S級冒険者序列五位『月夜の荒鷲』ウル・フッド
ハイセはリボルバーをクレアに向けていた。
クレアは双剣を抜き、肩で息をして、汗を流している。
ハイセの表情はいつもと変わらない。クレアと模擬戦をする時、『四十人の大盗賊』を皆殺しにした時とも同じ……『いつもの日常』だ。
だからこそ、読めない。
「───…行くぞ…」
「ッ!!」
ドン!! と、ゴム弾が発射された。
クレアは双剣で弾く。そして、二発、三発とゴム弾が発射され、クレアは辛うじて双剣で弾いた。
弾丸。ゴム製で、当たっても死にはしない……が、当たり所が悪ければ骨に亀裂くらいは入るし、お腹や胸など柔らかい部分に当たれば悶絶する痛みが走る。
近くにラプラスがしゃがんで様子を見ており、フェンリルのお腹をワシワシ撫でていた。怪我をしても大丈夫だが、これ以上治療費を払うとクレアは破産する。
そう、現在クレアは、ハイセの銃弾を弾き飛ばす訓練をしていた。
ハイセがシリンダーを開き、薬莢を地面に落とす。
「まっすぐ飛ぶ銃弾なら落とせるようになったか」
「な、なんとか……というか、勘で弾いてるところもあります。その、どういう原理なのかわかりませんけど、ただ飛んでくる小さな塊が、魔法よりも高威力なんて……今更ながらすごいです」
この世界に、『火薬』はない。
魔法で爆発を起こせるが、弾丸を飛ばすような複雑で緻密な爆発を起こすのは、どんな魔法師にも不可能だった。
銃のように、小さな弾丸を連続で高速射出する技術は、あり得ない。
だからこそ、初見でハイセと戦い銃弾を躱すのは、不可能なのだ。
今回の場合、ハイセが「撃つ」と言い、引金をゆっくり引いたことで、クレアにもタイミングが計れた。だが、銃弾を視認するのは不可能だった。
「こ、怖かった……当たるとすごく痛いんですもん」
「だろうな。暴徒鎮圧用ゴム弾だから死にはしないが」
ハイセは弾丸を込め、シリンダーを閉じる。
「さぁ、もう一度だ。この銃弾が見えるようになれば、大抵の速度ある攻撃は見切れる……と、思う」
「と、思う……ですか」
「まぁ、世界は広い。俺の武器よりも速い武器は、探せばあるかもな」
ハイセはクレアに銃を向け、クレアは再び剣を構えるのだった。
◇◇◇◇◇◇
朝食を食べ、新聞を読みながら紅茶を飲んでいた時だった。
「失礼する。ハイセはいるか?」
「……は?」
なんと、サーシャがやって来た。
鎧、剣を装備したいつもの冒険者スタイル。新聞を読むハイセを見つけると、入ってくる。
「朝早くからすまん。少し、お前に用がある」
「……食後なんだ。ゆっくりさせろ」
「すまん。その、速い方がいいと言うのでな」
と、宿の入口にいたのは、ウルだった。
帽子を取り頭を下げるが、ハイセは新聞を捨て立ち上がる。そして、腰にある自動拳銃を抜こうとしたところで、キッチンにいたシムーンが出てきた。
「わ、サーシャさん。それと、お客様ですか? 今、お茶を淹れますね」
「すまないな、シムーン」
「……チッ」
ハイセは自動拳銃をホルスターにしまい、新聞を拾う。
ウルも宿屋に入り、ハイセとサーシャがいるテーブルへ。空いた椅子に腰かけた。
「失せろ」
眼も合わせず、ハイセはウルに言う。
ウルは緊張しているのか、帽子をテーブルに置いた。
「お前さんが、オレを毛嫌いする理由はわかる。だが……話を聞いちゃくれねぇか」
「失せろってのが聞こえなかったのか」
ハイセにとってウルは『アリババ討伐を邪魔した男』だ。しかも最悪なことに、引っ掻き回してさっさと逃げた卑怯者。
ハイセは、サーシャを睨む。
「サーシャ。こいつ連れて帰れ。これ以上こいつがグダグダ言うなら、シムーンやイーサンの前だろうとブチのめす」
「……サーシャちゃんは関係ない。オレが無理やり案内を頼んだだけだ──ッ!!」
ドン!! と、音がした。
ハイセがテーブルの下で、ウルに向けてゴム弾を撃った。
弾丸はウルの脇腹に命中。ウルは悶絶し、顔を歪める。
ハイセは、ウルを睨んだ。
「黙ってろ。俺は、お前が嫌いだ。お前の話なんてどうでもいいし、俺は聞かない。お前がするべきことは、ここから失せるか、俺にブチのめされるかだ」
「ッ……っぐ」
「ハイセ!! 頼む、やめてくれ……こちらにも事情があったんだ」
「知ってる。巻き込まれたお前に同情はできるが、こいつに関わるならお前も同罪だ。忘れてるのか? こいつに関わったせいで『セイクリッド』は分裂しかけたんだろ」
「っ!…それを……」
「サーシャ、お前は優しい。こいつの話を聞いて、セイナとかいう女を救いたかっただけなんだろ。でもな……その優しさが、お前を苦しめた。サーシャ、お前にとって大事なのは『セイクリッド』と『禁忌六迷宮』だろ。こんなヤツに関わるな」
「……」
サーシャは黙り込む。が、ハイセに言う。
「お前の言う通りかもしれん。でも……私は、困ってる人を助けたかっただけだ。あの時は、ウル殿が困っていた。ただ、助けたかった」
「お人好しだな。そんなんじゃ、大事な物失って後悔するぞ」
「かもしれない。でも……あの時は、あの選択が正しいと思ったんだ」
サーシャは、微笑んだ。
相変わらず、優しくて甘い。
すると、脂汗を流していたウルが言う。
「『闇の化身』……お前の気が済むまでオレを殴って痛めつけて構わねぇ。だから、話だけ聞いてくれ」
「………」
すると、キッチンのドアが開き、お茶を用意したシムーンが来た。
「お茶が入りました! あの、ハイセさん、さっき破裂音みたいなのがしたんですけど……イーサン、何か悪戯でもしましたか?」
「気にすんな。それと、お茶ありがとうな」
「はい!!」
「あーいい湯でした!! あれ? サーシャさんに……えっと、誰でしたっけ?」
クレアも風呂から上がり、ラフな格好で、首に手拭いを掛けてハイセの元へ。
人が増え、やや面倒になってきたハイセ。
「……簡潔に用件だけ言え。そして、一分後に出てけ」
ハイセはウルに言う。
ウルは脂汗を流したまま、苦し気に微笑んだ。
「S級冒険者序列二位『聖典魔卿』エクリプス・ゾロアスターがお前に会いたがっている。詳しい話を聞いてくれるなら今夜、古商業区にあるバー、『ブライアンホーク』に来てくれ」
それだけ言い、ウルは紅茶を一気飲み。
出口でシムーンに「ごっそさん。お茶うまかった」と微笑みかけ、出て行った。
残ったのは、ハイセ、サーシャ、クレア。
「……S級冒険者序列二位が、ハイセに?」
「お前も知らなかったのか?」
「あ、ああ……」
「えーっと、なんだかサッパリです。私はサッパリしましたけど。あはは、なんちゃって」
「……ハイセ、行くのか? S級冒険者序列二位……私は、嫌な予感がする」
「あの、ちょっと恥ずかしいんで流さないでくださいー」
「行く理由がない。S級冒険者序列二位? そいつが用事あるなら、あんな奴をメッセンジャーにしないで直接来ればいい。喧嘩売るなら買うけどな」
「……ハイセ」
「うう、無視……なんだか寂しいです、師匠ぉー」
ハイセは紅茶を飲み干し、少しだけ考えた。
サーシャが言う。
「そういえば、セイナ……ウル殿が救った少女が所属していたクランは、S級冒険者序列二位のクランだ。恐らく、それも関係している」
「……そういや、逃がした一匹がいたっけな」
ハイセは、セイナとカーリープーランを逃がしたことを忘れていない。
サーシャは迷う。セイナは今、『セイクリッド』で匿っているのだ。
だが……サーシャはもう、噓は付きたくなかった。
「ハイセ。その……セイナのことだが」
「……居場所、知ってんのか」
「……セイナは今、『セイクリッド』で保護している。その、精神状態が悪くてな、まともな会話もできないし、食事や着替えもままならない状態だ」
「…………」
「……まだ、殺すのか?」
「脅威となるならな」
「それなら大丈夫だ。もう彼女は戦えない……生きるのに、精一杯だ」
「それが真実という証拠は?」
「私の言葉が証拠だ。ハイセ、約束する。もしセイナがまた、シムーンの誘拐に加担、実行したら……私がこの手で、始末をつける」
「………わかった。お前を信じる」
ハイセは、サーシャの真っすぐな目を見て、サーシャを信じることにした。
サーシャは礼を言う。
「ありがとう。ハイセ」
「…………」
ハイセはサーシャを見て、ウルが出て行った扉を見た。
「……さて、どうしたもんか」





