補給
「ふぅ……」
サーシャは、一人で温泉を堪能していた。
ピアソラたちは長湯し、温泉から出ると同時にベッドへダイブ。そのまま寝てしまったのである。
レイノルドたちはまだ戻ってきていない。恐らく、二軒目、三軒目と久しぶりの酒場を満喫しているのだろう。なのでサーシャは、一人で温泉を楽しんでいた。
「ここの温泉、とろみが強いな……だが、それがいい」
トロッとした温泉は少し熱い。だが、サーシャにはちょうどいい。
温泉から上がった後は、冷たい果実水でも飲みながら剣の手入れをしようと思っていた。
温泉から上がり、リビングへ行くと。
「おぉ~っす、サーシャぁ、今日も美人だねぇ~……うぃっく」
「うう、もう飲めない……」
「眼鏡……ぼくの眼鏡ぇ」
「お前たち……まったく」
レイノルド、クレス、タイクーンが酔いつぶれた状態で玄関に転がっていた。
仕方ないので、サーシャがベッドまで運ぶ。
『ソードマスター』に覚醒してから身体能力が強化されたので、大人を担いで運ぶ程度は朝飯前。レイノルドたちを部屋のベッドに放り投げ、サーシャはリビングで剣の手入れを始めた。
汚れを落とし、油を塗る。それだけの作業。
過去、A級冒険者になって討伐した『シルバーレイ・ドラゴン』の牙から作った、自慢の剣だ。
「真面目だね、サーシャ」
「クレス。寝ていたんじゃ」
「酔い覚ましの薬草を噛んだら、すぐによくなったよ」
クレス。
薬師の才能も有り、回復職がいなければ他のチームに引っ張りだこだろう。
サーシャの前に座り、作業を眺めている。
「見ててもつまらないぞ?」
「そんなことないさ。サーシャ、キミは……剣を持つ姿が、本当に美しいな」
「え?」
「魅力的、ってことさ」
「ふ、からかうな」
「からかっていない。本心さ」
クレスは笑った。
サーシャは、からかわれていると感じたのか、クレスに言う。
「クレス。お前は王子だろう? 私なんかより、社交界に出てる令嬢の方がよっぽど美しいと知っているはずだ。私は教養もない平民だし、剣を振るうことしかできないからな」
「それが、魅力的なんだ。着飾らない、素のキミが美しい。そう思ってる」
「……む」
噓偽りのない賞賛と気付いたのか、サーシャは少しだけ頬を染め、そっぽ向く。
「サーシャ、キミはこれからクランを作り、禁忌六迷宮に挑む予定だよな?」
「ああ、その通りだ」
「キミならきっとクリアできる。で……その後の予定は?」
「……その後?」
「迷宮を一つでもクリアすれば、キミの名は世界に轟く。クランの加入希望者は増えるだろうし、キミのクランは四大クランを超えるクランになる。キミ自身が戦わなくても、一生安泰だろう。オレが聞きたいのは、冒険者引退後の話さ」
「急に言われてもな。クランすら作っていないのに、終わった後のことなど、考えていないよ」
「なら───その先の人生、オレが予約してもいいか?」
「…………は?」
クレスは、真面目な表情で言った。
「サーシャ、全て終わったら……オレと結婚しないか?」
「え」
サーシャは、剣を磨いていた布をポロっと落とした。
「返事はいつでもいい。明日でも、数年後でも、引退してからでもいい。しっかり考えて決めてくれ」
「ま、待て。いきなり何を」
「オレさ、社交界で着飾っている女性より───サーシャみたいに、全力で輝こうとする女性が好きなんだ。サーシャは、オレの理想そのものだ」
「ま、待て待て。冗談は」
「冗談じゃない」
まっすぐな眼だった。
サーシャは、熱意ある瞳に射抜かれ、真っ赤になった。
どストレートな告白など、初めてだったのである。
「い、いきなり、言われても」
「だから、返事は焦らないさ。オレの気持ちを知ってて欲しかっただけ」
「……ぅぅ」
「あはは。悪いな、混乱させるつもりなはない。じゃ、オレは寝るよ。明日は買い出しだろ?」
「あ、ああ」
「おやすみ、サーシャ」
クレスは、軽く投げキッスをして部屋に戻った。
残されたサーシャは、剣を磨いていた布を拾い、ため息を吐く。
「……クレス、私をそんな眼で視ていたのか……わ、私が輝いているだと?」
『サーシャは、キラキラしてる。ぼくの理想だよ』
「───えっ」
ふと、昔を思い出し……サーシャは、首をブンブン振るのだった。
◇◇◇◇◇
翌日。
食材買い出し担当のサーシャ、ロビンの二人は、食材を買い込んでいた。
持てる物は持つ、歩けるなら歩く、できることは自分でやる。がモットーの『セイクリッド』だが、例外もある。
チームには、いちおうアイテムボックスもある。容量も大したことのない安物だが、今回はこの中に食材などを入れていた。
ロビンは、買った干し肉をアイテムボックスに入れながら言う。
「ねーサーシャ、アイテムボックスもっといいの買おうよぉ」
「まだまだ使えるだろう? 無駄はできない」
「でもでも、このアイテムボックス、クレスの個人的なやつよりも容量少ないしー……初めて買ったやつで大事にしたい気持ちはわかるけどさぁ」
「……そうだな、考えておくよ」
サーシャは、思い出していた。
そのアイテムボックスは、ハイセが選び、サーシャとハイセが二人で貯めたお金で買った、初めてのアイテムボックスということを。
仲間たちは知らない。まだ、二人だけで活動していた時のアイテムボックスだ。
サーシャにとって、とても大事な物でもあった。
が───ロビンに言われ、いつまでもこだわり続けるのも、仲間に悪い。
「ね、サーシャ……何かあった?」
「えっ……なな、何か、とは?」
「めっちゃ動揺してんじゃん……」
ロビンは、買ったばかりのリンゴを取り出し、腰に装備しているナイフで半分にカットする。
半分をサーシャに差しだし、豪快にシャリッと齧る。
「愛の告白でもされた~?」
「ブッっふ!? なな、なんで知ってる!?」
「え…………マジなの? 冗談だったのに」
「う……」
墓穴。
サーシャはリンゴをかじり、そっぽ向く。
昔からの癖だ。サーシャは、都合が悪くなったり、恥ずかしくなるとそっぽ向く。
「ピアソラが知ったら発狂するかもねぇ~」
「か、からかうな……全く、もう」
「で、誰? クレス?」
「ブッ!? おま、見ていたのだろう!?」
「いや冗談……サーシャ、わかりやすすぎ」
「…………」
「まー確かに、ここ最近、クレスってばサーシャのことばかり見てたよねぇ」
「え……」
「気付いてないの、サーシャくらいだよ? ミュアネも『お兄さま……まさか』なんて言ってたし」
「…………」
「サーシャ、後悔だけはしないようにね」
「こ、後悔……?」
「いつかわかるとき、来るよ」
それだけ言い、ロビンは残ったリンゴをパクッと食べた。
◇◇◇◇◇
全ての準備が整い、七日後。
サーシャたち『セイクリッド』は、借宿での最終確認を終えた。
そして、防具屋に依頼してしっかりと磨いた鎧を着たサーシャが、全員に言う。
「これより、クリスタル鉱山へ向かう。討伐対象はクリスタルゴーレム。道中の魔獣も排除しつつ進む。作戦はすでに伝えた通りだ……クレス、ミュアネ、覚悟はいいか?」
「当然。日は浅いけど、『セイクリッド』のメンバーとして貢献させてもらうぜ」
「私も、大丈夫です!!」
「よし……では、レイノルド、ピアソラ、タイクーン、ロビン。いつも通りに行くぞ」
「「「「了解」」」」
「では、チーム『セイクリッド』……これより、依頼を遂行する!!」
サーシャたちは、クレスタル鉱山に向かって歩きだした。
そこで待ち構えているのが、何なのか知らずに。





