セイクリッドの休暇
「では、こちらが納品分の『トール・クイン・ビー』の蜂蜜です」
「おお!! ありがとうございます。いや~、これだけ上質な蜂蜜を採取するには『トール・クイン・ビー』の蜂蜜を狙うしかなくて……ここの冒険者たちにも依頼を出したのですが、み~んな受けてくれなくてねぇ。思い切ってハイベルグ王国に依頼を移動させたら、あんたたちが……あの『セイクリッド』がやってくれるとは!」
歓楽街『夢と希望と愛の楽園』・第一区画『カフェ・ストリート』にある有名な喫茶店、『カフェ・ドゥ・ミーツ』。
他国にも支店がある有名カフェで、この歓楽街にあるのが本店だ。
「終わったねー……というか、すっごく寄り道したい!!」
第一区画『カフェ・ストリート』は、世界各国にある様々な文化のカフェが揃った憩いの場。区画の七割がカフェで、他にも貸本屋なども並んでいる。
ワクワクするロビン。周囲を見て目を輝かせている。
いつもは諫めるタイクーンも、貸本屋のそばを通るたびに視線が泳ぐ。
「まず、宿にチェックインだ。依頼は完了したが、ここは『夢と希望と愛の楽園』のクラン内……ギルドはないから、休暇を終えてからの報告になるが。まぁ、依頼自体は完了しているし、依頼主もギルドに報告するだろう。ボクらの依頼失敗と処理されることはないはずだ」
なんとかそう言い、五人は滞在場所となる宿屋へ。
まるで異国の宮殿のような、クラン内でも特に高級な宿屋へ到着した。
「「おおおおお~!!」」
「これは……すごいな」
興奮するピアソラ、ロビン。
宮殿のような宿屋を見渡すサーシャ。
異国風建築。ハイベルグ王国とは文化が違う。絨毯の柄、装飾品はもちろん、宿屋の真ん中に噴水があり、どういう仕掛けなのか水が七色に輝いていた。
歩く宿泊客たちも、異国の人たちばかり。人間はもちろん、獣人や翼人などの亜人種族も多い。
「来るもの拒まず。楽しい時間をともに……それがこのクランの方針だ。人間だろうと亜人だろうと、このクランで楽しむ時は、皆同じ……っおお!?」
「サーシャ!!」
タイクーンがしみじみと言うと、ピアソラが「邪魔だボケ」と言わんばかりに突き飛ばしサーシャの正面へ。
「ここ、地下に温水プールがあるみたいなの!! くふふ、水着もいっぱいあるらしいから、あとで泳ぎましょう!! あ、男どもは来ないように!! サーシャの水着姿は私だけのもの!!」
「なんだそりゃ。男なら行くよな、タイクーン」
「興味ないね。それより、ボクは来る途中に見かけた貸本屋が非常に気になる。それにあのカフェ・ストリート……香りでわかった。ボクの知らない異国の紅茶を出す店も多い……ふふふ、読書をしながら紅茶を楽しむというのもいい」
「お前それでも男かよ……ったく」
「ね、早くチェックインしようよー」
ロビンにせかされ、サーシャが代表してチェックイン。
ピアソラが一切妥協しなかったので、最上層にあるスイートルームを五部屋、ひと月分の料金を支払う。
カギは冒険者カードだ。宿にある専用の魔道具にカードを通すと、それ自体が鍵となる。冒険者カードなら無くすことはまずないし、ありがたい仕様だった。
部屋に行く前に、宿の隅に移動……サーシャが言う。
「それでは、これより三十日の休暇となる。各々、好きな時間を過ごしリフレッシュしてくれ。気になることや、何かトラブルがあった場合、私のところへ報告を」
「おう、わかったぜ」
「了解した」
「はぁ~いっ!! んふふ、サーシャとプール……サーシャの水着……きわどい水着……ポロリ」
「ほーい。ね、サーシャ、あとでお茶しに行こうねっ!!」
こうして、チーム『セイクリッド』の休暇が始まった。
◇◇◇◇◇◇
部屋に入ったサーシャは、豪華な内装の部屋に驚いた。
「すごいな……広いし、キレイだ」
ハイベルグ王城にある来賓室よりも立派だった。
寝室に向かうと天蓋付きベッドがあり、浴室も広い。
サーシャは、ふかふかな最高級ソファに座り、大きく伸びをした。
「休暇か……何をしようかな」
仲間たちは、それぞれ考えている。
レイノルドは『第二区画・飲み屋街』で酒を飲もうと計画。タイクーンは『第三区画・古美術ストリート』で古物や古本などを漁る予定。ロビンはこの『第一区画・カフェストリート』で食べ歩き。ピアソラは『第四区画・ショッピングモール』で化粧品や服を買うらしい。
サーシャは、テーブルの上にあった『夢と希望と愛の楽園マップ』に手を伸ばす。
「ほう、このクランは全七区画あり、来た者すべてを楽しませる楽園となっている……ん?」
サーシャは、『第五区画・闘技場』というエリアに目を向けた。
「なになに……鍛え抜いた力で最強を目指せ。冒険者の熱き戦い、挑戦者募集……」
それは、冒険者同士を戦わせる専用の闘技場。
冒険者同士の私闘は厳禁だが、決闘は許可される。だが、決闘にはギルドマスターの承認や、国の許可が必要だった。
が、この『夢と希望と愛の楽園』では例外。
クランマスターであるメリーアベルが、特別な許可をもらい、めんどうな決闘の申請を全て省き、冒険者資格さえあれば誰でも参加できる。
「……面白そうだな。参加するのではなく、観戦するのも悪くない」
と、マップをテーブルに置くと、いきなりドアが開いた。
「サーシャ!! プール、プールに行きましょう!! んふふ、水着も用意してありますわ!!」
「ぴ、ピアソラ……びっくりした。ドアを開けるときはノックをだな」
「水着!! ささ、行きましょ!!」
「わ、わかったわかった。水着……って、なんだこれは」
ピアソラが持っていた水着は、どう見ても『紐』だった。
◇◇◇◇◇◇
宿の地下に、とても広い温水プールがあった。
丸形のプールがいくつもあり、水着を着た男女が仲良く並んではおしゃべりをしたり、ビーチチェアに寝転んで昼寝をする男性や、マットを敷いてうつ伏せになる女性。
シャンデリアがキラキラ輝き、プール内は神秘的な輝きに包まれていた。
この場にいる女性は、全員が美人に分類される。人間だけじゃない、獣人や亜人たちもプールで楽しみんでは笑顔を振りまいている。
男性たちは、水着の美女たちを見て笑みを浮かべていたが。
「むぅぅ、不埒な視線、不埒な視線!! サーシャは私が守りますわ!!」
「ピアソラ、騒ぐと目立つよ~?」
ピンクのワンピースを着たピアソラ、タンクトップビキニのロビンがサーシャを守るように前に立つ。
そして、白を基調としたビキニを着て、腰にパレオを巻くサーシャは、どこかもじもじしていた。
「や、やはり……胸を見せすぎじゃないか? ロビン」
「ピアソラのよりましでしょ? 紐のがよかった?」
「そ、それは嫌だ」
「じゃあよし!! お、いたいた」
サーシャの登場で、プール内にいた男性の六割以上が、サーシャにくぎ付けとなった。
すると、鍛え抜かれた身体を見せつけるように、レイノルドが出迎える。
「おう、場所取っておいたぜ」
「……なんでボクまで。ボクは読書をしたいと何度も言っただろうが」
タイクーンもいる。タイクーンは水着ではなく、シャツにハーフパンツというスタイルだ。
どうやら、レイノルドが無理やり連れてきたらしい。
サーシャが前に出て、髪をかき上げながら笑みを浮かべて言う。
「すまないな、レイノルド。場所取りを任せてしまって」
「……お、おう」
「? どうした、顔が赤いぞ」
「いや~……まぶしいね、サーシャ」
「…………む!?」
視線に気づき、サーシャは顔を赤くして何故かタイクーンの背に隠れた。
一方、普段と何ら変わりのないタイクーンは、サーシャに言う。
「泳ぐなら好きに遊んでくるといい。ボクはここで荷物を見ている」
「よーし!! サーシャ、レイノルド、ピアソラ、あそぼっ!!」
ビーチボール片手に、ロビンがプールに飛び込んだ。
「行きますわよ、サーシャ!!」
「お、おい!?」
サーシャの手を引き、ピアソラもプールに飛び込む。
「ワリーなタイクーン、荷物頼むぜ!!」
レイノルドもプールに飛び込むと、ロビンが投げたボールが顔面に直撃する。
「やったなこのっ!!」
「あははっ!! くらえピアソラっ!!」
「うぶっ!? いったぁぁ……おのれロビン!! サーシャ、やりますわよ!!」
「ふ……面白い!! 行くぞ!!」
ビーチボールでのドッジボールが始まった。
そんな仲間たちの様子を見ながら、ビーチチェアに座り読書をするタイクーン。
「やれやれ……子供の集まりだな。まぁ、休暇だし文句っぶふっ!?」
サーシャの投げたビーチボールが高速で飛び、タイクーンの顔面に直撃するのだった。
 





