爺さん。古くから屋台街で屋台を経営しているドワーフで、ハイセやサーシャが金欠の時はよく世話になっていた。
「おお、デイモンにハイセに……って、なんだなんだ、今日は多いな」
驚くのも無理はない。
ハイセ、サーシャ、ガイスト、デイモン、ミイナ。そしてエクリプスの六人であった。
最初、ハイセはサーシャとエクリプスが現れた時点で帰ろうとした……が、サーシャに懇願されたのと、ミイナに腕を掴まれたことで、結局は来てしまったのだ。
「やたい……初めて見たわ」
「お、初めてのお嬢ちゃんだな。屋台は初めてかい?」
「ええ。プルメリア王国にはない文化ね……」
「プルメリア王国? こりゃまた遠いところから来たなあ。よしよし、ワシの奢りだ、駆けつけ一杯」
「かけつけ、いっぱい……? お酒?」
「おう。おごりだ、のめのめ」
「じゃあ、遠慮なく……ん、おいしい」
エクリプスがガポ爺さんに勧められた日酒を飲むという、レアな光景がそこにはあった。
こくこく……と、日酒を一気に飲み「ふぅ」と息を吐く。心なしか頬が紅潮し、目元がトロンとして、頭が少し揺れた。
「おいしい……」
「はは、うまいか。ささ、狭いが座れ……六人、いけるか?」
本来は最大五人までだが、酒樽を椅子代わりにして何とか座る。ちなみに酒樽にはミイナが座った。
ミイナ、エクリプス、サーシャ、ハイセ、ガイスト、デイモンの並びで座り、まずは日酒で乾杯する。
「じゃあ、えっと……かんぱい」
ミイナがエクリプスをチラチラ見ながら音頭を取る。
日酒を飲み、煮物を注文。
ハイセはデイコンを食べると、隣にいたサーシャの肩が当たる。狭いので仕方ないが、こんなに近い距離で食事をするのは随分と久しぶりだった。
「ん、すまないな、ハイセ」
「……ああ」
ハイセはサーシャを見ない。
それは、ガイストに言われた「セイクリッドの面々との新たな絆」が、サーシャたちと仲良くすることを悪いと思っていないことに困惑していたから。なので、意識的に壁を作ろうとしたが……サーシャは気付いていないのだろうか、ハイセは気になった。
「……」
「な、なんだ? その、汁が飛んだか?」
サーシャは、モチ巾着という、油揚げの中にモチ団子の入った煮物を食べていた。
ハイセを見る目は、昔からハイセが知るサーシャの眼。
その目に、負い目や怯えはない。昔、S級冒険者に任命される時、あるいはその前にあった、怯えたような暗さは一切なかった……サーシャも、ハイセとの間にできた新しい「絆」を受け入れているようだった。
ガイストに言われなければ、ハイセは「セイクリッド」たちを許していただろうか。過去を忘れ、こうして共に食事し、笑い合うことも増えただろうか。
「…………」
サーシャ、そして『セイクリッド』には……もう、ハイセの追放は過去のこと。そして、今ある新しい『絆』が大事なのだろうか。追放し、不可抗力とはいえハイセを陥れたことは、もうどうでもいいことなのだろうか。
そう考えると、ハイセは混乱する。
一つは、「今ある絆を受け入れているハイセ」で、もう一つは「過去を忘れずにいるハイセ」だ。過去を忘れずにいるハイセの声が、随分と小さくなっていることに気づいたのも、最近だった。
「…………」
どうすべきか、答えは出ない。
「……せ」
距離を測りかねている。答えが出ないし、難しく考えるのは……やはり、ハイセが子供だから。
まだ十七歳だ。
親兄弟と喧嘩しても、次の日にはあっさり許してしまうこともある。
友達に殴られても、謝れば許し、笑顔で肩を組むこともある。
「おい、ハイセ」
「えっ」
と───……デイモンに声を掛けられ、ハイセは顔を上げた。
「聞いてたのか? ぼーっとして、どうした?」
「あ、いや……ごめん」
「ほれ、ちゃんと話聞いとけ。な、旦那」
と、ガイストがハイセを見ていた。
その表情は、「わかっているから悩め」と言わんばかりに、どこか優しく見えた。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは考えるのをやめ、日酒を飲む。
「ガポ爺さん、おかわり」
「私も……」
と、エクリプスもコップを差し出した。
間にいたサーシャはハイセとエクリプスを見て、自分のコップを飲み干す。
「私も!!」
「お、おお。日酒が人気で嬉しいぜ」
三人に日酒を注ぐ。
エクリプスは、ハイセに向かってグラスを差し出す。
「ね、乾杯しない?」
「しない」
ハイセは無視。グラスに口を付ける。
すると、ミイナがイカゲソをモグモグ食べながら言う。
「そーいえば、エクリプスさんってなんでハイベルグ王国に?」
酔っているのか、最初はS級冒険者序列二位『聖典魔卿』の存在に怯えていたが、頬を赤らめ、おいしそうに日酒を飲む姿を見ていつものミイナに戻っていた。
エクリプスは、日酒を飲む。
「ん……サーシャとハイセが、『神の箱庭』に挑戦するの、見に来たの」
「へ?」
「禁忌六迷宮……二人とも、好きみたい、だから」
エクリプスは酔っているのか、頭が揺れている。
ガイストはエクリプスに聞く。
「『神の箱庭』か……きみはそれを魔族から手に入れたそうだが、禁忌六迷宮について詳細は知っているのか?」
「……ちょっとだけ。箱を開けると、九の扉が、開く……の。それで、その中は『夢』の世界……最奥に、七大災厄がいて……そのさらにおくに……『秘宝』が……あるの」
「九つの扉……その全てを攻略しないといけないのか?」
「ん……扉は、一度しか、ひらかないの……一度とじたら……いりぐちは、また、どこかに……」
「お、おい、大丈夫か?」
いつの間にか、エクリプスはサーシャの肩に頭を乗せていた。
酔っているのだろう。顔が赤く、眼も虚ろ。
「ドワーフの日酒は強ぇえからなあ。ワシらドワーフにとっちゃ水と変わらんが、人間には厳しいぜ」
ガポ爺さんが「がはは」と笑う。
ハイセは、エクリプスに聞いてみた。
「お前、その情報どこで知った?」
「……カーリープーランからきいたの。魔界の、伝承……かこに、一度……まぞく、扉をあけた……でも、とびら、入った魔族……だれも、かえって……こなかった」
「……カーリープーランか。あいつは慎重だし、こいつとの取引で嘘つくほど愚かじゃなさそうだ」
サーシャは、エクリプスを支えながら言う。
「九つの扉……つまり、最低でも九人で挑まなくてはならないのか。そして、全員がクリアしなければならない」
「さらに、七大災厄の一体が封印されている、か……入ったら出られるかどうかも不明だな」
ハイセがそう言い、サーシャは真面目な顔でハイセを見る。
「ハイセ。入口の箱はこちらにある。鍵はお前が持っているとエクリプスは言った……改めて、お前に禁忌六迷宮の攻略を依頼したい」
「……んん、かぎ……ハイセに」
いつの間にか、エクリプスはサーシャの肩を枕にスヤスヤ寝ていた。
禁忌六迷宮。ハイセの最強へ続く道。四つ目の迷宮への招待状だが。
「…………」
ハイセは少し考える。
そして───……思い出す。
『ハイセ、お前にチームを抜けてもらう』
全てをなかったことにして、サーシャたちと共闘する。
ガイストに言われたことがなければ、ハイセは迷うことなく「いい」と答えていた。
そして……迷宮をクリアし、『セイクリッド』の面々と喜び合う姿が浮かぶ。
その姿は、ハイセをここまで連れてきた『闇の化身』を裏切るような、そんな風に思えてしまった。
だから───……明確に断言せず、ハイセは立ち上がる。
「……少し、考えさせてくれ」
「……えっ」
金貨を一枚置き、ハイセはその場から立ち去った。
禁忌六迷宮。ハイセはきっと、迷うことなく協力してくれる……サーシャはそう信じていた。
「…………やれやれ」
ガイストだけが、全てを理解し、そのまま日酒を飲み干した。
 





