黒の砦
黒の砦。人間界屈指の最上級ダンジョン。
現在、最上級レベルのダンジョンは四つ確認されている。
大型魔獣が闊歩する『破滅のグレイブヤード』。
世界中の危険植物が集まる『アカシヤの森』。
一度入ると脱出が困難な天然の迷路『レストレイント大鍾乳洞』。
そして、深き森の中心にある巨大遺跡『黒の砦』。
シムーンは、シャーレイ、フレイズ、バーベナの三人に連れられ、目の前にある砦を見上げていた。
「…………」
「どうだ? 壮観だろう」
シャーレイに言われ、シムーンはハッとする。
黒の砦。漆黒の外壁に囲まれた、ハイベルク王城のような荘厳な建物だ。砦というのに相応しい頑強さが感じられ、入口は鉄の門で守られている。
「最上級ダンジョンの中でも、屈指の難易度を誇る『黒の砦』だ。我々『四十人の大盗賊』の本拠地でもある」
「ダンジョンが、本拠地……」
「ああ。本拠地があるのは、砦の隠し部屋だ。普通に入ればまず到達することはない。入れるのは、我々だけ……ふ、いずれお前にも教えよう」
「……いいんですか。私、いろんな人にお喋りしちゃいますよ」
「すればいい。それに……我々の『ボス』が、お前に『ロック』をかければ、誰にも話すことはできない」
「……ロック?」
「まあ、その名の通りの『枷』だ。詳細は不明だが、ボスの『能力』と思え」
「……能力」
警戒するシムーン。すると、フレイズが言う。
「おいシャーレイ、こんな門の前でお喋りしてねーで、中入ろうぜ。お宝の山分け早くしてーんだよ」
「同感~。ふふん、シムーンちゃん、あんたも加入記念に、何かもらえるかもねぇ」
バーベナがシムーンの頭を撫でるが、シムーンはその手を振り払った。
「わお、反抗的」
「……本当に、このままでは済みません。お願いします、私を解放してください」
「はっ……愚問だな」
シャーレイは嘲笑った。
「序列一位、『闇の化身』が来るだと? それが真実だとして、いつ来るというのだ? 仮に、このダンジョンに乗り込んだところで、我々の所には到達できん。到達できたところで、メンバー三十五人が揃った状態で何ができる? 我々は全員が、S級冒険者に匹敵するか、それ以上の力を持つ。たった一人で何かできるなど、思い上がりも過ぎる」
「…………」
「ま、オレとしてはヤりてぇけどな」
フレイズの手がボッと燃える。
バーベナも、袖から垂れる鎖でチャラチャラ音を立てた。
「…………」
シムーンは、もう何も言わずに肩を落とした。
◇◇◇◇◇◇
シムーンは目隠しをされ、バーベナの鎖で拘束された。
まだ、秘密の通路については教えてもらえないらしい。しばらく進むと目隠しが外される。
「……ぅ」
まぶしい光だった。
天井が高く、室内も相当な広さだ。ただ、周りには何もなく、四方に入口が一つずつある。
室内には、何人もの男女がいた。全員が若く、何やら楽しそうに話をしている。
すると、シャーレイが言う。
「ここは『黒の砦』の隠し部屋、我々は『大会議室』と呼んでいる……四方に入口があるだろう? 一つはボスの部屋に、もう一つは我々の居住区、一つはダンジョンに戻る通路で、最後の一つは宝物庫に繋がっている」
「……こんな場所が」
「なぜ、ダンジョンにこんな部屋があるのかは不明だがな。利用させてもらっている」
すると、一人の紳士が近付いてきた。
年齢は三十後半ほど。ダークピンクのスーツに、腰に太いベルトを装備している。ベルトにはいくつものポケットがあり、そこに差してあったのは全て、シムーンも使ったことのある『ハサミ』だった。
紳士は完璧な一礼をする。
「これはこれは、美しいお嬢さん方……初めまして。ワタクシは『殺戮魔刃』、ホーキンス・チョッパーと申します。以後、宜しくお願い致します。こう見えて、元S級冒険者です」
「元S級冒険者という肩書なぞ、ここでは無意味だと教えておこう。ちなみに、私も元S級冒険者だ」
「これはこれは。フフ……アナタも素晴らしい《肉》をお持ちだ」
ホーキンスの目は、尋常でないほどギラついていた。
そして、大きな欠伸をしながら近づいてくる男が一人。
「やあやあ、挨拶挨拶。おいらはマッシモリッチ。見ての通り『鰐獣人』だよ。きみたちの組織に助けられてねぇ。これからお手伝いすることにした。よろしくね」
見た目は、完全な鰐。
だが、その肉体は頑強そのもの。上半身裸だがとんでもなく分厚い筋肉に覆われている。口を開けると牙がズラリと並んでおり、シムーンは恐怖で青くなる。
「お、きみがオイラたちと同じ『オークション』の商品かい。ふんふん……強そうには見えないけどなあ」
「ひっ……」
マッシモリッチが顔を近づけると、生臭い香りが鼻に突く。
「ふふ、うまそう……そういや、しばらく肉を食ってなかったなぁ」
「……やめておけ。ボスに殺されたくはあるまい」
「おっと。それは勘弁。じゃあ、あっちで挨拶してくるから。またね~」
マッシモリッチは行ってしまった。
ホーキンスも一礼。一人がいいのか、少し離れた場所に移動した。
すると、入口から慌てて駆けこんでくる四人の姿。
「おいおいおい、オレら最後かよ!!」
「前日入りすれば一番とか言ってたじゃん!! ってか前日どころか、当日ギリギリだし!!」
「あーあ……目立ってる。どうすんの?」
「ハハハッ!! まあいいだろ。目立つのはスキだ!!」
シムーンが見たのは、少年と少女、翼の生えた少年、そして狼獣人の少年だった。
慌てたように駆け込み、全員の注目を浴びている。
「あ、シャーレイ。久しぶりじゃん」
「アルクか。ノルマはどうした? 大口を叩いたのだから、新メンバーは連れて来たんだろうな」
「うっぐ……い、痛いところ突きやがる」
「ごめんシャーレイ。お兄ちゃんってば口ばっかりでさー」
「苦労が絶えないな、セイナ」
アルク、セイナの二人は、シャーレイの傍にいるシムーンを見た。
「お、そいつがオークションの商品か?」
「魔族だっけ。あれれ? 肌白いし、ツノないけど」
「っ……」
一歩下がるシムーン。すると、サーズとウルフスがシムーンの後ろに回る。
「普通のヒトにしか見えないけどなー」
「でもでも、強いんだよな!!」
「やめておけ。後にボスに届ける予定だ。と……これで全員か?」
シャーレイが室内を見渡すと、来ていないのは四人だけ。
「ショディケルとジュビーナ。グレイハルトにアディーレ。ペアの連中が来ていないか」
「マジで。ショディケルの野郎どもはいつものことだろ? グレイハルトさんとアディーレさんが遅いのは珍しいな」
「ああ。まぁいい……」
シムーンを入れ、総勢三十名が集まった。
すると───ボスの部屋に続く通路から、気配がする。
アルクは言う。
「ボスか……声しか聴いたことないぜ」
「あたしも。女の人、だよね……」
セイナは緊張しているようだった。
この中で、ボスに直接会ったことがある者は、誰もいない。
シャーレイでさえ、ボスのいる部屋に近づくことができず、声だけしか聴いたことがなかった。
それがなぜ、今になって姿を見せることになったのか。
その答えが──すぐ、目の前にあった。
通路から姿を見せたのは、身長が二メートルほどある大きな女性だった。
「……えっ」
全員が、驚愕した。
アルクたちも、シャーレイたちも、他のメンバーたちも。
中でも、特に驚いていたのは……シムーン。
「この姿で会うのは、初めてねぇ」
女は、身長二メートルほど。
筋骨隆々で、手には黄金の煙管を持っている。
白い髪は大きなお団子にまとめられ、真紅の瞳は優し気に輝いている。
肌は褐色。年齢は四十代前半ほど。煙管を吸って煙を吐くと……その煙は、虹色に輝いていた。
何より目立つのは、側頭部に生えた二本のツノ。
誰かが、ポツリと呟いた。
「ま……魔族」
SS級盗賊団『四十人の大盗賊』のボス、『盗賊の女王』カーリープーラン。
彼女は──魔族だった。
「あたしはカーリープーラン。見ての通り、魔族さ。可愛い子供たち、驚いたかい?」
カーリープーランはクスクス笑う。
そして、視線がシムーンに向いた。
「こうして姿を見せるつもりになったのは、アンタのおかげさ。シムーン」
「わ、私……?」
「お前と、もう一人の片割れ……お前たち、『突然変異体』だね?」
「え……?」
「魔族の突然変異態のことさ。数千万分の一の確率で生まれる特殊個体。存在そのものが奇跡。知ってるかい? ナンセンスの身体は普通の魔族と全く素材構成が異なる。流れる血は万能薬に、内臓は霊薬の素材、脳は食せば魔族の《スキル》を拡張させる。くくっ……お前たちの両親は真正の大馬鹿だ。お前たちを魔界錬金術師に見せれば、ひと財産築けたというのに」
「え、え……」
「お前と、もう片割れは、これまで『四十人の大盗賊』の集めた全ての宝と比べても比較にならないほどの宝。お前と弟の脳を喰らい、アタシのスキルを拡張させれば──ふふ、人間界のお宝は全て、アタシらのモンだ」
シムーンを見る全員の目が、ハイエナのように獰猛になった。
シムーンはブルリと震えた。
「全員、喜びな。ふふ……そいつと、弟が揃えば……もう、怖いモンなんてない。たとえS級冒険者が来ようとも、アタシの『スキル』でお前たちを『改造』できれば、敵じゃないよ」
カーリープーランは、邪悪だった。
すると、シャーレイがシムーンの腕を掴む。
「ボス。殺しますか?」
「ひっ」
「今はダメだ。弟を連れて、二人同時に喰らうとする。それに、内臓や血は霊薬の素材になる。必要な材料も集めておかないとねぇ」
「かしこまりました。では、監禁しておきます」
「そうだね。ふふふ……悪いねぇ、すぐに弟も連れて来てやるよ。さて、次は宝の山分けだね。全員、これまで集めた宝を出し
◇◇◇◇◇◇
次の瞬間───入口が爆発し、黒い何かが転がって来た。
◇◇◇◇◇◇
黒い何かは、シャーレイの近くまで転がった。
よく見るとそれは、人間だった。
かろうじて呼吸している。両腕が肘から消滅し、両足も炭化していた。
アルクは気付いた。
「ぐ……ぐ、グレイハルト、さん?」
名を呼んだ瞬間、黒い何かは事切れた。
全員が、入口に注目した。
コツン──コツン──コツン──と、何かが歩いてくる。
「…………あぁ──いたいた」
それは、黒いコートを着ていた。
右目に眼帯をしていた。
真紅の瞳が、凶悪に輝いていた。
右手で、女の顔面を鷲掴みにしていた。両腕が千切れ飛び、下半身が消失した女の身体だ。散弾銃を近距離で受け、下半身が吹き飛んだようだった。
左手で散弾銃を掴み、肩をポンポン叩いている。
おぞましいほど、恐ろしいほど、狂いそうなくらい凶悪な殺気を放っていた。
「楽しいな」
黒いナニカ──……ハイセは、楽しそうに顔を歪めて嗤っていた。
右手で摑んでいた女の顔面が、べきべきぐちゃっと音を立てて潰れていく。ビクビク痙攣し、ハイセはその身体を放り投げた。
「お前らには、価値がない」
ゆっくりと歩き、散弾銃で肩を叩く。
「よくも……俺の大事なものを、踏みにじったな」
誰も動けない。
S級冒険者序列一位『闇の化身』の殺気に、飲まれていた。
「全員──喰い殺してやる」
 





