まさかの遭遇
依頼を終え、ハイセとクレアは宿に戻るために歩いていた。
話題は、今日討伐したS+レートの魔獣『イーターアント』だ。
「いやー……食べられるかと思いました!!」
クレアは頭を掻きながら笑う。
イーターアント。単体での討伐レートはA。姿形は大型の『アリ』で、大きさは全長一メートルほど。
単体ならばそこまでの脅威でもない。だが……このアリは群れる。それはもう、とんでもない数で。
特徴としては、地面に穴を掘り、地下に巨大な空洞を作って繁殖する。
「あのアリ、でっかいし硬いし、顎がチキチキ鳴るし怖かったです……やっぱりまだわたしにS+レートは早かったです」
「でもお前、泣かなかったし漏らさなかったし腰も抜かさなかっただろ」
「そ、その言い方はちょっと……」
「度胸も付いてる。実力も付いてる。というかお前、アリ三匹くらい倒したよな」
「え、ええ……」
イーターアントは肉食。人間や魔獣を巣に引きずり込み食らう。
幸いなことに、イーターアントの巣は入口から一直線に延びて大きな空洞となっており、その空洞にイーターアントがびっしりといる。
なので、ハイセはまず穴に大量の爆弾を投入。大爆発を起こしアリを大量に殺した。そして、辛うじて生き残り巣から這い出したアリを銃で殺した。
その時、クレアは三匹ほどアリを斬った。ハイセは二百匹ほど殺したが。
「でもまぁ……やりすぎたかな」
「え、ええ。あの~……あの地面、どうするんですか?」
「知らん。別に討伐方法の指定はなかったから、気にするな」
イーターアントの巣が大爆発を起こしたことで、地面が陥没した。
それはもう、大規模な陥没だが、ハイセとクレアの二人ではどうしようもないので、討伐報告と状況だけ説明をして、こうして帰路についている。
「魔獣の素材はお前の倒したアリの甲殻だけだったな。俺のは穴だらけだし使えなかった」
「あの……お金、ほんとにいいんですか?」
「ああ。俺は依頼の報酬があるし、素材の金はお前のだ」
「えへへ……ありがとうございます。あ!!」
「な、なんだいきなり……」
いきなり声を上げたクレア。
「シムーンちゃんに、お塩を買ってくるように頼まれてたの忘れてました!! すみません師匠、ちょっと買って帰りますー!!」
「お、おい」
クレアはダッシュで行ってしまった。
仕方なく、ハイセは一人で帰ろうと歩いている時だった。
「う、ぅぅ……うぉぇぇっ!! うぅぅぅぅ」
路地裏で、誰かが吐いていた。
ハイセは露骨に嫌そうな顔をして通り過ぎようとした時、吐いていた人物が振り返った。
「んあぁぁ? あぁぁ!? てんめぇ~……ハイセェェ」
「……ぴ、ピアソラ?」
「んふふふ。なに、わたしで悪かったわねぇ~!! う、うぅぅ」
「…………」
ハイセは無視して歩き出した。
だが、ピアソラがハイセの背中にタックルしてきた。
「待てェェ!! うぅぅ、お前が、お前がぁぁぁ~!! サーシャは、サーシャはぁぁ!!」
「なんだお前、くっつくな、離せ!!」
普段なら考えられない。ピアソラがハイセの背中に抱きつき、離れようとしない。
猛烈な酒臭さにハイセは嫌悪。突き飛ばして逃げようとしたが。
「ううう……サーシャ、サーシャ」
「……おい、離せっての」
さすがのハイセも、大嫌いなピアソラが涙を流しているのを見て、突き飛ばすのをためらった。
ハイセはため息を吐き、アイテムボックスから水のボトルを出す。
「おい、飲め。臭いぞお前」
「うぅぅ……ハイセェェ」
ピアソラが水を飲み干すと、大きなゲップをする。
とても『教会』に所属していた優秀な回復術師とは思えない。
「…ハイセェ……話、聞いてぇ…」
「あ?」
「ううう……寂しいよぉ、サーシャがあぁ……」
サーシャ。
ハイセは何となく、先の『四十人の大盗賊』が関わっているような気がした。
それが関わっているなら、自分とも無関係ではない。
よほど寂しいのか、毛嫌いしているハイセに甘えるように見つめてくる。
「……ったく」
本当に嫌だったが、ハイセは仕方なくピアソラに肩を貸した。
◇◇◇◇◇◇
向かったのは、ヘルミネのバー。
まだ少し酔ってるピアソラを席に座らせ、酔い覚ましのお茶を注文。
ピアソラは、ちびちび飲み始める。
「で……何があったんだ。サーシャがどうかしたのか?」
「……うう。サーシャが、私たちに黙って、見ず知らずのS級冒険者と、依頼を受けましたの」
「……で?」
「ロビンも一緒に……せっかくの休暇だったのに、私たちに内緒で依頼を受けて……なんの相談もなしに。私たち、仲間なのに……なぜ、何も相談してくれなかったの……う、うぅぅ」
ピアソラは泣きだしてしまった。
ハイセは何となく察した。
「で、拗ねて家出してきたのか」
「……私だけじゃありませんわ。レイノルドも、タイクーンも……もう、セイクリッドはバラバラですわ」
「なーるほどな」
ハイセは、自分用の甘茶を飲む。
特に注文していないが、ヘルミネが『新作なの』と出してくれたのだ。
甘い豆を煮だしたお茶だ。甘茶と名前が付いているが甘さ控えめで、優しい味がした。
「サーシャにも事情があるんだろ。その辺りは聞いたのか?」
「……事情」
「あいつのことだ。話せない理由、あったんだろうな。お前たちに迷惑がかかるとか……」
「それでも、話してほしかったですわ!!」
「……」
ハイセは迷っていた。
この件は、自分が関わっている。サーシャがどこまで話したのかわからないが、ピアソラの悲しみが恨みとなり、自分に振りかかる可能性はゼロじゃない。
めんどうなことになるかも…。と、思ったが。
「サーシャが『四十人の大盗賊』を討伐した話だな?」
「ええ…そうですわ、S級冒険者序列五位と一緒に倒したって……」
「それ、俺も関わってる」
「え」
ハイセは事情を説明した。
シムーンが攫われたこと、それを救うために『四十人の大盗賊』を皆殺しにしたこと。突如サーシャが現れ、メンバーの1人セイナを助けに来たこと。セイナを救う依頼を受けたのが序列五位のウルで、その手伝いをしたこと……そして、『四十人の大盗賊』の討伐の報告をサーシャに押し付けたこと。
「…………」
「『セイクリッド』は休暇中だったんだろ? そこで全員で動いて、町にいる『四十人の大盗賊』に警戒されるわけにはいかなかったんだ。だから、お前たち三人は休暇を楽しんで、サーシャとロビンで帽子野郎…ウルだかの手伝いしたんだろ。まぁその、つまり……間接的に、お前とレイノルド、タイクーンも、『四十人の大盗賊』討伐に参加したようなモンだ。役割分担だ、役割分担」
とりあえず、思いつきで言葉を並べたハイセ。
さすがに苦しいかと思ったが、ピアソラは納得したのか薬茶を一気飲みした。
「そうだったのですね!! 役割分担……そう、役割分担!! それならヨシ、ですわ!!」
「お、おう」
「よし!! もう許しますわ。そしてこの話はおしまい!! ハイセ、飲みますわよ!!」
「は?」
「ヘルミネさん!! お酒をお願いしますわ!!」
「はぁ~い」
「お、おい……気が済んだなら帰れよ」
「飲みたい気分ですの!! ハイセ、付き合いなさい!!」
毛嫌いしてるハイセを酒に誘う。やはり、今日のピアソラはおかしかった。
帰りたかったが、ピアソラが止まらないので、結局嫌々付き合うハイセだった。





