遅れてきたのは
サーシャ、ロビン、ウルの三人は、『夢と希望と愛の楽園』から北にある、人間界屈指の危険域、最上級難易度ダンジョンの一つ『黒の砦』へ向かっていた。
移動は、ウルが手配した馬車。御者はウルが勤め、御者席の両隣にはサーシャとロビンが座っている。
ウルは、煙草を吸いながら言う。
「確認するぜ。これから確保するのは、『銀の明星』所属の冒険者、ラスタナ子爵家令嬢、セイナだ。こいつと、ラスタナ子爵家次男のアルクが『四十人の大盗賊』の一員で間違いねぇ。アルクは二十二歳にしてS級冒険者。優秀だねえ」
馬車は走る。
その速度は、どう見ても急いでいた。
「アルクはともかく、セイナは必ず確保する。『銀の明星』の幹部であるセイナは必ず生かせとの命令だ。どうやら、セイナはクランの情報を不正に利用して『四十人の大盗賊』の役に立ててたようだ……クランとしては、責任を取らせたいだろうな」
「お兄ちゃん……急いでるのって、やっぱり」
「ああ。『闇の化身』がすでに、奴らの根城へ向かった。しかも一人じゃねぇ・……『金剛の拳』も一緒にいる」
「お兄ちゃんの情報網、どうなってるんだろ?」
「そりゃ秘密だ」
サーシャは言う。
「ハイセが向かったのは、『四十人の大盗賊』の殲滅……」
「それしかないだろうぜ。SS級盗賊団の連中は、見つけ次第殺害してもいいってことになってる。まずいぜぇ? もし『闇の化身』がセイナを殺せば、エクリプスが黙っちゃいねぇ。序列一位、序列二位が揉めるとなったら……考えただけでも恐ろしいぜ」
S級冒険者序列二位『聖典魔卿』エクリプス・ゾロアスター。
サーシャが知っているのは、女性ということ、プルメリア王国で魔法学園を経営する理事長であり、学園そのものをクランとしていること。
序列二位。順位に興味はないが、自分やヒジリよりも上という格付けに、サーシャは不安を感じた。
「さぁてさぁて……間に合えばいいがなぁ」
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「さぁな。はぁぁ~……雇われ傭兵なんて、やっぱオレには合わないかもなぁ」
そう言い、ウルは馬に鞭を入れた。
◇◇◇◇◇◇
ダンジョンに到着すると、ウルはアイテムボックスから弓を取り出した。
サーシャ、ロビンも戦闘態勢。ロビンは言う。
「お兄ちゃんの弓、小さくない?」
ウルの弓は、片手で持てるほど小さい。普通のショートボウよりもさらに小さい特注品だ。
ウルは、弓をロビンに見せながら言う。
「ダンジョン用だ。アイテムボックスにはいろんな用途で使える弓がある。そういうお前は?」
「うぐ……あたしは、これだけ」
ロビンは、いつも使っている愛用の弓を見せる。
「それも悪くねぇがな。ま、オレは恋人が多いってこった」
「変な言い回し。やっぱお兄ちゃんだね」
「……仲がいいな。ふふ」
ロビンとウルのやり取りに、サーシャは少しだけ微笑んだ。
ウルは苦笑し、サーシャに言う。
「サーシャちゃんよ、最優先はセイナの確保だ。最低でも、生かしておけ」
「ああ、わかった」
「ね、お兄ちゃん。『黒の砦』だっけ……ここのどこにいるかわかるの?」
ウルは自信満々に、自分の胸を叩く。
「こう見えて、探し物は大得意。S級冒険者最高の狩人であるオレに任せておきな」
三人は、『黒の砦』に向かって歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
何が起きているのか───……セイナは、荒くなった呼吸を整えるの精一杯だった。
「セイナ、おいセイナ!!」
「っ!!」
兄であるアルクが、セイナの肩を叩く。
仲間であるサーズ、ウルフスも近くまで来た。
「お、お兄ちゃん……」
「どうだ、戦えるか!?」
「う、うん」
真っ青な顔で言うが、セイナはとても戦闘なんてできない。
セイナの能力は『発信地点』だ。マーキングした物の位置を知ることが可能で、普通はオークションに出され落札されたお宝などにマーキングしたりするのが普通の使い方だ。
学園では、能力より事務処理の速さに目を付けられ、会計士として役立っている。
今、目の前で起きている『戦い』には、ついていけなかった。
「ドララァァ!!」
拳を繰り出すヒジリ。そして、その拳を右腕の表皮だけで防御するマッシモリッチ。
マッシモリッチと戦っている間も、『四十人の大盗賊』の構成員たちはヒジリに襲い掛かる……だがヒジリは、狂気を孕んだ笑みを浮かべ、向かってくる構成員たちを殴り殺した。
そう、殴り殺した。
四肢を覆うオリハルコン製の具足には、鋭利な刃物が付与されている。それで顔面や体を殴られ、肉が飛び散り臓物が破壊されていた。
どういう嗅覚なのか……ヒジリは最初に、『聖女』の能力を持つ少女の首を掴み、容赦なくへし折った。おかげで、回復ができず死体の山が築かれていく。
対抗できているのは、マッシモリッチだけだろう。
おそらく、兄であるアルクたちでは太刀打ちできない。いかにカーリープーランの強化があってもだ。
「お、お兄ちゃん……ど、どうしよう」
「どうしようもなにも、戦うしかないだろ。サーズ、ウルフス、いけるか」
「……気乗りしないけどね」
「オレはイケルぜ!!」
「よし……セイナ、お前は下がってろ。行くぜ、サーズ、ウルフス」
狙うのは、ヒジリ。
サーズはナイフを抜き、ウルフスは拳を合わせ、アルクが剣を抜く。
「シャァ!! まずはオレが
ウルフスが走り出した瞬間、ウルフスの足元が爆発───……ウルフスが吹きとび、地面を転がった。
「う、ウルフス!?」
「う、っぐぁ、ォォォォォォッ!?」
両足が膝下から吹き飛び、右腕が肘から消失。腹から内臓が零れ落ち、白目を剥いて吐血していた。
「う、ウルフス!! ウルフス!!」
「ォ、ぉ……」
生きている。
獣人の生命力のおかげだろう。
アルク、セイナは動けない。すると、サーズが翼を動かし飛んだ。
「どうやら、地面を爆破させる能力だね。だったら───……」
サーズが飛ぶ。
そして、アルクに言う。
「アルク、セイナ、援護を」
次の瞬間、ハイセのガトリング砲が火を噴き、サーズの翼が穴だらけになった。
翼だけじゃない。腕、足、腹、胸にも弾丸が突き刺さり、ほとんど身体が引きちぎられていた。
「さ、サーズ……」
アルクの声はしぼんでいく……サーズは頭部に銃弾を受け、すでに事切れていた。
しかも……ガトリングはサーズを狙ったのではない。ハイセと戦うシャーレイ、ホーキンスを狙って放たれていた流れ弾を喰らったのだ。
「あ、あ……」
「動くな、セイナ。いいか、動くな!!」
アルクは歯を食いしばる。
条件は不明だが、動くと爆破する地面。他のメンバーは動いている者も多いことから、何か条件があるはず……と、アルクは考える。
セイナは、震えていた。
涙を流し、震え、足元にはいつの間にか水溜り……粗相していた。
いくら『四十人の大盗賊』の正規メンバーとはいえ、セイナは荒事とは無縁の盗賊だった。盗みたいものにマーキングし、ウルフスやサーズ、アルクが盗む……小悪党のようなものだ。
それが、こんな。
「う、ウルフス……」
ウルフスは、すでに死んでいた。
サーズも、虚ろな目をしたまま死んでいる。
アルクは、地雷の恐怖で動けない。
すると、シャーレイがハイセの蹴りをモロに食らい、物凄い勢いで壁に吹き飛び叩きつけられた。
そして、鋏を振るうホーキンスは、攻撃を軽々と躱され、カウンターの要領で顔面に拳を食らい床に叩きつけられる。
「…………」
そして───ハイセの目が、セイナに向いた。
「ひっ……」
ハイセは大型拳銃を手に持ち、近づいてきた。
アルクが動きかける。だが、ハイセが睨むとビクッと震え、動けない。
動けば爆死。ハイセの目が語っていた。
慈悲はない。ハイセは大型拳銃をセイナに向け───……引金を引いた。
◇◇◇◇◇◇
死んだ。
セイナは目を閉じ、痛みを覚悟し、死への恐怖から再び粗相した。今度は尿だけじゃない、別の物まで粗相してしまったようだ。
が───……痛みが来ない。
「…………ぇ」
ゆっくりと、目を開ける。
そこで見たのは───……輝くような、銀色の髪。
「…………どういうつもりだ」
ハイセの声。
セイナの前に立っていたのは、S級冒険者序列四位『銀の戦乙女』サーシャだった。
サーシャは剣を盾のように構え、大型拳銃の銃弾からセイナを守ったのだ。
「何があったのか、事態はまるで飲み込めない。だが……いまこの子を死なせるわけにはいかない」
そう言って、サーシャはハイセの前に立った。
ハイセは銃を向けたまま、サーシャは剣を構えたまま。
「……お前、こいつが『四十人の大盗賊』だってわかってんのか?」
「わかっている。だが、彼女は『銀の明星』の幹部でもある。ハイセ、お前と『四十人の大盗賊』の間に何があったのか知らないが、この子を殺したら、『銀の明星』が出てくるぞ」
「だからどうした。教えてやる……こいつらは、シムーンを攫って喰おうとしてんだ」
「……なっ‼」
サーシャは揺らいだ。が……次の瞬間、ウルが現れてセイナをローブで包み、自分のアイテムボックスに収納した。
「悪いな『闇の化身』……この子を殺させるわけにはいかんのよ。お前さんも、序列二位のエクリプスを怒らせたくねぇだろ?」
「…………」
「この子は、『銀の明星』に引き渡す。とりあえず、この超希少な生物専用のアイテムボックスに入れておけば、な」
「…………お前ら」
ハイセは、大型拳銃をウルに向けた。
「俺を怒らせるのと、エクリプスとかいうヤツを怒らせるの……どっちがマシか、教えてやるよ」





