本心の言葉
書籍版は8月10日に発売です!!
web版だけの読者様も楽しめるように、いろいろ書き足してあります。
コミカライズも決定していますので、続報をお待ちください!!
「…………ぅ」
シムーンが目を覚ますと、綺麗な部屋だった。
ベッドに寝かせられている。ふかふかなベッドは、自分の部屋や宿屋のベッドよりも遥かに高級品だ。
周囲を見渡すと、なかなか広い部屋だった。
「……ここは」
ベッドにソファ、机、クローゼットと、誰かの私室のようにも見える。
だが、宿屋で働いているシムーンはすぐに理解する。
「宿屋……?」
「正解」
と、椅子に誰かが座っていた。
白い騎士服、制帽、長い白髪、椅子の傍には剣がある。
椅子に座り、足を組んでいる。スカートを履いており、長い脚が組み替えられるだけで威圧感がある。
有り得ない。シムーンはたった今『椅子を確認』したが、間違いなく誰も座っていなかった。
だが、ほんの一瞬目を離しただけで、女性が座っていたのだ。
「あ、あなたは……? それに、ここは……」
「私はシャーレイ。そしてここは『夢と希望と愛の楽園』にある宿の一室だ。覚えているか? お前は、私たちに攫われてここにいる」
「……っ」
思い出したシムーンは警戒する。が……シャーレイは微笑んだ。
「警戒しなくていい。何もしない」
「……私を、どうするつもりですか」
「仲間にする」
仲間にする。
即答で返され、シムーンはポカンとした。
「な……なかま?」
「ああ。魔族の少女シムーン。我々『四十人の大盗賊』の仲間に相応しい……今はまだ未熟だが、私が育てればS級冒険者に匹敵する強さを得ることができるだろう」
シャーレイは、穏やかな笑みを浮かべ、シムーンがいるベッドに近づく。
そして、シムーンに手を伸ばし、頭を撫で……かつてツノが生えていた側頭部に触れる。
「魔族の象徴であるツノ。自分で折ったとはな……」
「……っ」
「魔族は本来、褐色の肌に深紅の瞳、そして頭部に生える二本のツノが特徴だったという。だが……お前は白い肌、一本だけのツノを持って生まれたそうだな。そしてお前の片割れも……まるで分け合うように」
「……だから、なんですか」
「お前たちは『自分は他の魔族と違う』と思うか? だが……我々のボスの意見は違う。それは『お前たちは特別』ということだ」
「と、特別……?」
シャーレイは微笑む。すると、部屋のドアが開き、二人の男女が入ってきた。
「あー美味かった!! やっぱ歓楽街のメシは最高だぜ!!」
赤い髪を逆立てた男、フレイズ。
「ブティックもいいし。いっぱい買っちゃった」
黒髪ショートヘア、ピアスまみれの耳、露出の多い格好をしたバーベナ。
ともにSS級盗賊団『四十人の大盗賊』の正規メンバーだ。
二人はシムーンを見て笑った。
「お、起きたか」
「今更だけどさ~、その子、マジ魔族?」
「……ぅ」
ジロジロ見られ、シムーンはベッドの隅に避難する。
シャーレイは椅子に座り直し、シムーンに言った。
「ああ。とりあえず今はこの状況を理解しておけ。そのうち、お前の弟も連れてくる……そのあとは、我らの仲間に相応しくなるように、鍛えてやろう」
「……イーサンを、連れてくるんですか?」
シムーンは確認する。
すると、フレイズもバーベナもシャーレイも頷いた。
「安心しろよ。傷つけたりしねぇからよ」
「ま、楽な仕事かもね」
「そういうことだ。しばし、不自由するが……「あの」
シムーンは、三人の顔を見て……心配そうに言う。
「その……やめた方がいいです。それと……私を解放した方が、いいと思います」
「はぁ?」
「よくわかりませんけど……私を攫ったということは……きっと、知られています」
「……何言ってんの?」
「多分……取り返しに来ますよ」
「……ほう」
シムーンは、三人を本気で心配しつつ言った。
「ハイセさんを怒らせる前に、私を解放した方がいいと思います」
だが、シムーンのその言葉は、『すでに手遅れ』だった。
◇◇◇◇◇◇
サーシャは、タイクーンと二人でカフェに来た。
手には数冊の本。近くの『貸本屋』で借りた本で、今日は一日、カフェで紅茶を楽しみつつ読書をする予定だ。
タイクーンは言う。
「珍しい。ピアソラとロビンの買い物に付き合うのかと」
「あの二人に毎日付き合うのは疲れるからな……」
「レイノルドと闘技場観戦には行かないのか?」
「それはまた後日。休暇はまだまだあるんだ。お前の読書に付き合うのもいいだろう?」
「構わない。ただし、集中するから静かにしてくれ」
「私が読書中に騒がしくしたことはあるか?」
紅茶を注文し、二人はさっそく読書する。
サーシャは、タイクーンと過ごす時間が好きだった。
もちろん恋愛的な意味ではない。ピアソラやロビンと楽しく買い物したり、レイノルドと二人で闘技場観戦も悪くない。
だが……タイクーンの、下心も無ければ遠慮もない雰囲気が好きだった。
タイクーンは、サーシャに恋愛感情は持っていない。確実に断言できる。
サーシャも同じだ。頼れる仲間であり、一緒にいると安心する。
だからこそ、同じ場所で、無言で読書をするのにはもってこいのパートナーであった。
「「…………」」
しばし、紅茶のカップがソーサーに触れる音と、本のページをめくる音だけがした。
数時間後、タイクーンは本を閉じる。
そのまま無言で手をあげ、店員を呼ぶ。
「紅茶のおかわりを。そちらの彼女にも」
「かしこまりました」
サーシャのぶんもおかわりを注文。
サーシャは本を閉じる。
「気が利くな、ありがとう」
「気にするな。それより……サーシャ、ここのクランマスターに挨拶は行かないのか?」
「メリーアベル殿か。もちろん行くつもりだ。というか、すでに面会の申請は出している。数日中には───……」
そう言った瞬間、サーシャの背後に現れた女が、サーシャの両脇から手を伸ばし、豊満な胸を鷲掴みにした。
「だぁ~れだっ?」
「っひぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「っ」
不意打ちにサーシャは女の悲鳴を上げ、その声に驚いたタイクーンがビクッと震えた。
サーシャは不届き者に肘を食らわせようとしたが、サーシャの胸から手を放すと、するりと移動……サーシャとタイクーンの席の、空いた椅子にストンと座った。
「ごめんなさいねぇ? 驚かせちゃったわぁ~」
「め、めめ、メリーアベル様!?」
「……この方が」
蜂蜜のような髪、桃色の瞳、サーシャ以上に豊満な身体、露出の多いドレス。
五大クランの一つ『夢と希望と愛の楽園』の総支配人が、サーシャたちの前にいた。
サーシャは顔を赤くし、胸を押さえて言う。
「お、お戯れは、その……」
「ごめんなさいねぇ~? ふふ、ちょっと驚かせたくって♪」
「……クランマスターが、わざわざ何の用で?」
タイクーンが言うと、メリーアベルは少し困ったようにほほ笑む。
「サーシャちゃんの面会申請を見たっていうのもあるけど……ちょっと忠告にねぇ」
「忠告、ですか?」
「ええ。あのね、今ちょっとだけ問題児さんたちがクラン内にいるの。まぁ、ここで問題を起こせばどうなるかわかっているから何もしないけど……サーシャちゃんたち、気を付けてね?」
「問題児? あの、それはどういう」
「ん~……それは言えないの。何もしなければ、みんな私の大事なお客様だしねぇ。とりあえずの報告でした~♪ ね、ね、ところでお二人は恋人? 読書デートとか素敵ねぇ♪」
「ボクとサーシャはそういうのじゃありません」
タイクーンの完全否定。照れもドモることもない、事実のみを淡々と言う。
「あらそう? ふふふん。ね、二人は美術品に興味ない? 私のコレクションを見にくる? サーシャちゃんたちなら、非公開エリアに案内しちゃう~♪」
「美術品。面白そうだな……どうだ、タイクーン」
「興味はある。だが、今日は読書の時間を」
「大昔の古文書とか、すっごく面白いけど~」
「何をしているサーシャ、行くぞ」
タイクーンは立ち上がる。するとメリーアベルがその腕に抱き着いた。
胸を押し付けているが、タイクーンは一切反応しない。
「あらぁ~? あなたにも私の色気が通じないのねぇ。たま~にいるのよ、あなたみたいな子。私の仲間もみんなそうだったわぁ……だからこそ、本気の恋ができるんだけど、ネ♪」
「さ、行きましょうか。さぁさぁ」
タイクーンはもう古文書にしか興味がないように見え、サーシャは苦笑するのだった。
そして、一度だけ考える。
「……問題児、か。どこかで何かが起きている、ということか?」
少しだけ考えたが、すぐに考えるのをやめて、歩き出しているメリーアベルたちを追った。





