言霊の魔女カーリープーランの秘宝⑨/闇ノ化身
建国祭から十日ほど経過……エクリプスは生徒会室で、役員たちと仕事をしていた。
祭りが終わると、日常が戻ってくる。
生徒会のメンバーたちは、エクリプスと書類整理をしている。メンバーの一人アマネは、もう何度したのかわからない質問をする。
「会長、『闇の化身』の件ですが……」
「アマネ。もう何度目かしら。心配ないと言ったはずよ」
「し、しかし……」
建国祭から十日も経過している。
だが───『闇の化身』ハイセは、未だにプルメリア王国に滞在していた。
何をしているのか? 監視を送り、アマネ自身も何度か様子を伺ったが、特に何かをしているわけではない。
クレア、プレセア、ヒジリも普通に宿を出入りしている。ただの観光にしては随分と長い滞在だ。
何かを企んでいる。それがアマネの結論……だが、全く怪しい動きはない。
「ハイセはもう、何もできないわ」
「…………」
「彼の性格上、暗殺や闇討ちなんて絶対にない。正々堂々と決闘を申し込む可能性もあるけど、私が受ける義理はないしね。それに、クランを潰すと言っても、このクランは依頼を受けて運営しているわけじゃないし、クラン除名されるような不正も行っていない。彼が付け入る隙なんてないわ」
そこまで言い、エクリプスはにっこり笑う。
アマネも小さく頷いたが……それでも、不安だった。
理由は一つ。彼が『闇の化身』だから。
「オイオイ、アマネ。そんな不安ならブチのめしてこいよ。そういうの得意だろ?」
メンバーの一人、ファングが言う。
だが、アマネは無視。ため息を吐いた。
「アマネ。心配しなくていいわ。ハイセには期待したけど……彼も、私を本当に楽しませるヒトじゃなかったわ。ただ強いだけじゃねえ……ふふっ」
エクリプスはクスっと笑い、机に置いてある『神の箱庭』に関わる木箱を見た。
「さてさて、これはどうしようかしらね。サーシャも依頼放棄で帰っちゃったし、私は禁忌六迷宮には興味がないし……これを餌に、ハイセやサーシャを釣るのはもう無理だし……ね、みんなどうする?」
エクリプスが木箱をフリフリすると、ユノハが挙手。
「あたしら生徒会で『神の箱庭』に挑むのはどうかなー?」
「ふふ、それも楽しそうね。シャルロッテは?」
「仕事が溜まっているので、遊んでいる暇はありませんわ。適当に売り払えばよろしいのではなくて?」
「それも一つの案。アマネ、ファングはどう思う?」
「アタシは興味ないね」
「私は……処分すべきかと。禁忌六迷宮とは無縁のクランですし、いらぬ災いを呼ぶかもしれません」
「ん~……そうねえ」
エクリプスが箱を弄び、悩んでいる時だった。
アマネが殺気を感知。アイテムボックスから剣を抜き、ドアに近づく。
訪問者の予定は無い。すると、ドアがノックされた。
「……どなたですか」
『俺だ。開けろ』
声の主は───……ハイセだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセが室内に入ると、一気に緊張が高まった。
だが、ハイセは無視。スタスタ歩き、ソファにどっかり座る。
エクリプスは、興味なさそうにハイセを見ていた。
「何か御用かしら」
「宣言通り、潰しに来た」
あっけらかんと、ハイセは言った。
エクリプスは軽く目を見開き、クスクスと笑う。そして、目尻をぬぐった。
あまりのおかしさに、涙が流れたようだ。
「潰す。潰す? ふふふ、私のクランを?」
「ああ」
「どうやって? ここで暴れてみる? それとも、クランの運営に関わる不正の証拠でも提出する?」
「…………はっ」
ハイセは鼻で笑った。
アマネ、ファング、シャルロッテ、ユノハに殺気が籠る。
だがハイセは薄ら笑いを浮かべたまま。
「お前ら全員同時に相手しても、俺が勝つに決まってる。そうだな……七秒あれば、エクリプスを除いた四人を殺せる。拷問込みなら二分半だ。試してみるか?」
「「「「…………」」」」
四人は一気に青くなる……ハイセは嘘を言っていない。
S級冒険者序列一位『闇の化身』に、ただのS級冒険者が勝てるわけがない。
だが、ハイセは両手を上げた。
「ま、やらないけど」
「ふぅん。それで、どうやって潰すの?」
「簡単だ」
ハイセが指をパチンと鳴らした。
◇◇◇◇◇◇
───……次の瞬間、爆音、轟音が鳴り響いた。
衝撃で生徒会室の窓が全て砕け散り、爆風、爆炎が生徒会の建物を襲う。
だが、エクリプスが瞬間的に防御魔法を発動させ、室内を守った。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは感心したように言う。
「大したモンだ。一瞬で防御しやがった」
「…………」
初めて───……エクリプスの顔色が変わった。
建物を揺るがす衝撃に弾き飛ばされ、生徒会室の壁に叩き付けられた四人、ハイセとエクリプスだけが座っていた。
アマネは、よろよろしながら、砕け散った窓の外を見て───崩れ落ちた。
「───……なに、これ」
外は、更地になっていた。
少なくとも、学園の本校舎は消滅……地面は陥没していた。
他の三人も窓から顔を出し、放心していた。
『銀の明星』が……クランホームが、消失した。
「…………何をしたのかしら」
エクリプスも外を見た。そして、今まで見せたことのない、冷たい笑みを浮かべてハイセを見た。
ハイセは、アイテムボックスから紅茶のポット、カップを取り出し、自分用に注ぐ。
「言っただろ。お前のクランを潰すって」
上質な紅茶の香りと、燃え盛る炎の匂いが混ざりあう。
すると、アマネが振り返り抜刀、ハイセに飛び掛かって来た───が、両手に銃弾を受け指が千切れ飛び、床を転がった。
「っぐぁぁぅぅ!!」
飛び散った指が、ハイセのカップに入る。
ハイセはその指をつまみ、エクリプスに放った。
「さぁて、何人死んだかな?」
「…………」
エクリプスは、まだ微笑んでいた。
ユノハは真っ青になり歯をカチカチ鳴らした。
ファングは物凄い量の冷や汗を流し、俯いていた。
シャルロッテはジョロジョロと漏らし、涙を浮かべていた。
アマネは痛みに震えながらも、ハイセを睨んだ。
エクリプスを除いた四人は思った。
ハイセは、狂っている……と。
◇◇◇◇◇◇
ハイセが行ったのは『地中貫通爆弾』による上空からのミサイル攻撃。
本校舎に直撃した地中貫通爆弾は内部まで突き刺さり爆発を起こし、さらに『ミサイル』による周辺の破壊だ。
本校舎は完全に崩壊、地面が陥没。
クランが所有する建物はミサイル攻撃によってズタボロに破壊された。
辛うじて原型をとどめているのは、生徒会室だけ。もちろん、ハイセがそうなるよう、調節したのだ。
「俺が言った『潰す』の意味、随分と優しい解釈をしてたんだな……おめでたいやつ」
「……まさか、私たち以外を殺すなんてね。いいの? あなた、犯罪者よ?」
「……本当におめでたいな。俺は、まだ誰も殺しちゃいない」
「え……?」
すると───外から、声が聞こえてきた。
「マスター!! クランマスター!! 終わりましたかー?」
「……?」
外にいたのは、学園の制服を着た女生徒。そして、男生徒や教師たち。
驚いたのか、ユノハが言う。
「あ、あれだけの爆発で、生きてたってのか……!? おい!! そこのお前、大丈夫なのか!!」
「え? 大丈夫も何も……エクリプス様が、避難するように言ったんじゃないですか」
「……はい?」
ユノハが首を傾げた。
シャルロッテ、ファングが顔を見合わせ、生徒に質問する。
「ど、どういう意味だよ!!」
「どういう意味、って……エクリプス様の命令で、クランメンバーは全員退避せよって。そう聞きましたけど」
「……ど、どういう意味ですの?」
意味不明だった。
エクリプスが目を細め───軽く見開いた。
「……そういうこと。ハイセ、あなた……カーリープーランを利用したのね?」
「正解。ネタばらししてやる」
ハイセは、アマネの血が入った紅茶に口を付けた。
◇◇◇◇◇◇
時間は少し巻き戻る。
建国祭。ハイセとカーリープーランが話をしている時、ハイセは羊皮紙をカーリープーランに投げた。
それを受け取り、カーリープーランは目を細める。
(これは……なるほどね、暗号かい)
羊皮紙に書かれていたのは、ハイセがイセカイの古文書で見た『モールス信号』という暗号。
カーリープーランは一瞬で記憶。
「お前を見逃してもいい」
(手を貸せば見逃してやる)
指をトントン鳴らし、ハイセは暗号を伝えた。
カーリープーランも暗号で返す。
「いいのかい? エクリプスの思うつぼだよ? あの子は、あんたが意趣返しであたしを見逃すことも想定している。というか、考え付く全ての可能性を考慮したうえで、あんたに取引を持ちかけたはずだ。きっと、あんたがあたしを見逃すことも想定しているさ」
(いいよ。改めて連絡する。エクリプスに絶対気付かれないように)
こうして、カーリープーランと連絡を取り合い、ハイセたちは手を組んだ。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは紅茶を飲み干して言う。
「あいつに頼んだのは、お前のクランで地位のあるヤツを『洗脳』し、今日、俺が来るこの日、クランメンバーを退避させるように言うことだ。お前が魔法実験をするから、生徒会室には誰も近づくな、実験は失敗する可能性が高く、クランが崩壊するかもしれない、ってな」
「…………」
「案の定、実験は失敗……クランは崩壊ってわけだ。国王にも、カーリープーランから『銀の明星が崩壊したが、エクリプスの実験失敗による崩壊』って伝わっている。今はもう、国中にお前が魔法の制御をミスしてクランを崩壊させた、ってことが広がっているだろうな。俺は無関係ってわけだ」
「…………」
「しかもお前たち。俺やプレセアたちばかり警戒して、カーリープーランがどこで何をしているかなんて気にもしなかっただろ? あいつの仲間がいろいろやってくれたようだぜ。ああ……あいつらの本拠地は『お前に絶対に見つからない』を前提にした場所にある。報復は無駄だし、もうお前の前に現れることもないだろうな」
「…………」
ここまで言い、ハイセは立ち上がる。
「さて、俺は帰らせてもらう。宣言通り……『お前のクランを潰した』からな。はぁ、少しはすっきりしたぜ」
「…………」
ハイセは振り返り、無防備に背中を見せ、ボロボロになったドアノブを掴む。
そして、一度だけ振り返って言った。
「報復するなら好きにしろ。その代わり───次はこの程度じゃ済まさねぇからな」
それだけ言い、生徒会室を出た。
ハイセがいなくなると、ユノハが崩れ落ち、無様にも失禁した。
「こ、怖かったぁ……し、死ぬかと思った。え、エクリプス……もう、あいつに手、出さない方がいい。序列一位……マジで、狂ってる」
「…………」
「え、エクリプス……?」
エクリプスは、自分で自分を抱きしめ、身体を震わせ……呼吸を荒くして、胸を押さえた。
豊満な胸を鷲掴みにして、股間に手を当て見悶える。
その表情は、だらしなく緩んでいた。
「あぁ───…………本当に、素敵……ッ!! こんな気持ち、初めて……ッ♪」
奇しくも───ハイセは、エクリプスの心に本気の『炎』を灯した。
その炎が何の炎なのか。
愛なのか、恨みなのか、情熱なのか……それは、誰にもわからない。





