銀の明星、蝕みの月
S級冒険者序列五位『月夜の荒鷹』ウル・フッド。
彼は、ハイベルグ王国から南西にある国に足を踏み入れた。
「あ~……気が重いぜ」
プルメリア王国。
魔法の研究国であり、魔法系能力者たちが集まる国。
ハイベルグ王国の属国ではあるが、今はほとんど交流がない。
一応、王政ではある。だが……王家の力より、王都の四分の一を敷地とするクランが、ある意味で国を支配していた。
ウルは、プルメリア王国で最も強大なクラン、『銀の明星』へ。正確には、クランが運営する『プルメリア王立魔法学園』へやってきた。
ウルは、冒険者カードを学園の正門受付で見せると、大きな門がゆっくり開く。
足を踏み込むとそこは───まさに『学園』だった。
「かぁ~……相変わらず、若々しいぜ」
プルメリア王立魔法学園。
プルメリア王都の四分の一の敷地を持ち、魔法系能力者が魔法の使い方を学び、研究をする場。
クランという形ではあるが、依頼を受けるための受付などはない。
ウルは呟く。
「魔法を学び、研究するためだけのクランか……本来なら、『セイクリッド』より先に、五大クランとして名を残していたかもしれないクラン……」
『銀の明星』は昔から存在したクラン。だが……十年ほど前から、その規模や権力が一気に増し、今ではプルメリア王国を陰から支配しているとまで言われていた。
「S級冒険者序列二位……『聖典魔卿』エクリプス・ゾロアスター……ゾロアスター公爵家の『天才少女』か」
クランをここまで巨大化させたのは、若干七歳の少女。
少女は、十年かけてクランをここまで巨大化させた。
「恐ろしいぜ……」
ウルはブルっと震えながら、要塞のような建物を目指す。
敷地内にある大きな要塞……ではなく、そこは『生徒会室』と看板が掛けられていた。
要塞に似つかわしくない、豪華な装飾が施されたドアをノックすると、ドアが開いた。
「お帰りなさい、冒険者様」
「どーも。頼まれたモン、持ってきたぜ」
出迎えたのは、学生服を着た女生徒だ。
長い黒髪をポニーテールにしており、ウルから見て全く隙のない少女だ。
少女は一礼し、奥を指す。
「では、会長の元へご案内致します」
「おう。頼むぜ」
少女と一緒に、建物の奥へ。
奥に向かうに連れ、ウルは重圧を感じ始めていた。
冷や汗を流さないよう集中───最奥にある、豪華な観音開きの扉の前へ。
扉が開かれると、そこは広い空間だった。
「───いらっしゃい」
聞こえてきたのは、凛とした声。
しかしどこか、毒に侵されたような、甘ったるさもあるような、そんな声。
「……お届けモンだぜ」
ウルはそれだけ言い、室内の奥にいる、豪華すぎる椅子に座った少女を見た。
真っ白な腰まで伸びるロングストレートヘア。瞳の色はアイスブルー、学生服を着た華奢そうな少女だが、スタイルは抜群だとウルは見ている。
髪がいくつか細い三つ編みに結われ、赤いリボンで結んであった。シンプルな髪型だが、少女の美貌があまりにも眩いので気にもならない。
ウルは少女……エクリプス・ゾロアスターに圧倒されないよう、生物保管型のアイテムボックスから、セイナを出した。
「ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ……」
セイナは、震えていた。
酷い匂いがした。粗相したままだったのをウルは忘れていた。
セイナは、目の焦点が合っていない。血塗れの指は嚙み続けたのか、今にも千切れてしまいそうだった。
すると、室内にいた少女の一人が顔をしかめる。
「くっさいなぁ~!! コイツ、大も小も漏らしてんじゃん!!」
そして、上品そうな少女も顔をしかめて言う。
「全く。このような汚物を、神聖な生徒会室に入れるとは……まったく、全く、全くもう」
そして、ウルを案内した黒髪の少女が言う。
「ウル・フッド様。一度収納して頂けますか? さすがに、この状態では」
「あー、悪い」
ウルがアイテムボックスにセイナを収納しようとしたときだった。
「待てよ。そいつ、ぶっ壊れてんじゃん。いちいち収納しねえで、殺しちまおうぜ!!」
口元から牙を覗かせる少女が、犬歯を剥き出しにして言う。
プルメリア王立学園生徒会。通称『黄金夜明』……クラン『銀の明星』の最高戦力たちが、揃っていた。
すると、エクリプスが手で制し、そっとセイナに近づく。
「会長、汚れます」
黒髪の少女が言うが、エクリプスは無視。
座り込み、汚物で汚れ、ただ指を噛む少女の頭をそっと撫でた。
「セイナ」
「ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ」
「あなたは、何を見たの?」
「ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ……」
「あなたが、そこまで『壊れた』理由……教えてくれないかしら?」
「…………」
セイナが、エクリプスを見た。
エクリプスは、微笑を浮かべている。まるで聖母のような、包み込む笑顔だった。
セイナは涙を流し、震える声で言う。
「み、み……見た」
「何を?」
「だ、だだ……ダ、『闇の化身』……あ、あたし、殺そうと、赤い目で」
「……そう」
「し、死ぬ。死ぬ、死ぬ、死ぬ!! たた、助け、助けて……み、みんな、死んだ!!」
「……それは、あなたの仲間?」
「そう!! 仲間、死んだ……みんな!! し、しし、死んだの!!」
セイナは、ハイセの殺気を受けて、心が壊されていた。
エクリプスは小さく頷くと、ウルがセイナをアイテムボックスに収納した。
「序列一位、『闇の化身』……」
「……おいエクリプスよ。悪いことは言わねぇ、奴に関わるな」
「あら、どうして?」
エクリプスは、本当に不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「対峙してわかった。ありゃバケモンだ。お前さんを初めて見た時もバケモンかと思ったが……あの死神は遥か上だ。関わろうモンなら、喰われるぞ」
「ふふ、それはいいわね」
エクリプスは笑顔を浮かべ、自分の席に戻る。
ウルは冷や汗を流しつつ、慎重に聞く。
「どうするつもりだ。セイナは裏切り者とはいえ、お前のクランに所属していた冒険者だ。お前さん……奴にやり返すつもりじゃないだろうな」
「……ふふ、そうして欲しいのかしら?」
「やめろ。お前さんと『闇の化身』が殺しあったら、国一つ滅びるぞ」
「……ふぅん」
エクリプスは椅子に寄りかかり、ウルの指にある、指輪型のアイテムボックスを指さす。
「ウル。今回の報酬は、白金貨十枚とその子をあげる。壊してもいいし、好きに調教して食べてもいいわ。若い子、欲しかったでしょ?」
「……そりゃありがたいね」
「それと───次のお仕事」
「……S級冒険者使いが荒いな。なんだ?」
エクリプスは両手で頬杖をつき、妖艶にほほ笑む。
「S級冒険者序列一位、『闇の化身』……戦争はしないけど、お仕置きは必要ね。彼の身辺調査を。大事な人がいれば、教えてほしいわね」
「……やめろ!! 『四十人の大盗賊』が虐殺されたのは、『闇の化身』の身内に手を出したからだぞ!? 奴は一度決めたらもう、女子供だろうが容赦しない!! 本当にお前も死ぬぞ!?」
「ふふ。冗談……でも、会いたいのは本当よ? 実は私……縁談が来ているの」
「……は?」
縁談? と、ウルは思わず言う……あまりにも、場違いな言葉だった。
「聞けば、『闇の化身』は私と同い年。どうせ結婚するなら、つまらない貴族や王族のお坊ちゃんより、強くて面白い方がいいわ」
「お、おいお前、まさか……『闇の化身』に求婚するつもりか!?」
「ふふ、さぁね。でも……彼を呼び出す道具なら、面白いのがあるわ」
エクリプスは、机から古びた木箱を取り出す。
そこには、古い文字で『神の箱庭』と書かれていた。
「……なんだ、そのきったねぇ箱」
「私の友人がくれたの。ふふ、彼ならきっと、この箱に興味を持つ……ウル、彼に手紙を書くから、届けてちょうだい」
「……はぁぁ。わかったよ。ったく……今のオレは、奴に手紙届けるだけでも命がけなんだがな」
そう言い、ウルは帽子を脱いで頭をボリボリ掻いた。





