言霊の魔女カーリープーランの秘宝⑧/交渉開始
ハイセ、ダンタリオン伯爵婦人ことカーリープーランは、テラス席に移動。
カーリープーランはワインを一本持ってきた。ハイセ用にグラスを持ってきたが、ハイセは拒否。
ワインオープナーを使うことなく言う。
「『開け』」
ワインのコルクがポンと飛ぶ。
ハイセの手には、サプレッサーを付けた自動拳銃が握られている。
カーリープーランはハイセを『言霊』で洗脳することも考えたが、ハイセは洗脳を察知した瞬間、カーリープーランの脳天をブチ抜くだろう。
ハイセの勘の良さは異常と判断し、洗脳はしないことにした。
ワインをグラスに注ぎ、カーリープーランは言う。
「見逃してくれないかい?」
最初の一言が、それだった。
ハイセの眉がピクリと動き、カーリープーランはワインを飲む。
「あんたは、この国になんの義理もないはずだ。どうせ、エクリプスに言われてアレコレやってるんだろう? あの子は楽しんでるだけ。まあ、あの子の『銀の明星』に手を出せば、あたしも狙われるからやらないけど」
「……お前、国を乗っ取るつもりだろうが」
「まあね。でも、やましいことは考えてないよ。国王を木偶にして、あたしら『大魔盗賊』に都合のいい場所を作るだけ……どっかの国に戦争仕掛けたり、人間を滅ぼそうとか、そんな大それたことは考えていないよ」
「…………」
ハイセはカーリープーランを睨む。自動拳銃を一定のリズムでポンポンさせながら。
そして、怒気を強めて言う。
「お前は、シムーンを攫った」
「人間界じゃ貴重な魔族だしね。片割れの弟は『オーバースキル』の持ち主だし、魔界で高く売れると思ったんだ」
正直に全て話す。カーリープーランはハイセに正体がバレてから、嘘は言わないことにした。
容赦のない冷徹な少年。それがカーリープーランの評価するハイセ。
「でも、もう諦めるさ。あんたみたいなバケモノが傍にいるってわかったしね」
「…………」
「もう一度言う。見逃してくれないかい? あたしらは、人間界での拠点が欲しいだけ。今まではエクリプスの庇護だったけどね」
「…………」
「国王を洗脳したら、居場所をもらうのと、資金提供、情報提供してもらうだけ。あたしらは盗賊……欲しいモン、珍しいモンは、自分たちの手で手に入れる。もし見逃してくれるなら、アンタの周りで『仕事』はしないと誓う。どうだい?」
「……………」
ハイセはカーリープーランを睨んだままだった。
カーリープーランはワインをグラスに注ぎ、言う。
「エクリプスに踊らされて悔しい気持ちはわかるけどね。ここであたしを殺しても意味はないよ。ああ、もし見逃してくれるなら、あんたの頼みを聞いてもいい……どうだい?」
「…………」
ハイセの眉が、ピクリと動いた。
少し、考える。
確かに、ハイセはプルメリア王国がどうなろうと関係ない。カーリープーランの言うことが本当なら、ただ国は『利用』されるだけ。
ハイベルグ王国に宣戦布告したり、魔法師部隊を差し向けたりするわけではない。
「何度も言うけど、あたしたちは盗賊さ。欲しいモンを手に入れるために、アレコレ動いてるだけ。どうだい、納得してもらえたかい?」
「…………」
ハイセは、椅子に深く腰掛ける。
「……その話、本当だろうな」
「ああ。あんた相手に嘘はつかないさ……あたしも、命は惜しいからね。あんたの目を見ればわかる。あんた、さっきまであたしを殺す気満々だっただろう?」
「そうだな。どうやって殺そうか考えていた。国王や貴族の前で脳天ブチ抜いて、魔族としての正体を露見させてやろうかとかな」
「怖い怖い……敵対はしたくないね」
ここでカーリープーランを始末するのは簡単だ。
サーシャたちが戦っている仲間も恐らく問題ない。だが……。
「……それじゃ、あいつの思い通りってわけか」
「エクリプスかい?」
「ああ。あの野郎は、俺を……俺たちを嵌めようとした。その報いは受けさせたい。というか、あの女のクランを壊滅させたい」
「……恐ろしいことを言うね。きっと、この会話も聞かれてるよ」
「構わない」
とー……ここでハイセは、アイテムボックスから小さな羊皮紙を出す。
それを、テーブルに滑らせてカーリープーランに渡す。
カーリープーランは眉を顰め、ハイセをチラッと見てニヤリと笑った。
「お前を見逃してもいい」
ハイセは、腕を組み、二の腕をトントンさせながら言う。
「いいのかい? エクリプスの思うつぼだよ? あの子は、あんたが意趣返しであたしを見逃すことも想定している。というか、考え付く全ての可能性を考慮したうえで、あんたに取引を持ちかけたはずだ。きっと、あんたがあたしを見逃すことも想定しているさ」
「関係ない。あいつの思惑とか関係なく、俺がそうしたいだけだ」
カーリープーランは、ワイングラスを指でトントンさせながら言う。
「ただし……イーサンとシムーンをもう一度狙うようなら、容赦はしない」
「わかっているよ。盗みの過程で味わう命の危機と、命を奪われる可能性が高い危機じゃ次元が違うからねぇ……よし、話は終わり、交渉成立だね」
「…………」
カーリープーランが口をパクパクさせ、頷く。
「戦闘は終わったよ。じゃあ、あたしはこれで」
「……おい」
「わかってるよ。洗脳以上はしない」
カーリープーランは胸元に隠していた扇を取り出して開いた。
「ふふふ、『闇の化身』……あんたとは真の意味で、長い付き合いになるかもねぇ?」
「……こっちはお断りだけどな」
カーリープーランは、軽く手を振って行ってしまった。
すると、狙いすましたようなタイミングで、エクリプスが来た。
「お疲れ様。ふふ、見逃しちゃうのね。私に対する当てつけかしら? でも……カーリープーランは、私と敵対する意味を知ってるから、国王の洗脳以外は絶対にしない。あなたが彼女を始末しようがしまいが、私には何の影響もないってわけ。ふふ、あなたたちがどう踊るか見たかったけれど……これも一つの結末ね」
テラス席から玉座を見ると、カーリープーランが国王に挨拶している。カーリープーランが何かを言うと、国王は虚ろな目になり、ウンウン頷いていた。
「たぶん、領内のどこかにある土地を手に入れると思う。そこが『大魔盗賊』の拠点となるでしょうね。プルメリア王国に守られた、人間と魔族を股にかける大盗賊たちの、ね」
「…………」
「ああ、楽しかったわ。ハイセ……今夜はどうもありがとうね。おかげで、とても楽しいショーだったわ。ね……時間があるなら、私の部屋に来ない? あなたになら、抱かれてもいいわ」
ハイセは立ち上がる。
すると、上空からサーシャが落下、音もなく着地した。
「ハイセ、敵がいきなり引いた。目的は達成したとか言っていたが……」
「話はあとだ。ここを出るぞ」
「あ、ああ……」
サーシャはエクリプスをチラッと見るが、エクリプスはニッコリ笑うだけ。
剣をアイテムボックスにしまい、ハイセと並んでパーティー会場を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
宿に戻り、ハイセはいつもの服に着替えた。
すると、ヒジリ、クレア、プレセアが部屋に飛び込んでくる。
「ハイセ!! あーもう、マジ何なのよ!! あのジジイ『用は済んだ』とか言っていなくなっちゃうし!!」
「液体みたいな子も消えたわ」
「何だったんでしょう……急にいなくなっちゃって」
どうやら、無事なようだった。
そして、宿のドアが開き、ヴァイスが普通に入ってくる。
『ムッシュ。申し訳ございません……戦闘中、敵が逃走しました』
「気にすんな。お前も無事で何より……というか、心配してなかったけどな」
『ありがとうございます。では、命令あるまで待機します』
ヴァイスは部屋の隅に移動し、そのまま動かなくなった。
着替えを終えたサーシャ、そしてタイクーンが部屋に入ってくる。
「ハイセ。説明してもらうぞ、依頼はどうなった?」
「全部終わりだ。カーリープーランは国王を洗脳した。そして、この国に自分の居場所を作る。『大魔盗賊』のアジトをな」
「なっ……ハイセ、きみはそれを知ってて、何もしなかったのか!?」
「ああ。できなかった。殺すのはできたが、それじゃ意味はない」
「どういう……」
「悪いなタイクーン。カーリープーランは悪人だが、もうどうでもいい。それよりもムカつくのは……エクリプスだ」
「なに?」
「……そこからは、私が説明する」
サーシャは、エクリプスが言った真実を全員に話した。
全て、エクリプスが仕組んだ『遊び』だったこと。そして、ハイセたちはエクリプスの手の上で踊っていただけのこと。
「……なにそれ。アタシ、そいつ殺していい?」
「お、落ち着いてください、ヒジリさん。あの師匠……確かにムカつきますけど、どうするんですか?」
クレアがそう聞くと、ハイセは言う。
「俺は、あいつのクランを潰す。今回は本気で頭にきた……」
ハイセがそう言うと、タイクーンはため息を吐く。
「潰す、か……まさか、殴り込みでもするつもりか?」
「さあな。でも……今回の件、落とし前は付けさせる。悪いなサーシャ、タイクーン……『神の箱庭』の情報はあきらめてくれ」
「「…………」」
ハイセがそこまで言うと、プレセアが言う。
「で、私たちに手伝うことは?」
「ない。というか、今回ばかりは手を出すな……いいな」
「……わかったわ」
ハイセは静かだったが、力の籠った声で言った。





