言霊の魔女カーリープーランの秘宝⑥/異常発生
(おいプレセア…………おい。聞こえてるか、おい……おい?)
ハイセはボソボソ呟く。だが、プレセアからの返事はない。
必ず返事をしろ、しなかった場合は異常事態と判断する。と……ハイセ、プレセアは事前に話をしていた。何度も確認をしたので、プレセアが「ごめん、聞きそびれてたわ」ということはない。
ハイセは小さく舌打ちすると、エクリプスが言う。
「何か異常事態が発生……といったところね」
「…………お前、何か気付いてるのか」
「まあ、ね」
いつの間にか、エクリプスはワインを飲んでいた。
緊張感のない様子に、ハイセは言う。
「……お前、こうなることわかってたのか?」
「当然。というか、あなたは想定していなかったの? カーリープーランは魔族よ? しかも、彼女は魔族の仲間を連れて、魔界でも盗賊家業に精を出している。魔族の『スキル』は人間の『能力』とは規模も拡張性もケタ違い。あなた、仲間を会場に侵入させたみたいだけど、カーリープーランにとっては想定内。彼女を甘く見ない方がいいわよ」
「…………チッ」
ハイセは舌打ち。確かに、エクリプスの言う通り。
チラッとサーシャを見ると、目が合った。
「言っておくけど、彼女は私の護衛だからね?」
「…………」
こちらは、どこにカーリープーランが潜んでいるのかもわからない状況だ。
どこにいるのか、誰かに化けているのか、そして誰なのかがわかれば可能性は出てくる。だが……今は完全に受け身の状況だ。
「それに、忘れていない?」
すると───会場内に、音楽が鳴り響く。
楽団による演奏が始まり、パーティー会場の中心に魔法による光が降り注ぐ。
「あなたの役目は、私のパートナー……カーリープーランの相手は、サーシャに任せているわ」
ダンスが始まる。
エクリプスが手を差し出す。
その通りだった。ハイセがカーリープーランと戦う理由はあるが、今はエクリプスのエスコートをするのが何よりも大事な依頼だ。
サーシャは、周囲を警戒しているが……今、プレセアたちと連絡を取れなくなったことを話している場合じゃない。もう、ダンスは始まってしまうのだ。
「野蛮なことは任せて……今は、楽しみましょう?」
「…………」
ハイセは無言で手を取り、小さく呟いた。
(ヴァイス起動。プレセアたちを探し、窮地に陥っているなら救え。ただし、騒ぎだけは絶対に起こすな)
ダンスが始まり、ハイセとエクリプスは踊り出す。
◇◇◇◇◇◇
プルメリア王国貴族、そして王族すら知らない王城地下牢獄に、ヴァイスはいた。
プルメリア王国の歴史は浅い。牢獄で何があったのか、誰が拘束されていたのかはわからない。あるのは鎖に繋がれ、頭部に宝剣の刺さった白骨だけ。
拘束している鎖や牢獄の檻は錆びてボロボロだが、宝剣には傷、汚れすらない。
回収し、王族に見せて献上すればひと財産築けるだろうが、ヴァイスの視界に宝剣は入っていない。
『システム起動──探知モード起動。個体名プレセア、ヒジリ、クレアを探知開始』
ヴァイスの目が赤く輝き、王城を、そして王城を中心に半径二十キロ圏内を探知。生物を識別、生体反応を検出。プレセアたちを捜索……そして探知から十秒しないうちに、発見した。
『現在、未確認生物と交戦中。液体生物が三人を拘束……』
ヴァイスは立ち上がる。
『戦闘モード起動。ムッシュの命令を最優先とし、三人の救助を開始します』
ヴァイスは歩き出す。
牢獄を出て通路を進み、隠し扉を開ける。
扉の先は狭い岩壁となっている。壁は円形で、ヒトが一人通れるくらいの狭さ。
ヴァイスは一気に跳躍。垂直に三十メートル以上飛んだ。
『発見』
ヴァイスがいたのは、王城にある井戸の一つ。
使用人しか使わず、王族や貴族などは近づきすらしない。井戸の中腹側面に隠し通路があり、そこが牢獄で、プルメリア王国の歴史に埋もれた伝説の宝剣が隠されていることなんて、誰も知らない。
ヴァイスは無音で着地。手元に巨大なスーツケースを顕現させ、走り出した。
◇◇◇◇◇◇
ようやく、サーシャも僅かな異変に気が付いた。
「タイクーン……妙だ」
「何?」
「感じる。何かが、戦っている……」
「……ボクにはさっぱりだが」
「理屈ではない。どこかで強者が戦っている気配がする。間違いなく、何かが起きている」
サーシャはグラスを置き、周囲をキョロキョロする。
「待て。あからさまに怪しい行動は逆効果だ。ただでさえ、この会場にはS級冒険者が三人、しかも七大冒険者がいるんだぞ。カーリープーランも慎重になっているはず。最悪の場合、今日は何もしない可能性だってある……ボクとしては、そちらの可能性が高いとさえ思っている」
「……タイクーン、ハイセの元へ行く」
そう言うと、サーシャはハイセ、エクリプスの元へ。
サーシャはエクリプスの前で優雅に一礼。S級冒険者が三人そろい、注目の的になる。
「あらサーシャ。どうかした?」
「失礼。エクリプス……少し、話をしても?」
「構わないわよ。ね、ハイセ」
「……ああ。俺も話したいことがある」
サーシャはタイクーンに言う。
「タイクーン。この場は任せていいか?」
「……早めに頼む。ただでさえ目立っているんだ。きみたちがいなくなるのはカーリープーランにとっても絶好のチャンスなんだからな」
「タイクーン、俺からも頼みがある」
ハイセはタイクーンに近づき、肩をポンと叩いてボソボソ言う。
タイクーンは眼鏡をくいっと上げ、露骨にため息を吐いた。
「断言する。今日、一番の激務はS級冒険者たちじゃない……ボクだね」
そう言い、タイクーンは三人から離れた。
エクリプスはクスっと笑い、テラスにあるテーブル席を見る。
「あちらで話しましょうか」
三人で移動し、座るなりサーシャは言う。
「ハイセ。この場で何かが起きている。詳しくはわからないが……何かが、起きている」
「ふふ、なにそれ。ね、どういうこと?」
「剣士としての勘だ。わかるんだ……戦いの熱というか、戦意というか……理屈じゃない何かが」
「…………」
ハイセはサーシャをジッと見て、エクリプスに言う。
「俺も同じだサーシャを信じる」
「ハイセ……!!」
「あら、意外。なぜかしら?」
「プレセアと連絡が取れなくなった。連絡が取れなくなった場合は、如何なる場合でも緊急事態と判断する……事前に決めていた取り決めだ。恐らく、サーシャの言う通りだろうな」
そして、ハイセは自動拳銃を抜き、エクリプスに突き付けた。
ギョッとするサーシャ。ハイセはエクリプスに言う。
「お前、何か知ってんだろ。いい加減吐け。じゃないと……依頼は打ち切りだ」
「あら、禁忌六迷宮の情報はいらないの?」
「いらない。正直、その情報も怪しいモンだ。お前がいくら真実だと言っても、お前の言葉が怪しすぎて信じることなんてできねぇんだよ。よく考えたら、お前が魔族と繋がっている可能性だってあるしな」
そう言った瞬間、ドレス姿のアマネがハイセの背後に立ち、髪を結っていた簪を外して首に添えようとした……が、サーシャが太腿のバンドに挟んでいたナイフを抜き、一瞬で簪をバラバラに切断する。
「エクリプス。これが最後だ……お前、今の状況、何かおかしいと感づいているだろ。吐け」
サーシャは、座ったままナイフをアマネに突き付ける。
アマネは、サーシャの実力に手も足も出ず、サーシャはアマネなど見ておらずエクリプスを見ている。
エクリプスは、小さくため息を吐き、手をポンと叩いた。
「あーあ……遊びもここまでかしらね」
「「…………」」
「会長!!」
「あなたたち、そしてあなたの仲間たちが、どうやって気付き、どうやって対処するかを見たかったけど……もういいわ。全部教えてあげる」
サーシャはナイフを下ろすと、アマネがエクリプスの背後に立つ。
「会長、全てを話すつもりですか!?」
「ええ。だって、もう面白くなくなっちゃったんだもの。じゃあネタばらし。ハイセの見立て通り、カーリープーランはダンタリオン伯爵夫人に化けているわ。彼女の仲間のスキルで、本物の伯爵夫人を始末して、姿をそっくり人間みたいにしているの」
「なっ……お前、それを知っていたのか!?」
「ええ。そもそも、伯爵夫人を始末していいと許可を出したのは私。その見返りに、カーリープーランたちがたまたま見つけた『神の箱庭』の情報を手に入れたんだもの」
「お、お前……」
「ふふ。私ね、魔族と繋がっていたの。カーリープーランに安全な場所を提供し、その見返りに魔族のお宝をもらっていたのよね」
「…………」
唖然とするサーシャ。ハイセは無言で銃を向けていた。
「でも、最近のカーリープーラン……私を裏切る気満々なの。彼女たちはいろんな国で、いろんな盗賊家業をこなしてきたわ。でも、次の仕事はここ、魔法王国なの。彼女たち、この国を手に入れるつもりみたい……最初は、私のクランに手を出さなければいいと思っていたけど……やっぱり、邪魔になってきた。そんな時、あなたやハイセが禁忌六迷宮を攻略したって話を聞いて、『神の箱庭』を餌にして呼ぼうと思ったのよ。セイナの件もあったし、ちょうどいいかなって思って」
ハイセは気付いた。
ほんの少しだけ感じた殺気……一瞬だけ、遠くで何かが光ったような気がした。
その光は、ウルが構える弓と、番えた矢。
めっきり姿を見なくなったと思ったが、監視していたようだ。
「私が直々にカーリープーランたちを始末してもよかった。でも……せっかくなら楽しみたいと思ってね。そこで、あなたたちを呼んで、楽しもうと思ったわけ。結果は、私が望む通り……ふふ、どうかしら? 私、すごく楽しいけど……あなたたちは?」
エクリプスは、笑っていた。
サーシャは手が震えた。
こんな、ヒトを小馬鹿にしたような態度で、何もかも弄んでいたエクリプスに、怒りを覚えた。
「パーティー会場の屋根の上で、魔族と交戦している冒険者たちがいるわね。ハイセの仲間のプレセア、弟子のクレア、序列三位のヒジリみたい。ふふ、相性悪いのか、苦戦しているみたいよ」
「…………」
ハイセは立ち上がる。
サーシャも立ち上がる。
「ハイセ、ヒジリたちは私が救援に向かう。お前は、カーリープーランを」
「……わかった」
「あらハイセ。エスコートは?」
サーシャはすでに闘気を纏い、アイテムボックスから剣を抜いて跳躍した。
ハイセはエクリプスを無視して会場に戻ろうとしたが……立ち止まり、振り返る。
そして、エクリプスを睨む。
「契約は終わりだ。お前の情報はいらない……それと、覚えておけ」
ゾッとするような赤い瞳が、エクリプスとアマネを射抜く。
「今回の件が終わったら、お前のクランを俺が潰す」
その狂気に満ちた瞳に射抜かれたアマネが、真っ青になり腰を抜かした。
エクリプスは変わらない笑顔で言う。
「それは楽しみ。ふふ、また楽しみができたわ」
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
ヴァイスは最短距離でクレアたちの救援に向かっていた。
屋根から屋根を伝い、最速で駆け抜ける──……そして、急停止。
「……む」
影から、コートを着てツノが生えた男が現れた。
「ほう、人形か」
『…………』
「何やら獣が駆けていると思ったが、違ったようだ」
ツノの生えた男……ドレークが剣を抜き、ヴァイスに突き付ける。
ヴァイスは無言で背中に手を突っ込み、二本の鉄扇を持ち、バッと開いた。
『申し訳ございません。急いでいますので』
「ふっ……悪いが、脅威は排除する」
ヴァイスと、ドレークの戦いが始まった。





