お悩みクレア
エクリプスが部屋に入った。
幸か不幸か、エクリプスの部屋はハイセの隣。
現在、この宿は二階に部屋が六室ある。ハイセが二つ、クレアは一つ、エクリプスが一つと四部屋埋まっている状態だ。
食事は一階の食堂スペース、さらに風呂も一階にある。
今は夕食前。ハイセは部屋にいるだろうし、エクリプスも荷物の整理をしているだろう。
クレアも、自分の部屋で考えていた。
「う~ん……師匠とエクリプスさん」
ちょっと話しただけで、なんとなくわかった。
エクリプス・ゾロアスター。彼女は『自分が楽しむ』ために、策を弄したり他人を動かしたりすることに長けている。その過程で誰かを怒らせたり、恨みを買うことが多いのだろう。
性格は真面目。頭脳明晰。他人の考えを察知することが得意……だが優れすぎるが為に、誰かを尊敬したり憧れたりしたことがなかったのでは。
「恋愛……」
誰かを好きになる、という感情が欠落して育ったような箱入りお嬢様……それがクレアの思ったエクリプスという少女だ。
初恋。恋愛という感情を完全に持て余し、戸惑っている。
演技ではない、本気の恋愛感情が手に取るようにわかった。
もし、これが計算されたことで、ハイセを弄ぶための行動だったら、クレアも無視して手を貸すことはなかっただろう……だが、表情と言動で嘘ではないとわかったのだ。
女としての勘───……間違いはない、と思った。
「……恋愛かあ」
クレアはベッドの上で腕組みし、考える。
「私、師匠のことは好きだけど……恋愛じゃないよね」
自分のことは、よくわからない。
なので、とりあえず、エクリプスのために行動することにする。ハイセ、サーシャを嵌めた経緯はあるが、なんとなく放っておけないと思ったのだ。
「よし。ちょっと行動してみようかな」
クレアはベッドから降り、部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
「あの~……師匠、います?」
クレアは、ハイセの部屋のドアをノックする。
すると、ハイセがドアを開けた。
「なんだ」
「あの、ちょっとお話いいですか?」
「……入れ」
ハイセの部屋へ。
ハイセは、シムーンが「ぜひ部屋に!」と置いた一人用ソファに座り、読書をしていた。
本棚には大量の本。クレアが読めない字の本ばかり。今読んでる本も、まるで理解のできない字だ。
机には、大量の羊皮紙。文字の研究をしているのか、細かい字がビッシリ書かれている。
そして、ハイセが大事にしている古文書も置いてあった。
「何か用か」
ハイセはソファに座り、読書を再開する。
クレアは許可も取らずベッドに座った。
「あの~……エクリプスさんのことですけど」
ピクリと、ハイセが不機嫌になる。
(うわぁ……これ相当キレてます。エクリプスさん、無理かもです……)
クレアは緊張する。そして、おずおずと言った。
「エクリプスさん、師匠と仲良くしたいみたいですけど……師匠的にはどうです?」
「お前、あいつにいくらもらった?」
「はい!? い、いえいえ、もらってないです!!」
「じゃあ何企んでる」
好感度ゼロ……ここまで嫌われているとは。
これまでやってきたこともあるし、仕方ないとはいえる。
「え、えっと……その、これから一緒に生活するわけですし、やっぱり、私としても、お二人が仲良くしてた方が……なーんて」
「同じ宿にいるだけだ。共同生活じゃねぇよ」
「で、でも……顔は合わせるわけですし。エクリプスさん、師匠のこと、好きみたいですし」
「俺は大嫌いだ。あいつは、俺とサーシャを弄んで楽しんでたヤツだぞ」
「そ、そうですよね~……あはは」
「用事済んだら出てけ。俺は忙しい」
「は、はい~……」
クレア、撤退。
がっくり肩を落とし……エクリプスの部屋を見た。
まだ会ったばかり。いきなり部屋を訪ねるのも……と、思ったが、意を決してドアをノックする。
「どうぞ」
「し、失礼しま~す……って!?」
なんと、エクリプスの部屋はとんでもなく豪華だった。
壁紙は白く、天井にはシャンデリア、机、椅子、ソファ、ベッド、クローゼットは高級品。というか……部屋が明らかに広くなっていた。
「え、え!? へ、部屋……どうなって」
「これ?、魔法で広くしたの」
「ま、魔法って……」
「私は『マジックマスター』よ。この世に存在する魔法は全て使えるし、希少魔法も全て使えるわ。それに、魔法と魔法を混ぜる『融合魔法』も使えるの。空間拡張なんて寝ててもできるわ」
「……へ、へえ」
全く理解できなかったが、とりあえずクレアは頷いた。
すると、エクリプスは頬を染め、クレアをチラチラ見ながら言う。
「あ、あの……ハイセの部屋、行ってたんでしょ? その……私のこと、何か言ってた?」
大嫌いと言ってました……とは言えないクレア。
どう見ても「恋する乙女」だった。何をどうすればここまで好きになるのか。
聞いた話では、ハイセの「兵器」でクランが吹き飛ばされたらしいのに…。ほんとに何をどうしたらこんな風になるのか、クレアには理解できなかった。
「えっと……まあ、何も言ってませんでした。はい」
「そう。ん~……どうすればハイセの気を引けるのかしら。裸で寝込みを襲えば、ハイセも獣になるかしら?」
「ぶっ……そ、それはダメです!!」
「なぜ? 男性は女性の裸体が好きなんでしょう? それに私……ハイセになら、いいわ」
ポッ……と、顔を赤らめるエクリプス。クレアは頭を搔き毟りたくなった。
「え~……と、とりあえず。今はやめた方がいいと思います。さっきの師匠見たでしょ? エクリプスさん、その……あんまりよく思われていませんし、今は少しずつ、挨拶とか、隣の席でごはん食べるとかして、ちょっとずつ距離を縮めたほうが……」
「なるほど……うん、そうするわ」
「は、はは……」
「ね、クレア…私とお友達になってほしいの……ダメ?」
「い、いいですよ。うん」
こうして、クレアに新しい友達ができた。
◇◇◇◇◇◇
「もう、疲れて死にそうです……」
その日の夜。
夕食は宿で食べた。クレアの言った通り、エクリプスはハイセの隣で静かに食事をした。そして、ハイセに向かって「おやすみ」とだけ言い、部屋に戻ったのだ。
ハイセはとにかく無視……今は部屋に戻り、読書をしているだろう。
クレアは、バー『ブラッドスターク』で飲んでいた。
誘ったのはプレセア、ヒジリ、ラプラス。サーシャに声を掛けようとしたが、忙しいのかダメだった。
クレアは、エクリプスが来たことを全員に話した。
「……ってわけで、エクリプスさん、師匠のこと好きになって、追いかけてきちゃったんです。師匠は本気で毛嫌いしてるし、エクリプスさんは恋する乙女だし……板挟みの私、もう死にそうです」
「…………ふーん」
「あの魔法女、ハイセのこと狙ってんのね……」
プレセアが、ムスッとしていた。
ヒジリもどこか面白くなさそうだ。
ラプラスは、高級ワインをガブガブ飲みながら言う。
「うぃっく。神は言ってます『共同生活は意識を変える』と……ふふふ。ハプニングが楽しみです。着替えの遭遇、お風呂の遭遇、ふとしたボディタッチ……わくわく」
「ラプラスさん、何言ってるんですか?」
「ね、クレア。宿の部屋は余ってる?」
「余ってますけど……もしかして来るつもりですか? やめた方がいいと思いますよ……これ以上増えたら、今度は師匠が出て行っちゃうかも」
「……そう。じゃあやめておくわ」
「むー、なんかムカつくわね」
すると、ラプラスがクレアに言う。
「……あの、クレア?」
「なんでしょう?」
「なんでこのメンバーに相談したんですか?」
「え? いえ、特に理由はないですけど」
プレセア、ヒジリ。
共にハイセを気に入っている女子二名。
その二人に『ハイセと結婚したいほど好きになっているエクリプスが来た』と相談する。
そのあたりの配慮ができない程度には、クレアも子供だった。





