言霊の魔女カーリープーランの秘宝⑦/液体生物
サーシャはドレスのスカートを破き、下半身を解放。アイテムボックスから『銀聖剣』を抜き、パーティー会場の屋根に向かって跳躍、闘気を纏い、屋根に近づくにつれて……見えた。
屋根の上にいるのは四人。
車椅子の老人、クレア、プレセア、ヒジリ。そして、屋根を包み込むスライムのような何か。
サーシャは闘気を剣に纏わせ、スライムに向けて一閃。
「───何ッ!?」
斬れた、が……一瞬で塞がった。
同時に、サーシャにクレアが気づき何か叫ぶと、ヒジリとプレセアも気付く。
声も、気配も、何もかも断絶するようなスライムだ。すると、スライムから声がする。
『お、危険人物の一人、サーシャじゃん。むっふっふ~……あたしの『液状態』は打撃斬撃を無効化しちゃうから相性最悪~!! むふふ、中に入りたいなら入れてあげよっか?』
「!!」
すると、スライムの口が開き、サーシャが呑み込まれた。
「くっ……」
「ちょ、アンタ!! パーティーどうしたのよ!!」
「事情が変わった。話はあとだ、加勢する!!」
サーシャはヒジリの隣へ移動し剣を構える。
「そーいや、共通の敵を相手にして戦うの、初めてかもね」
「ふ……そうだな」
「そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」
「あわわっ、き、来ますよっ!!」
「殺しはまだかの~」
すると、車椅子に乗った老人魔族……ノーデンスの車椅子が変形した。
タイヤ部分がガチャガチャと変形して足のようになり、ノーデンスのアイテムボックスから追加パーツが現れくっついていく。そして、スライムが各部を補強し、ノーデンスが頭部に座っていた。
まるで、鉄の巨人。
「か、カッコいいじゃん!!」
「そ、そうか?」
「……趣味最悪」
「あ、あたしはけっこうカッコいいと思いますけど!!」
ヒジリ、クレアが目を輝かせ、サーシャとプレセアはジト目で見ている。
ノーデンスは、しわだらけの顔を歪めて笑った。
「殺しの時間じゃ。この魔族イチの医師であり発明家、『改造医療』ノーデンスが相手をしてやろう」
◇◇◇◇◇◇
ダンタリオン伯爵夫人ことカーリープーランは、ワインを飲みながら他の貴族夫人と談笑していた。
(……戦いが始まったねぇ)
ドレーク、カルミーネ、ノーデンスの三人は交戦状態。
三人の主な仕事は「カーリープーランが『言霊』でプルメリア王を洗脳するまで脅威を排除する」ことだ。この中での脅威は三つ……ハイセ、サーシャ、エクリプス。
特に、ハイセ。彼はカーリープーランを間違いなく殺そうとする。
なので、パーティーが始まると同時に先手を打った。
「伯爵夫人、如何なされました?」
「いえ。ああ……皆さん、『私に危害が及んだら自害なさい』」
カーリープーランがそう言うと、話を聞いていた貴族夫人たちが一瞬だけビクンと震え、すぐに頷いた……こうしておけば、人質となる。
そして、その場を離れ、何人か『自害候補』として洗脳していく。
もう、自分の正体はハイセに見破られていると想定する。エクリプスが傍にいる以上、そう考えて行動するべき。
可能性は低いが、ハイセはこの国と無関係……もしかしたら、貴族たちを無視してカーリープーランを攻撃する可能性もゼロではない。
「……あまりやりたくないけど」
カーリープーランは、扇で口元を隠して言う。
「……『一度だけ、あらゆる攻撃を無効化する』」
そう自分に言った瞬間、魔力がほぼ失われた。
ズシリとくる強力な身体の重みに、カーリープーランは倒れそうになる。
「おお、大丈夫か?」
「ええ。少しフラついただけですわ。ありがとう、あなた」
いつの間にか近くにいたダンタリオン伯爵が、カーリープーランを支えた。
本当の妻はとっくに魔獣の餌になったというのに、なんとも哀れ……そう思いつつ、旦那の手を取り微笑んでいる。
すると、プルメリア王国の王、ヨハイネスがグラスを片手にやってきた。
「おお、ダンタリオン伯爵夫人。気分が悪いのかね? 休むのなら、部屋を用意してあるが」
「陛下、お心遣いありがとうございます。少し足がもつれただけで」
チャンス───……だが、タイミングが悪い。
今の魔力量では、大した洗脳はできない。あと数分休めば、魔力は多少回復する。
完璧な『木偶』にするためには、カーリープーランの魔力総量の半分は必要だ。
簡単な命令を実行させる『傀儡』と、完全な支配下に置く『木偶人形』では、意味が違う。
なので───……一言だけ。
「陛下。ありがとうございます、『後ほどお礼がしたいので、お伺いします』」
「───……ああ、わかった」
そう言い、ヨハイネスは行ってしまった。
ついでに、支える夫にも言う。
「ありがとうあなた。『もう大丈夫だから、離れてお酒でも飲んでなさい』」
「……ああ、わかった」
ダンタリオン伯爵も行った。
あとは、魔力を十分に回復させ、ヨハイネスに『木偶人形』を掛ければ終わり。プルメリア王国はカーリープーランたちの意のままだ。
カーリープーランは息を吐き、ワインをもらおうと給仕を呼ぼうとした時だった。
「───……動くな」
腰付近に、妙な『筒』を突きつけられた。
「あら、すみません。どちら様でしょうか?」
「ここでブチ抜かれたいのか?」
「…………」
カーリープーランは、自分の腰に『筒』を突きつける少年、ハイセを見た。
知っている。この『筒』は銃だ。
魔界にて、研究者たちが研究をしている『異世界』の武器。この世界で最も凶悪な武器であり、魔族が欲している物の一つ。
この力で、『四十人の大盗賊』は壊滅した。
なので、カーリープーランはもう誤魔化さない。
「やれやれ。あたしの正体は……ああ、エクリプスかい。あんた、あの子に篭絡されたかい? 性格は最悪だが、見てくれと身体はいいモン持ってるからねぇ」
「それが最後の言葉でいいのか?」
「待った。フフ、あたしを傷つけると、大勢の貴族が死ぬよ。そういう『言霊』を仕込んだからねぇ」
「…………」
「ここであたしを殺したら、あんたはどうなる? 王族主催のパーティーで殺人を犯した犯罪者だ。いくらS級冒険者序列一位とはいえ、間違いなく手配される……それは、あんたの望むところじゃないだろ?」
「…………」
ゴリッ……と、銃口が押し付けられる。
カーリープーランは言う。
「ま、いいさ。あたしはアンタにも興味があったんだ。少し、話をしないかい?」
「……お前の仲間」
「ああ、戦ってるね。でも、あたしに止めることはできないよ。見ての通り、非力だしねぇ……それに、あいつらは仲間だけど、上下関係はない。あたしの言葉で止まる連中じゃない」
「…………」
ハイセは銃口を下ろした。
カーリープーランはにっこり笑い、テラス席を指差した。
「ワインでも飲みながら、楽しもうじゃないか……序列一位『闇の化身』」





