言霊の魔女カーリープーランの秘宝⑤/面倒挨拶
ハイセとエクリプスがパーティー会場に入ると、遠巻きから噂声が聞こえてきた。
「あれが、序列一位『闇の化身』……エクリプス様をエスコートしてるぞ」
「エクリプス様。お美しいわ……」「序列一位じゃ相手にならないな……」
「パートナーって噂、本当だったんだ」「一位と二位、すごい光景だ……」
耳を澄ませば、いくらでも聞こえてくる。
ハイセとエクリプス。S級冒険者序列一位『闇の化身』と序列二位『聖典魔卿』が、並んで歩く姿は、非常に絵になった。
しかも、ハイセの差し出した腕を、エクリプスが掴んでいる状態だ。
「ハイセ。まずは国王陛下にご挨拶。その後は、私の知り合いに挨拶するわよ」
「何分で終わる?」
「ふふっ..さぁ?」
ハイセはイヤそうだったが、エクリプスと並んで国王陛下の元へ。
一応、ハイセは調べていた。
「プルメリア王国国王、ヨハイネス・プルメリア……だったか」
プルメリア王国の王族。
プルメリア王国は、歴史の浅い小さな国だ。建国してまだ百年足らずで、エクリプスが『銀の明星』で活躍を始めるまで、特に何かあるわけでもない、小さな国だった。
だが、『銀の明星』がエクリプスをマスターに据えてから、その活動、規模が膨らんでいったという……何があったかまでは、ハイセも知らない。
「おお、エクリプスではないか。ははは、たまには王城に顔を見せておくれ」
だが、エクリプスに微笑みかける中年の国王に、悪意や害意は感じられない。
跪いて挨拶するハイセ、エクリプスに笑顔を向けていた。
エクリプスが言う。
「此度は、ご招待ありがとうございます。国王陛下」
エクリプスが頭を下げると、ハイセも頭を下げた。
国王ことヨハイネスは、ハイセを見て目を細め、驚いたように見開く。
「お、おお!! そなたが、S級冒険者序列一位、『闇の化身』ハイセか!! そなたの噂、このプルメリア王国まで届いておるぞ!!」
「ありがたき幸せ」
ハイセは丁寧に一礼。ヨハイネスはウンウン頷く。
「おっと、若い者たちをいつまでも拘束するのは忍びない。さぁさぁ、よく食べ、よく飲み、楽しんでくれたまえ」
「「ありがたき幸せ」」
挨拶が終わり、ハイセとエクリプスは玉座から離れた。
「…………不審なところはない。操られているとかもなさそうだ」
「そうね。恐らくだけど、カーリープーランとその仲間は、このパーティー会場のどこかに潜んでいると思うわ」
「……ふむ」
「ふふ、どう? 悪者がどうするか、何を考えているか、あなたにはわかる?」
「…………」
ハイセはエクリプスを睨んだ。
「お前、随分と楽しそうだな」
「それはそうよ。だって……こんな刺激的なイベント、楽しまないと損じゃない?」
「イベント、か……お前にとっては。魔族の襲来も、ただのイベントなんだな」
「そう。私の長い人生、そのイベントの一つと思っているわ」
迷いなく言うエクリプス。年相応の少女のような笑みをハイセに向ける。
すると、正面からサーシャ、タイクーンが来た。
ハイセたちのように、周りが噂をしている。
この場に、S級冒険者序列一位、二位、四位が揃ったのだ。騒ぎにならないはずがない。
「ごきげんよう。サーシャ」
「エクリプス……ごきげんよう」
エクリプスは、見せつけるようにハイセの腕を取る。
サーシャが一瞬だけムッとして、タイクーンの腕を取る。
「これから、国王陛下に挨拶してくる。ハイセ、また」
「ああ」
「サーシャ、引っ張らないで……す、すまん。なんでもない」
サーシャに腕を引かれるタイクーンが一瞬だけ抗議したが、サーシャがジロっと睨むと咳払いして黙り込んでしまった。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは国王陛下に挨拶をすると、そのままタイクーンと共に会場の外れに移動、気配を消す。
タイクーンは、小さい声で言う。
「……今、会場内で『探知魔法』を使った。ボクが改良したオリジナルの探知魔法だ。魔族といえども、魔法発動の兆候を察知するのは厳しいだろう……」
「で、どうだ?」
サーシャは水をグラスで飲みながら言うと、タイクーンは首を振る。
「残念だが、会場内にいる人間たちの魔力は、一般人レベルが殆どだ。魔族のような高い魔力を持つ者はいない。エクリプスや、エクリプスが送り込んだ護衛の魔法使いも探知しているが……やはり、怪しい者はいないな」
「魔族が隠れている可能性は」
「ある。というか、それしかないだろう。国を乗っ取ると豪語する連中だ、きっと何か仕掛けてくるに違いない」
「クッ……私たちは受け身で行くしかないのか? 何か起きる前に対策は?」
「……厳しいだろうね。エクリプス、ハイセが何か気付いてくれたらありがたいのだが」
タイクーンは、貴族たちに囲まれるハイセ、エクリプスを見た。
◇◇◇◇◇◇
けっこうな人数の貴族と挨拶し、ハイセはもうウンザリしていた。
が、エクリプスはそのたびに言う。
「依頼、忘れてないわよね」
「……わかってるっての」
エクリプスは嫌いだが、依頼を受けた以上は仕事をこなす。
成功報酬は『神の箱庭』の情報なのだ。どんなに面倒でも、仕事はしっかりやらないといけない……ここは、冒険者として来ているのだと、ハイセは切り替える。
すると、もう何人目かわからない貴族が挨拶に来た。
「お久しぶりでございます。エクリプス公爵令嬢」
「お久しぶりです。ダンタリオン伯爵閣下、ダンタリオン夫人」
エクリプスは一礼。ハイセも同じく一礼……すると、ハイセは妙な感覚がして顔を上げた。
「おお、そちらがS級冒険者序列一位の。いい顔をしている」
「……ありがとうございます」
「ふふ、将来が楽しみねぇ」
ダンタリオン夫人が、伯爵の腕を取りにこやかな笑みを浮かべていた。
ハイセは、夫人を見て一礼。もう何度頭を下げたかわからないが……妙に気になった。
「では、失礼」
「はい。ダンタリオン夫人も、また」
「ええ。では」
伯爵夫婦は行ってしまい、別の貴族と談笑を始めた。
ハイセはどうしても夫人が気になり、その背中を見つめる。
「あなた、年上好きなの?」
「……そうじゃない。なんというか、違和感を感じた」
「違和感? まさか、ダンタリオン夫人?」
「……わからん。まだ、確信がない」
ハイセは小声で言う。
(……プレセア、聞こえるか)
すると、ハイセの耳元で声が聞こえた。
(何?)
(今の、ダンタリオン伯爵夫人が妙に気になる。監視を頼む)
(わかったわ)
それだけ言い、ひっきりなしに挨拶に来る貴族の対応をするハイセだった。
◇◇◇◇◇◇
パーティー会場の屋根に、プレセア、クレア、ヒジリはいた。
三人とも、プレセアの能力で姿が完全に消えている。屋根の上に寝転がったヒジリは、退屈そうに欠伸をした。
「くぁぁぁ~……ねっむ。ね、会場なんか動きあった?」
「ハイセがダンタリオン伯爵夫人を見張れって」
プレセアは片目を閉じ、精霊を介して伯爵夫人を監視している。開いた目でクレア、プレセアを見て言う。
「それにしても、ハイセの勘だけで、他に何か動きがあるわけでもないわね……本当に、魔族が動いているのかしら」
「うーん、私にはサッパリです」
「アタシも、特に何も感じないわね。悪意とか、戦意とかあれば、ピリッとくるんだけどなー……今日は退屈な日かも」
そう言い、大きく欠伸をする。
屋根の上には三人しかいない。プレセアが周囲を精霊で監視しているので、何かあればすぐに動くことができる。
だが、プレセアの精霊を介しても、ヴァイスの位置は把握できなかった。
「ヴァイスさん、どこにいるんでしょうか」
「どこかにはいるはずよ。ハイセの命令だしね」
「ねー、あの怪物の話やめましょうよ。あいつ、マジで怖いのよ」
そんな時だった。
「殺しはまだかの~」
声が聞こえた。
三人が同時に首を向けた先にいたのは、ボロボロの白衣を着て、車椅子に座った老人だった。頭にはツノが生えており、皺だらけの顔、たるんだ皮膚のせいで目が閉じているのか開いているのかもわからない。
老人の車椅子は、屋根の急斜面にぴったりくっついていた。ズリ落ちないのが不思議なレベルである。
「……噓。精霊は何も」
「殺しはまだかの~」
「こ、殺し、って……」
ヒジリが立ち上がり、指をパキパキ鳴らす。
「ジジイだけど、敵ね。コイツ、マジで強いわ」
すると──パーティー会場の屋根の『隙間』から、膨大な量の『水』が吹きだした。
驚く三人。そしてクレアが気付く。
「これ、水じゃありません!! なにこれ、粘液……!?」
『違うよ。これ、あたしの一部っ!!』
粘液から声がした。
粘液は、パーティー会場の屋根をドーム状に包み込む。透明な粘液なので、会場内にいる貴族、ハイセやサーシャたちはもちろん、外にいる警護の者も気付いていない。
『不審者の始末、それがあたしたちのお仕事っ!!』
「ふおっふおっふおっ……さあ、実験の始まりじゃ」
ヒジリは拳を構え、クレアは双剣を抜く。
プレセアは耳に手を当てて呟く。
「ハイセ、緊急事態……ンッ、この粘液、精霊との繋がりも遮断するのね」
プレセアは剣弓を抜き、ヒジリとクレアに言う。
「どうやら、ここを切り抜けるしかないわ。二人とも、援護は任せて」
「はい!! ヒジリさん、いきましょう!!」
「くっくっく、これよこれ、この展開を待ってたのよ!!」
敵は魔族。ノーデンス、そしてカルミーネ。
三人の戦いが始まった。





