罪の在処
ハイセたちに日常が戻り、十日ほど経過した。
いつも通り、ハイセは起床して一階の食堂スペースへ。
自分がいつも座る場所に腰掛けると、シムーンが新聞を手渡してくれる。
「おはようございます。ハイセさん」
「ああ、おはよう」
「すぐ、紅茶を淹れますね」
ハイセが座ると、シムーンが新聞を渡し、紅茶を淹れる。
新聞を半分ほど読むと、シムーンが朝食を運んでくる。それを食べ、残りの新聞を読みながら新しい紅茶を飲む……これが、ハイセの朝。
だが、ハイセの座る席の対面に、騒がしい少女が座る。
「おはようございます!! 師匠、シムーンちゃん!!」
「おはようございまーす。クレアさん、すぐに朝食にしますね」
「はい!!」
クレアだ。
早朝訓練を終え、シャワーを浴びたクレアがハイセの前に座る。
すると、泥だらけのイーサンが宿に入って来た。
「あ、ハイセさん。おはようございます」
「ああ。朝から精が出るな」
「えへへ。おれ、強くなりたいんで。クレアさん、お相手ありがとうございました」
「いえいえ。私にもいい修行になりました」
イーサンは、オーバースキル『雷神』に覚醒。その力を使いこなすために、クレアの早朝訓練、模擬戦の相手を買って出た。
クレアにとっても、イーサンの『雷』は脅威らしい。まだ覚醒して間もないが、イーサンはクレアといい勝負をするようになっていた……もちろん、本気ではないが。
ハイセも新聞を閉じると、二人分の朝食が運ばれてきた。
「あの、師匠は討伐依頼受けますか?」
「……いいのがあればな」
「その……私も、付いて行っていいですか?」
「俺が選ぶのは、最低でもSレートだ。いけるのか?」
「はい。功績にはなりませんけど、経験にはなるので!!」
「そうじゃない。大丈夫か、ってことだ」
以前、クレアはハイセと討伐依頼に赴き、Sレートの魔獣を見て腰を抜かした。
その件を思い出したのか、クレアは苦笑い。でも、すぐに力強く頷いた。
「大丈夫です!!」
「……わかった。じゃあ、メシ食って食休みしたら、ギルドに行くぞ」
「はい!!」
日々成長。クレアは、心も身体も強くなっている……ハイセはそう感じた。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは、王都郊外にあるクランの自室で考え込んでいた。
自室にはロビンもいる。サーシャのベッド上でコロンと転がり、サーシャを見た。
「サーシャ、何悩んでるの?」
「いや……『四十人の大盗賊』の顛末と、私たちがしたことについてだ」
「まだ悩んでるんだねー……気持ち、わかるけど」
SS級盗賊団『四十人の大盗賊』崩壊。
シムーンの件を知らなかったとはいえ、結果的に邪魔をしたサーシャ。ボスのカーリープーランと、メンバーのセイナを取り逃がしてしまった。
ハイセたちに謝罪をしたサーシャ。するとハイセは言った。
『悪いと思ってるなら、「四十人の大盗賊」を壊滅させたことを、お前の口から報告しろ』
『わ、私が? ……事の顛末をギルドに報告すればいいんだな?』
『ただし、これをやったのは全て、お前たちだ。お前とロビンが、あの帽子の野郎に依頼されて、三人で壊滅させたことにしろ』
『い、偽りの報告をしろと言うのか?』
『偽りじゃないだろ。俺たち、お前たちでやったことで、俺たちを省いて報告するだけだ』
『……何故、そんなことを』
『俺が目立ちたくないから。お前なら、SS級盗賊団を壊滅させたとしても不思議じゃない。あの帽子の野郎もS級冒険者なら問題ないだろ。それに……』
『……?』
『いや、なんでもない。とりあえず、頼んだぞ』
『……わかった』
と、ハイセの頼みで、『四十人の大盗賊』を崩壊させたのは、サーシャとロビン、そしてサーシャたちを巻き込んだウルの三人ということになった。
おかげで、クラン『セイクリッド』の人気が再び上昇……加入希望の冒険者チームが増えたり、持ち込まれる依頼も増えた。
だが、サーシャは全く喜んでいない。
「はぁ……私は、噓を」
「サーシャぁ~……もう考えすぎだよ。そりゃ報告は正確にしなきゃいけないけど、ハイセが自分の名前を出すなって言ったんだしさ」
「わかっている」
「お兄ちゃんも有名になっちゃったし、普段目立つの嫌いなお兄ちゃんにはいい薬になったかもね」
「…………」
「問題は……レイノルドたち、かなぁ」
「…………ああ」
そう、レイノルドたちはクランにいない。
その件でも、サーシャは頭を抱えていた。
「まぁ、怒るよね……休暇中なのに、みんなに内緒で、お兄ちゃんの誘いに乗って、三人でSS級盗賊団と戦っちゃうんだもん。しかも、内緒で行ったことバレちゃうし」
「報告する以上、隠すわけにもいかんからな……」
「仲間なのに、隠し事……そりゃ、言いたくないこととかあるけどさ、今回はさすがに、限度超えちゃったね」
「……ああ」
休暇を終え、ハイベルク王国に戻った後に、サーシャとロビンは全てを話した。
レイノルドは「悪い、頭を冷やしてくる」と出かけて十日。
タイクーンは「流石に限度を超えている」と冷たく言い出て行った。
ピアソラは「サーシャのバカ!!」と叫んでクランを出てしまった。
探したが、三人は見つからない。ロビンが王都中探し回っても、痕跡すら見つからない。
「……ね、サーシャ。もしこのまま、みんな戻らなかったら」
「……」
ポロリと、サーシャの瞳から涙があふれた。
一筋の涙をサーシャは拭い、ロビンに笑顔を向ける。
「やっぱり、こんなことをするべきじゃなかった。ウル殿の頼みを聞かなければ……」
「それは違うよ!! サーシャは、セイナって子を助けたかったんでしょ? ハイセが殺しちゃうかもしれないから……救いたいって気持ちに、噓はないはずだよ!!」
「ロビン……」
「悪いのは、お兄ちゃんだよ……最初から、あたしとサーシャだけじゃない、『セイクリッド』に依頼すれば、こんなことには……」
ロビンも、ぽろぽろ泣き出してしまった。
サーシャはベッドに移動し、ロビンをそっと抱きしめる。
「ロビン。もう一度、みんなを探しに行こう。もう一度しっかり謝って……『セイクリッド』をやり直そう」
「……うん」
ロビンはサーシャの胸で甘え、ようやく笑顔を見せてくれた。
すると、ドアがノックされた。
「あの、サーシャさん。お客様が来ました」
ドアを開けると、クランの事務員の少女がいた。
「来客か。記者や加入希望の冒険者ではないのか?」
「冒険者です。その……S級冒険者『月夜の荒鷲』ウル・フッドと名乗っています……えっと、帰ってもらっても」
「会うよ」
と、ロビンがサーシャの隣に来た。
「いろいろ言いたいことあるし、会うから。客間に通して」
「は、はい」
客間に移動すると、紅茶を啜るウルがいた。
サーシャ、ロビンを見て軽く手を上げる。
「よ、お二人さん」
「お兄ちゃん!! 何で逃げたの!!」
「な、なんだいきなり……」
「お兄ちゃんに怒るの筋違いかもだけど……今はお兄ちゃんの顔、見たくない!! お兄ちゃんがあたしとサーシャに依頼したせいで、レイノルドたちが……」
「落ち着け、ロビン」
「……サーシャ」
「……いろいろ、あったみてぇだな」
サーシャが、レイノルドたちが出て行ったことを説明する。
ウルは立ち上がり、帽子を外し頭を下げた。
「クラン内で揉め事が起きてるなら、サーシャちゃんとロビンを誘ったオレの責任だ。仲間たちに事情を説明させてくれ」
「……みんな、どこにいるかわかんないもん」
「それにウル殿……結果的に、誘いに乗り、事情を仲間に秘密にした私たちにも責任はある。今回の件、あなただけの責任ではない」
「……そう言ってくれると、少しは心が軽くなる」
ソファに座り直すと、サーシャは確認する。
「ウル殿。あなたの依頼は達成できたのか?」
「まぁ、な……」
「歯切れ悪いね。何かあったの?」
「……」
希少な、生物を収納できるアイテムボックスから出したのは──……セイナだった。
驚くサーシャ、ロビン。
「生きてはいる。エクリプスに報告もしたが……この通り、心が壊れちまった」
セイナは、虚ろな目をしたまま動かない。
シンプルなワンピースを着ており、頬はこけ、痩せ細っていた。
「仲間が虐殺され、ハイセの殺気をモロに浴びて、心が壊れちまった。実家からも除名されて、クランからも除名……報酬ってことで、オレに預けられたが、どうしたらいいかわからねぇ」
「お兄ちゃん、まさか……」
「アホ。こんなガキに……いや、こんな状態の女に手を出すほど飢えてねぇよ」
「ご、ごめん」
ウルは、もう一度帽子を取り、頭を下げた。
「サーシャちゃん。この子を……引き取ってくれねぇか?」
「……え?」
「オレにはどうすることもできねぇ。殺すことも一度だけ考えたが……やっぱり無理だった。幸せにしろとは言わねぇし、金も出す。心の傷が治るまで、預かって欲しい」
「……その後は、どうするのだ?」
「さあな。でも……オレには、重い荷物だ」
「お兄ちゃん……」
サーシャは、少しだけ考えた。
「……わかった。その子は、クランで預かろう」
「感謝する」
「……サーシャ、いいの?」
「ああ。この一件、私にも責任があるからな」
サーシャは、セイナの隣に移動し、手を取った。
「辛いことがあったのはわかる。だが……生きてくれ」
その言葉に、セイナの目から一筋の涙が流れ落ちるのだった。





