拷問のやり方
「退屈だ」
歓楽街からほど近い、どこにでもありそうな普通の町のオープンカフェ。
そこに、二人の男女がいた。
男は退屈さを隠そうともせず、椅子に寄りかかり大きな欠伸をしている。
女は何も言わず、暇つぶしなのか羊皮紙に絵を描いていた……絵といっても、落書きのような……女の近くに座っていた、禿げ頭の中年男性の絵だ。
男は言う。
「なぁ、どうする? こんなフツーの町に、オレらの仲間になれるやつなんているワケねー」
「……じゃ、どうすんの? ノルマ二人……『四十人の大盗賊』のメンバー補充。全員揃わないと、次の盗みができないじゃん」
女の意見に、男は「だよなぁ~」と欠伸をして呟く。
黒いボサボサの髪。ブラウンの擦り切れたジャケットを着ている。外見はどこにでもいそうな格好だが、男は『四十人の大盗賊』の一人、『大鎌』のショディケルという戦闘員。
女は、神官のようなローブを羽織っているがボロボロだ。ローブの中は派手なシャツとスカートを履いており、耳には大きなイヤリングが付いていた。
彼女は『三種魔法』のジュビーナ。ショディケルと同じく、戦闘員の一人である。
「とりあえず、仲間は集められませんでしたー……で、集合場所行くか」
「それしかないじゃん。ま、どうせ他の連中も似たようなモンでしょ」
特に悪びれることなく、二人はケラケラ笑いあった。
そして───……そんな二人のいるテーブルに、一人の少女と少年が近づいて来る。
「アンタら、『四十人の大盗賊』ね?」
「あ?」
「は?」
ヒジリ。
ヒジリは言う。
「うん、プレセアの言う通りね。コイツら、小声で話してたみたいだけど、アンタの『精霊』はちゃーんと聞いてたみたい。どうする?」
誰かに話しかけている。
ショディケル、ジュビーナの表情が変わり───……。
「───っごぁ!?」
ヒジリの手が、ジュビーナの喉を掴んだ。
そして、掴んだままヒジリはどっかり座る。
「騒ぐとへし折るわよ」
すると、ジュビーナの首に『首輪』が巻かれる。
ヒジリが能力で作った『オリハルコン製の首輪』だ。
ジュビーナの顔が青くなり、ショディケルが何かをしようと手を動かした瞬間。
「……騒ぐと、刺す」
イーサンがショディケルの背後に回り、籠手から伸びた仕込みナイフが、ショディケルの首にチクッと刺さった。
「……チッ。詰んだなこりゃ」
「わかってんじゃん。じゃ、移動しよっか」
ヒジリはニッコリ笑い、立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇
ヒジリたちが向かったのは、町から少し離れた場所にある廃屋。
ボロい椅子、テーブル、暖炉、破けた毛布などがある、小屋だった。
ショディケルたちは、ヒジリが金属で生成した拘束具を手、首に巻き付け、椅子に座らされる。
ヒジリは「ぼろいし、補強しておこっと」と、ボロボロの椅子を金属で補強する。
ショディケルは、フンと鼻を鳴らした。
「で? オレらを捕まえてどうするんだ? もしかして入団希望か? そんならこんな真似しなくても───……」
次の瞬間、イーサンがショディケルの顔面を殴った。
「どこだ」
「っぶふ……ってぇなぁ。なにがだよ?」
「姉ちゃんはどこだ!!」
ショディケルは、ニヤニヤしながらイーサンを見る。
「知らねぇよ。ばぁ~か」
「ッッッ!!」
「やめな。こーいうの、痛めつけてもずーっと笑ってるタイプだから」
ヒジリがイーサンの手を掴んで止める。
そして、ジュビーナが気づいた。
「あんた、S級冒険者『金剛の拳』だね? なーんか見たことあると思った」
「お、知ってる? なら、抵抗しても無駄ってわかるわね」
「かもね。アタシらも『四十人の大盗賊』の戦闘員だけど、実力は下から数えた方が早いし。ま、かないっこないわ」
ジュビーナはあっさりあきらめた。
そして、ニッコリほほ笑む。
「ね、取引しない? あたしらが持つ情報は全部あげる。だからさ、逃がしてちょーだい」
「お、いいなそれ。オレからも頼むぜ」
「…………」
ショディケル、ジュビーナ。
ニヤニヤと、何を考えているのかわからない笑みを浮かべていた。
どこまで本気なのか。だがヒジリの答えは最初から決まっていた。
「ま、どうするかはアタシが決めることじゃないわ。ただホントのこと話さないと、たぶんアンタら死ぬわよ」
すると───……小屋のドアが開いた。
入ってきたのは、顔を真っ青にしたクレア、表情を殺したプレセア。
そして───手にバケツを持つハイセだった。
「遅くなった」
「ん。ね、コイツら情報くれるって言うけど……どーする?」
「その情報が本物かどうか確認する術がない」
バケツを、ショディケルとジュビーナの近くに置くハイセ。
「「っ!?」」
二人は驚愕した。
バケツの中には、大量の、さまざまな『害虫』が入っていた。
ハイセはイーサンに言う。
「イーサン。一つ、教えておく。相手から情報を引き出すために行う拷問は、いかに相手を長く苦しませるかにかかってる。相手が心の底から絞り出した『本音』を聞き逃すな」
「お、おい……お前、何する気だ?」
「ね、ねぇ……その虫、な、なに?」
「人間は痛みに慣れると耐性が付く。意外にも痛みには強いんだ。だから与えるのは快感か、嫌悪感。こっちは慣れるのに時間が必要だ」
「は、はい」
ハイセはここに来て一度も、ショディケルとジュビーナを見ていない。
当たり前を語るように、イーサンに授業をするように語っている。
そして、ようやくショディケルを見た。
「───っ」
ショディケルは、ハイセの目を見て怖気が走った。
自分を見る目が、モノを見るような、人形を見るような、何の感情も籠っていない。
「質問。『四十人の大盗賊』の本拠地は」
「お、オレらの本拠地はダンジョンだ。歓楽街から北にある、人間界では屈指の難易度を誇る『黒の砦』だ。その中層にある『大食堂』が本拠地なんだ……そ、そこまで行くのはS級冒険者でも難しいからな。しかも、大食堂までの道は、『四十人の大盗賊』の正規メンバーしか知らねぇ」
「…………」
ハイセは、ムカデを一匹掴み、ショディケルの耳の穴に近づける。
「質問。『四十人の大盗賊』の本拠地は」
「う、嘘じゃねぇ!! ま、待て、おい、やめ!!」
ハイセは、ショディケルの耳の中にムカデを入れた。
「質問。『四十人の大盗賊』の本拠地は」
「っぐぁぁx!? っひ、っき、ぅあぁぁ……」
そして、ショディケルの髪を掴み、顔を近づける。
「質問。『四十人の大盗賊』の本拠地は」
◇◇◇◇◇◇
数時間後。
小屋の外に出ていたヒジリたちは、少し離れた場所でテントを張っていた。
すると、ハイセが小屋から出てきた。
「終わった」
何の感情もなく、それだけ言う。
「あ、あの……二人は?」
「殺した。聞きたいことは全て聞いたしな」
ハイセはアイテムボックスから火種を取り出し、小屋に投げた。
そして、小屋が一気に燃え上がる。
「さて、情報の整理をするか」
「「「「…………」」」」
燃え上がる小屋に興味をまるで持たず、ハイセは四人に言う。
イーサンは、ごくりと唾をのむ。そんなイーサンに、ヒジリは言った。
「あれが、非情に徹したハイセね。見てわかりにくいけど、『四十人の大盗賊』を完全な敵と認識してる。そこに情もない。やるべきことをやったら始末する……」
「…………」
「たぶん、『四十人の大盗賊』のメンバーが子供でも、命乞いをしても、ハイセは殺す。本当に、『四十人の大盗賊』はアホなことしたわね……正直、こんなハイセ見たくないし、敵に回したくないわ」
プレセアも、クレアに言う。
「完全にキレてる」
「は、はい……」
「クレア。あなたに言っておく」
「え?」
「仮に『四十人の大盗賊』の正規メンバーが子供で、命乞いをしてもハイセはきっと殺す。その時、あなたは『可哀想だから』とか『見逃してあげてください』とか言うかもしれない。でも……そんなことを言ったらきっと、ハイセはあなたを置いていくわよ」
「…………」
「ハイセはもう決めてる。シムーンを攫った『四十人の大盗賊』は全員殺す。その理由が何であれ、誰であろうともね。あなたも忘れないことね……敵の手にはシムーンがいる。情けをかけて、甘さを捨てなければ、傷つくのはシムーンよ」
「…………」
プレセアはそれだけ言った。
クレアはきっと、プレセアに言われなければ……もしかしたらわからなかったかもしれない。
「シムーンちゃん……」
そして、クレアは拳をグッと握りしめ、燃え盛る小屋を見つめた。





