セイクリッドの和解
レイノルド、タイクーンの二人は、王都にある小さなバーで飲んでいた。
レイノルドはかれこれジョッキ七杯目。タイクーンは濃いブランデーを四杯目。二人ともかなり酔っている。
すると、バーの扉が開き……クレスが入ってきた。
「ん……おう、クレスゥ」
「やあ。といっても、ここにいるボクは『分身体』だから、本体のボクがボクを消すまで、キミたちと会ったことは知らないけどね」
「……便利な能力で羨ましい」
クレスは、レイノルドとタイクーンの間に座る。
バーはレイノルドたち三人だけ。マスターも初老の男性で、王族であるクレスを前にしても気付く様子はない。
クレスは、店内を見回して言う。
「それにしても、こういう店は初めてだよ」
ここは、カウンター席が六つしかないバーで、すぐ背中は壁になっている。一番奥の席に座ると、出口までたどり着くのに一苦労だ。
ここは、そんな小さな店がいくつも並ぶ区画。区画の中でもさらに人気がない場所で、レイノルドのお気に入りの場所でもあった。
クレスは酒を注文し、タイクーンと軽くグラスを合わせる……レイノルドは突っ伏し、今にも寝てしまいそうだった。
「で、何があったんだ? ボクに相談とか珍しいじゃないか」
クレスがワインを飲むと、タイクーンが言う。
「……こんな言い方はアレだが、他に相談できる人がいなくてね」
「ふむ……」
「実は──……」
タイクーンは事情を説明する。
休暇中に受けた依頼。その依頼をサーシャがレイノルドたちに内緒にしており、どこの誰かとも知らないS級冒険者、そしてロビンの三人だけで終わらせたこと。
休暇が終わり、ハイベルク王国に戻って初めて、サーシャに説明された。
『四十人の大盗賊』の壊滅。それ自体は嬉しいことなのだが、何もしていないレイノルドたちは称賛を受け入れられず、黙っていたサーシャに幻滅して出てきてしまったことを伝えた。
「なるほどな」
「……黙って依頼を受けるなんて、仲間と認めていないと遠回しに言われたようでね……気が付くと、クランを飛び出していた」
「キミらしくないな。常に冷静沈着だと思ったけど」
「限度がある。というか……ボクも、自分の限界を初めて知った。やはり、許せないことはある」
タイクーンはブランデーを飲み干し、息を吐く。
レイノルドが顔を上げ、クレスに言う。
「仲間なのによぉ……相談してもいいじゃねぇか」
「まぁ、そうだね。ところでタイクーン、キミはサーシャが内緒にしていた理由、思いつかないのかい?」
「……む」
「どうやら、考えていないようだね。ふふ、思った以上に頭に血が上っていたんだな」
「…………」
クレスに言われ、タイクーンは硬直した。
確かに、頭にきていたので、理由なんて考えずに飛び出してしまった。
「マスター、水を」
水を注文し、一気に飲み干す。
そして深呼吸をして、今ある情報を整理する。
「サーシャが黙っていた理由……あのサーシャが、ボクたちに内緒で、見ず知らずのS級冒険者とロビンの三人で『四十人の大盗賊』討伐依頼を? 待て、そもそも『四十人の大盗賊』討伐なら、どう考えても三人で行くよりボクら全員で向かった方がいい。そうしなかったのは理由がある? そもそも、なぜロビン? 問題のS級冒険者……まさか、ロビンの知り合いか? ボクたちが動かせなかった理由……『セイクリッド』として動くのはまずいということか? そもそも、本当の目的は『四十人の大盗賊』討伐ではない可能性もある。普通に考えたら、サーシャがボクたちに黙って行くなんてあり得ないからな……ふむ、浅慮だった。もう少し事情を聞くべきだった」
と、長い独り言を終え、タイクーンはレイノルドに言う。
「レイノルド。ボクはサーシャに事情を確認する。理由もなく黙ってサーシャが依頼を受けるなんて、やはりあり得ない。サーシャは、全ての事情を説明する義務がある」
「……あー、そうだな…。ったく、ウジウジするのはやめた!。オレもだが、サーシャも頭が冷えただろうさ。おし!! じゃあ、クランに戻るか」
レイノルドは、金貨をカウンターに置く。
タイクーンはクレスに言った。
「クレス。きみの言葉で目が覚めた……礼を言う」
「いやいや、オレは思ったことを言っただけさ」
「それでも感謝する。では」
「ありがとよクレス。ここはオレの奢りだぜ」
レイノルドはクレスの肩を叩き店を出た。
タイクーンも一礼。二人はスッキリした顔をしていた。
「とりあえず、丸く収まったかな……よかった」
そう呟き、クレスはワインを飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
クラン『セイクリッド』に戻ったレイノルド、タイクーン。そしてピアソラ。
ピアソラは、頭を押さえ酷い顔色だった。
「うぅぅ……飲み過ぎましたわ。しかも、あんな醜態を……は、ハイセに!!」
「「ハイセ?」」
「なな、何でもありませんわ!! 酔っていたせいですわ!! 普段の私が、あんな……うぐぅぅぅ!!」
妙な動きで頭を押さえるピアソラ。
とりあえず無視し、レイノルドとタイクーンはサーシャの執務室へ。
執務室のドアをノックすると、ロビンが出てきた。
「あ、みんな!!」
「よう。頭も冷えたし、帰って来たぜ」
「……いろいろ、説明もしてほしいからね」
「うぅぅ、頭痛……」
三人が部屋に入ると、サーシャ、そしてウルがいた。
ウルが立ち上がり、帽子を脱ぎ、三人に頭を下げる。
「この度は、迷惑をかけてすまなかった」
「お、おい……誰だ、こいつ?」
「……もしかして、S級冒険者序列五位、『月夜の荒鷲』か?」
「男がサーシャの執務室にぃぃぃ!! 誰だテメェェェ!!」
ロビンがウルの前に立ち、レイノルドたちに言う。
「タイクーンの言う通り。この人、S級冒険者序列五位の人。で、今回の元凶……で、あたしのお兄ちゃんなの」
「「「……お兄ちゃん?」」」
「うん。今回の件、お兄ちゃんからちゃんと説明させるから」
ロビンは肘でウルの腹を突くと、ウルが大げさに痛がった。
「い、痛いぜロビン」
「うるさいし」
「……そういや、よく見ると似てるな」
「確かに」
「ロビンにお兄さんがいたなんてねぇ」
「あー……とりあえず、今回の件を説明する」
ウルは、レイノルドたちに『四十人の大盗賊』たちの件を説明。
タイクーンは納得したのか、大きく頷いた。
「なるほどな。『四十人の大盗賊』を警戒させないために、『セイクリッド』では動けない。だから、サーシャとロビンに協力してもらい、ボクたちは『休暇』を満喫することで『セイクリッド』は無関係に見せかけたのか」
「そうだ。サーシャもロビンも悩んでいた。だが、オレの依頼のために、最も信頼する仲間であるアンタたちを欺いた……本当に、申し訳なかった」
ウルが再び謝ると、レイノルドは手で制した。
「もういい。理由があるならな。サーシャ、オレも勝手に飛び出して悪かった」
「謝るな。謝らないでくれ」
「サーシャ、今回は水に流そう。だが、もしこのようなことがまたあったら、どんな理由があろうと『セイクリッド』の仲間には伝えてくれ」
「タイクーン……」
「むぅぅ、私も許しますわ。サーシャ、次はちゃんと言ってね!!」
「ピアソラ……うん、ありがとう」
こうして、『セイクリッド』は和解した。
すると、ウルが五人に言う。
「和解したところで頼みがある……『闇の化身』と会って話がしたいんだが、手ぇ貸してくれ」
まるで、これが狙いだとばかりに、ウルが申し訳なさそうに言うのだった。





