二人のサーシャ
サーシャが二人。
戦力は二倍……どころではなかった。
「銀星剣、『蓮刃』!!」
「銀聖剣、『空牙』!!」
銀色の斬撃、銀色の飛ぶ斬撃が同時に放たれ、クリスタルゴーレムの一体が砕け散る。
さすがのサーシャも、一人ではクリスタルゴーレムの防御を突破するのに時間がかかる。だが、サーシャがもう一人増えたことで、クリスタルゴーレムの防御を軽々と突破できるようになった。
「恐ろしいな……」
タイクーンが冷や汗を流す。
当然、恐ろしいのはサーシャのことだ。
ロビンも、援護をしようと矢を番えていたが、最初の数発だけでもう必要がない。
「サーシャ、やっばあぁ……無敵じゃん」
「むぅぅ~……アタシの能力、活躍できないじゃん!!」
ムスッとするミュアネ。
そして、盾を構えて仲間を守るレイノルドが言う。
「よく見とけ。あれがオレらのリーダーだぜ」
「あぁぁん!! サーシャ、本当にカッコいい!! もう、素敵すぎて……はうぅぅっ!!」
ピアソラの吐息が怪しかったが、仲間たちは全員無視。
それから、三分しないうちにクリスタルゴーレムが七体、破壊された。
サーシャは、サーシャ(分身)に言う。
「助かった、ありがとう」
「気にするな」
分身は笑い、消えた。
サーシャは剣を鞘に納め、レイノルドたちの元へ。
「終わったぞ」
「サーシャ、素敵っ!!」
「っと……ピアソラ、まだ敵がいるかもしれない」
「あぁん」
抱きつくピアソラを引きはがし、サーシャはクレスに言う。
「『倍加』か……素晴らしい能力だ」
「ありがとう。だが、一度倍加したものは、一日経たないと再び倍加できない弱点もある。倍加した《物》ならさらに倍加できるけど、消える時間も短い」
「ねーねー、ごはんとかも倍加できる?」
「できる。ちなみに、倍加した食物は、食べると固定されて消えないよ。理由は不明だけどな」
「……すっげぇ便利な『能力』じゃねぇか。うちの正規メンバーで欲しいぜ」
「あはは……」
だが……それは難しい。
今回はあくまで、S級冒険者に同行するという、王族の依頼だ。
恐らく、クレスとミュアネは、『四大クラン』への加入が待っているだろう。
「むぅ……もっとアタシの能力、活躍させて欲しいかも」
「あはは。あたしの援護、ほとんどいらなかったもんねぇ」
「ボクの魔法も必要なかったな」
「私は、余計な治療をせず助かりましたけどね」
すると、レイノルドが砕けたクリスタルゴーレムの身体の一部を手にして言う。
「なぁなぁタイクーン。魔獣の素材はオレらのだよな?」
「ああ。それは変わっていない」
「っしゃ!! へへへ、クリスタルゴーレムの身体も、立派なクリスタルだ。こいつをギルドに売れば、いい金になるぜ。おいお前ら、早く集めろよ!!」
レイノルドたちはクリスタルの欠片を集め、クレスのアイテムボックスに入れた。
タイクーンは息を吐く。
「ふぅ……とりあえず、依頼は完了だ。撤収しよう」
「待て、タイクーン」
サーシャが止めた。
サーシャの視線は、奥にある加工場へと続いている。
「…………妙な気配がするな」
「おいおい、マジか?」
「ああ。クリスタルゴーレムではない……呼吸をして、一定間隔で歩き……こちらに、気付いている」
「マジか。チッ……盗賊の類か?」
「それを、確認する」
サーシャは、採掘場奥の加工場へ向かって歩きだす。
「全員、警戒を」
クリスタルゴーレムと対峙した時より、サーシャは力強く言った。
◇◇◇◇◇
クリスタル加工場。
正確には、採取したクリスタルを分別するための場所だ。
分別することを『一次加工』と呼ぶので、加工場と呼ばれている。
採掘場と同じくらい広い空間に、山積みの空き箱。そして、分別するための大きな建物がある。
サーシャは、歩を止めた。
「来ちゃったか」
そこにいたのは、サーシャたちよりも年上の男だった。
「見張りを倒して満足するなら、それでよかったのに」
二十代前半ほどの男だった。
褐色の肌、灰銀の髪、瞳が真紅で、頭にツノが二本生えていた。
着ている服は鉱山内を歩くのに相応しくない、パーティーにでも出れそうなスーツにベスト、革靴だった。
「オレの気配を感じたのは褒めてやる。そっちのお嬢ちゃん、かなりのヤリ手だね」
男は、ニヤリと笑い、サーシャを指さした。
サーシャは笑っていない。
全身で警戒しているのを、仲間たちは感じていた。
「貴様、何者だ」
サーシャは言う。
左手の指でサインを送る。
サイン名は『戦闘準備』だ。
「オレ? オレはクレイン。あー……『魔族』って言えばわかるか?」
「な……ま、魔族だと!?」
これには、タイクーンが驚く。
魔族。
かつて大昔、人間たちと存在を賭けた大戦争を行った種族。
世界が二分されるほどの大戦で、とある人間の『能力』により、大陸が真っ二つにされ、戦争は終結した。
真っ二つにされた大陸の一つが、サーシャたちの住む『人間界』……そして、もう一つが魔族たちの住む『魔界』だ。
人間界、魔界の行き来は不可能とされている。
陸はない。大陸を分断した後に『海』が出現し、互いの領地への行き来を封じるように海が荒れ狂っている。空を飛んでいくにも、空は常に雷が鳴り、飛ぶものを容赦なく撃ち落す。
タイクーンが叫ぶ。
「馬鹿を言うな!! 人間界と魔界の行き来は絶対に不可能だ!! 海路では船が沈み、空路では雷に必ず撃たれる!! 禁忌六迷宮の一つ『ネクロファンタジア・マウンテン』に向かう者は、その場に到達する前に必ず死ぬと言われているんだぞ!?」
「長々と説明ありがとう。まぁ、人間には無理だよなぁ? でもよ───魔族は見つけたぜ? 人間界に行くための道を、な」
「な───……ば、馬鹿な」
「オレが証拠さ」
クレインは自分の胸に手を当てる。
タイクーンは、冷や汗を流し、震える手で眼鏡を上げた。
「褐色の肌、灰銀の髪、真紅の瞳、そして……頭部に生えた漆黒のツノ」
「その通り。そこの眼鏡、ほんと博識だね。じゃあ……魔族の力も、知ってるよなぁ?」
「……ッ」
タイクーンは、全員に言う。
「……サーシャ、撤退だ」
「なに?」
「魔族の力は、S級冒険者を凌駕する。文献で読んだが……かつて大陸を分断した大戦争で、人類は全人類から戦える者をかき集めて挑んだ。だが魔族は、たった数千だけで、人類と互角に戦ったんだ」
「……なんだと」
「当時の人類軍は、数万を超える軍勢だったはず。それほど、魔族という種族は個が強い」
クレインはパチパチ手を叩く。
「眼鏡くん、ほんとすごいな。そこまで賞賛されると気分よくなっちゃうよ。うん、そこの眼鏡くんに免じて、きみたち全員見逃してやるよ。まぁオレ、高純度のクリスタルを採取しに来ただけだしな」
クレインは、シッシと猫を追い払うように手を振った。
だが、サーシャは引かなかった。
「一つ、質問に応えろ。そのクリスタルをどうするつもりだ?」
「大したことじゃないよ。『魔導船』……言ってもわかんないだろ? それのコア部分に使うんだ。魔界には、こんな高純度のクリスタルを採掘できる場所、ないからな」
「……ほう」
「人間界は資源の宝庫。オレら魔族にとっては宝の庭さ。邪魔しなきゃ駆除しないでやるから、さっさと失せな」
「……駆除?」
「あ? そりゃあそうだろ? お宝にたかる害虫みたいなモンじゃねぇか。お前ら人間ってさ。普通は足で踏みつぶしたりするだろ? でもオレは優しいから、シッシって追い払うだけ。慈悲よ慈悲」
次の瞬間、サーシャの飛ぶ斬撃が、クレインの持っていたクリスタルを粉々に破壊した。
「…………なにすんの?」
「決まっている。宝にタカる害虫を始末しようとしただけだ」
「さ、サーシャ!?」
タイクーンが驚くが、レイノルドは盾を構え前に。
「タイクーン、忘れたのか? ここは王族専用の採掘場だ。無許可で入ったら問答無用で処刑だぜ?」
「ミュアネ、矢にいっぱい《爆破》込めといて」
「…………クソクズが。サーシャの敵は私の敵。ブチ殺すぞ」
ロビンも、ピアソラも戦闘態勢だ。
タイクーンは盛大にため息を吐き、杖を取り出した。
「……ミュアネ、覚悟を決めようか」
「え、え……ま、ま、魔族、ですよね?」
クレスはどこか吹っ切れたように、ミュアネは未だに理解していない。
クレインは、サーシャを見てグチャリと歪んだ笑みを浮かべた。
「あーやだやだ……今日の服、お気に入りなんだよね。血で汚れちまうわ」
「安心しろ。汚れるのは貴様の血でだ」
チーム『セイクリッド』と、魔族の戦いが始まった。





