精霊の声
ハイセと敵対する。
それは、サーシャの選択肢にはなかった。ロビンを見ると困惑しているのか、弓を構えずにハイセを見ている。
逆に、ウルは弓を構えてハイセに向ける。
「死神くん、どうしても戦わないといけないか?」
「俺は、『四十人の大盗賊』を皆殺しにできればそれでいい」
「だったら……今は退いてくれ。どうせ、この子は『銀の明星』から断罪される。クラン追放、実家からの除名が待っている。死より辛い現実が待っているはずだぜ」
「だから?」
ジャキッと、ハイセは自動拳銃をウルへ向けた。
すると、サーシャがウルの前に立つ。
「ハイセ……」
「サーシャ。今言った通りだ。こいつらはシムーンを攫った。そこにいる魔族が、シムーンとイーサンの脳を喰らうんだとよ」
「っ」
「それでも、その片棒を担ぐ連中を守るのか?」
「そ、それは……」
「ロビン。お前もだ」
「う……」
「……チッ」
ウルは舌打ちした。もう、サーシャとロビンは戦えない。
ウルも、一度依頼を受けた以上、投げ出すわけにはいかない。依頼は『セイナを連れてくること』だ。このままだとハイセと戦うことになり、高確率で敗北する。
だが───ウルも、冒険者としての意地がある。
「死神くん……何度でも言う。この子だけは諦めてくれ」
「…………」
ハイセは無言で、自動拳銃をウルに向けたまま引き金に指を添えた。
◇◇◇◇◇◇
ハイセから少し離れた場所で、ホーキンス・チョッパーは床にめり込んでいた。
「…………」
恐ろしい腕力だった。
腕力だけじゃない。身体という『武器』を全てフルに稼働させた拳の一撃は、生身で石壁を容易く破壊する。
妙な飛び道具、そして地面を爆発物に変える能力……それだけじゃない。
序列一位は、人間ではない。
「素晴らしい」
めり込んだ床から顔を抜き、ホーキンス・チョッパーは笑う。
血の一滴も出ていない。貼りつけた笑みが歪んでいた。
そして、ハイセを見て──……一瞬で、目が血走った。
「───なっ」
ホーキンス・チョッパーは見た。
流れるような銀髪。女神の如きスタイル。そして戦神のように佇む少女。
サーシャがいた。
サーシャを見て、ホーキンス・チョッパーは欲情しかけた。
「な、なんだ、あの女神は……!!」
彼は、これまで何人もの女性を愛用の鋏で『切り』、『解体』し、『喰らって』きた。強き肉、美しき肉は絶品であり、ホーキンス・チョッパーの生き甲斐だ。
そして───目の前に現れたのは、ハイセを凌ぐ極上肉。
「お、オォォ……」
ヨダレが止まらない。下半身をモジモジさせ、両手に持つ鋏をジョキジョキジョキと執拗に動かし音を立てる。
その様子に、サーシャが気付いた……サーシャとホーキンス・チョッパーの目が合った瞬間、ゾクリと背筋が震えあがる。
ホーキンス・チョッパーの標的が変わった。
「く、ォホホ……!! 食わせてェェェ!!」
「なっ……」
ハイセ、ウルも同時に反応──……だが、ハイセの背後から現れたシャーレイが、氷の剣をハイセに向かって振り下ろす。
ハイセは自動拳銃の銃身で受け、舌打ちする。
ウルは好機とばかりにロビンへ言う。
「ロビン、離脱する!!」
「え、え」
「目的は達成した。あとはここから離脱するだけだ!!」
ガキン!! と、サーシャの剣とホーキンス・チョッパーの鋏が正面からぶつかり合う。
「くっ、なんだ貴様は……!!」
「素晴らしい!! 素晴らしい!! あなたは最高の肉!! くはははっ!! ぜひ、味わいたい!!」
「サーシャ!! ……ごめんお兄ちゃん、あたしサーシャを援護する!!」
ロビンは矢を番え、最適な狙撃位置を探すためにウルの傍から離れた。
「……ああ、いつまでもガキじゃないもんなぁ。ってわけで──……オレは離脱するぜ」
そう言い、ウルは離脱。
セイナを連れ、ウルは『黒の砦』から脱出した。
◇◇◇◇◇◇
プレセアは、ラスラパンネと剣戟を繰り広げていた。
互いに、姿は透明。
しかし同じ『精霊使役』の能力を持つゆえに、互いの姿が見えている状態だ。
武器も同じ、剣と弓とロッドに変形する『剣弓』だ。だが、モデルが違うのか形状は違う。
プレセアのはロングソードなのに対し、ラスラパンネの剣は双剣。合体し、弓に変形する。
ラスラパンネの剣を弾き、プレセアは距離を取る。そして、一瞬で弓に変形させ、矢を番え放つ──……同じことを、ラスラパンネも繰り出すと、空中で矢と矢がぶつかり落ちた。
「やるじゃない。お姫様」
「…………」
「ふふ、無口なのねぇ」
「あなた、喋りすぎ……ダークエルフ」
ダークエルフ。
エルフ族の特徴は、エメラルドグリーンの髪、瞳、そして華奢な身体と長い耳だ。
五大クランの一つ『神聖大樹』のアイビスは白髪だが、エルダーエルフという始祖のエルフであるが故の白髪。
だが、ダークエルフは違う。
ダークエルフは、『森に嫌われたエルフ』と言われ、魂が濁ることでダークエルフに落ちると言われていた。
プレセアは知らないが、この世界のどこかにダークエルフの国もある、らしい。
ラスラパンネは言う。
「『闇』」
精霊が双剣に纏わりつき、刀身が黒くなる。
対するプレセアは、弓を剣にして刀身を撫でる。
「『光』」
刀身が輝く。そして、ラスラパンネと同時に踏み込み、剣と剣がぶつかった。
光と闇が、互いの力を打ち消し合うことで、弾き合う力が発生する。
そして、互いの剣が弾かれた。
「やるわね。道具を上手く使いこなしている」
「……道具?」
「精霊のことよ。『精霊使役』は、精霊という道具をいかに上手く使えるか、そこに全てがかかっている」
「…………」
「あら、何か言いたそうね?」
「あなた、馬鹿ね」
プレセアは剣を弓に変形させ、矢を番える。
「精霊は道具じゃない。私たちの能力は私たちの声を『精霊』に届けて、お願いする能力」
「違うわね。精霊は道具。能力は、精霊を利用するためのもの」
ラスラパンネも矢を番える。そして、鏃が黒くなり、闇がまとわりつく。
プレセアが使役するよりも濃い『闇』が、鏃を覆い尽くした。
「私の闇と、あなたの光。どちらが強いか勝負しましょう」
「……するまでもないわ」
「あら、諦める?」
「いいえ。私は……お願いするだけ」
プレセアは、ラスラパンネを憐れむように微笑んだ。
「『火』───……『風』」
「えっ」
「『融合』……『炎嵐』」
「なっ……」
火と風。二つの力が矢に集まり、熱を持った竜巻が鏃に纏わりつく。
「ふ、二つの属性を合わせた!? そんな器用な真似を……!?」
「別に、大したことじゃないわ。私はただ、精霊にお願いしただけ」
「……小癪な!!」
互いの矢が放たれ、衝突する。
ラスラパンネの闇がプレセアの『炎嵐』を包み込む──……が、熱を持った竜巻が闇を掻き消し、ラスラパンネの矢を砕き、そのまま一直線に飛んだ。
そして、ラスラパンネの胸に矢が突き刺さると、一気に燃え上がる。
「ギィィヤァァァァァァァァ──ッ!!」
メラメラと、全身が燃え上がるラスラパンネ。
そして、火が消えると、真っ黒焦げになったラスラパンネが崩れ落ちた。
プレセアは、事切れたラスラパンネを眺めつつ、静かに言った。
「闇に身を染めたダークエルフは、見つけ次第狩る……エルフ族の掟よ。恨まないでね」
そう言い、プレセアは一度だけ、ラスラパンネのために祈りを捧げるのだった。





