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早朝。
ハイセはリボルバーをクルクル回転させ、手元から消す。
地面に転がるクレアは、暴徒鎮圧用ゴム弾を全身に食らいボロボロの状態でハイセを見た。
「う、うぐぐ……」
「今日はここまで。治療はどうする?」
「……お、お願いします」
クレアが悩みつつ言うと、傍で待機していたラプラスがススーッとクレアの近くへ。
両手を合わせ、天に祈りを捧げると……クレアの身体が淡く輝き、傷が癒える。
ラプラスはペコっと頭を下げた。
「治療完了です。ではでは、治療代を」
「うう……お金が消えるぅ。というか、なんでラプラスさんは毎朝来るんですか……?」
「神が言うのです。『金になる』と」
つまり、ハイセとの早朝訓練でボロボロになるクレアを治療するために、わざわざ来るのだ。
クレアとしては、ボロボロの身体で『教会』が管理する治療院に行かなくて済むのだが。
ハイセは言う。
「動きは悪くない。俺の銃弾の速度にもある程度対応できるようになっている」
正直、弾丸を躱し、叩き落されるとは思わなかったハイセ。もちろんゴム弾なので威力も低いし、弾速も速くはない……が、クレアは順調に成長していた。
だが、まだまだ甘い。
「とりあえず、風呂に入ってこい。そのあとは飯だ」
「はい!! ラプラスさん、一緒に入りましょう!!」
「結構です」
「即答!? ま、まあいいですけど……」
クレアは宿の浴場へ。
ハイセは汗一つ掻いていない。ラプラスは、早朝訓練を見学していたフェンリルをもふもふしつつ、ハイセに聞く。
「ダークストーカー様。わたしの朝食はありますか?」
「……シムーンなら用意してるだろ。ちゃんと飯代払えよ」
「当然です。神は言っています……『美味い飯には金を払え』と」
「意味わからん」
ハイセは、ラプラスと一緒に宿へ。
一階にある食事スペース。ハイセの指定席に座ると、キッチンからいい香りがしてきた。
ベーコンの焼ける香り。スープの香り。パンの焼ける香り……そして、シムーンの鼻歌。
それらを堪能しながら、ハイセは席にあった新聞を広げ、当然のように相席するラプラスは両手を合わせて祈りを捧げていた。
それから十分後……風呂上がりのクレアが、ラフな格好でハイセたちの前へ。
「あ~、気持ちよかったです!!」
「む……クレアさん。神の見立てですが、胸が大きくなりましたね……」
「え!?」
クレアの胸元をジッと見るラプラス。そして、慌てて胸を隠すクレア。
クレアは、そろ~っとハイセを見て聞いた。
「あの、師匠……お、おっきくなりましたか? 私の胸」
「知るか」
ハイセは完全無視。新聞から視線を逸らさず適当に答える。
すると、キッチンのドアが開き、シムーンが食事のプレートを運んできた。
「朝食でーす。お待たせしましたー!」
「やったあ!! お、シムーンちゃん特製のジャム。私、これ大好きです!!」
「神は言いました……『パン、おかわり用意しといて』と。では、頂きます」
「…………」
これが、最近のハイセの早朝。
クレアはともかく、ラプラスも加わり、朝から何とも騒がしい。
以前の、主人が作った食事を、無音の中一人で食べていた時とはまるで違った。
朝食では、今日の依頼を何にするか? クレアはハイセに言う。
「私、今日は討伐依頼を受けます」
「……ああ」
「ふむふむ。クレアさん、私も同行して構いませんか?」
「いいですけど……チーム『スカーレット』のお仕事はいいんですか?」
「ええ。実は『スカーレット』のリーダー、ヒノワさんが、しばらくクラン運営の方で忙しくなるので。セキさん、アカネさんはそのお手伝いをするそうです」
「え? クラン運営って……サーシャさんたちは?」
「チーム『セイクリッド』として依頼を受けるそうです」
「あ、そういえばそんなこと言ってたかも……そのあとは休暇でしたっけ」
「ええ。クラン内でも、チーム『セイクリッド』の人たちは働きすぎだと問題になりまして。A級チームたちが結束してクラン運営をするそうですよ」
「へえぇ~」
「サーシャさんたちがいない状況を想定したクラン運営の勉強にもなるし、いい機会だとか……あ、パンのおかわり」
「は~い」
ラプラスは、パンをモグモグ食べシムーンにおかわりを要求。
クレアは、ベーコンを食べながら言う。
「『夢と希望と愛の楽園』かぁ~……世界最大の歓楽街にして、五大クランの一つ。総支配人でありS級冒険者『愛美性女』メリーアベル様……絶世の美女と呼ばれるお方。お会いしてみたいなぁ~」
「…………詳しいな」
「えへへ。私の故郷から割りと近いので」
クレアの出身は氷結国フリズドだ。
そういえば、クレアの生い立ちや過去など、何も知らない。
自分のタイミングで話せとは言ったが……もしかしたら、忘れているのかもしれない。
「ね、師匠……」
「行くなら一人で行け」
「な、何も言ってないのにぃ……」
私たちも休暇で行きません? と言おうとしたクレア。当然だがハイセは拒否。
ラプラスは、パンをほおばりながら言う。
「休暇……ふむ、神も言っています。『歓楽街で遊ぼうぜ!』と……行くのでしたら、ぜひ私も」
「お前の神、俗っぽっすぎるぞ……とにかく、行くなら二人で行け」
「「えぇ~」」
「うるさい。シムーン、紅茶」
「はーい」
シムーンに紅茶を淹れてもらい、食事のプレートを下げて新聞を開く。
すると、一つの記事に目が留まった。
「『四十人の盗賊たち』、ディザーラ王族管理の宝物庫に侵入……ほほう、出ましたか、SS級盗賊団が」
ラプラスが、いつの間にかハイセの隣に移動し新聞をのぞき込んでいた。
ハイセはうっとおしそうに睨むが、ラプラスは無視。
「アリババ……窃盗のためなら手段を選ばない四十人の盗賊団。一人一人がS級冒険者クラスの戦闘力を持つそうですよ」
「…………」
「かつて、二百人ほどが住む小さな村に安置されていた碑石『ブルーライト』を盗むために、村人全員を殺害……死体をすべて吊るし、『アリババ参上』とメッセージを残したそうです。ちなみに『ブルーライト』は、Sレート級魔獣の『核』だったそうです」
「お前、詳しいな」
「ええ。噂話を集めるのが趣味なので」
ハイセは新聞を閉じ、紅茶を飲み干した。
「さて、仕事に行くか」
「あ!! 私も一緒に行きます。待って待って」
「では私はパンのおかわりを……」
ハイセはシムーンに言う。
「シムーン。晩飯頼む」
「はい。クレアさんもですね」
「よろしくお願いしますね」
「では私も……」
「お前は帰れっつの。全く」
パンを食べるラプラスを放置し、ハイセはずっと黙って新聞を読んでいる主人の元へ。
「延長一か月。朝食、新聞、紅茶付きで」
「私もお願いします!!」
「……はいよ」
支払いをして、裏庭へ。
裏庭では、イーサンが腕立て伏せをしていた。背中にはフェンリルを乗せ、大汗を流している。
「にひゃく、にじゅう……っ!! ぁ、あれ? ハイセさん、クレアさん……」
「精が出るな。そのまま続けていいぞ」
「イーサンくん、すごく頑張ってますね……私も負けられません!!」
「えへへ……お仕事ですか?」
「ああ。行ってくる」
ハイセはフェンリルを撫でると、「くぅん」と嬉しそうに鳴く。
「お二人とも、気を付けて!!」
イーサンに見送られ、ハイセとクレアは冒険者ギルドへ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
クラン『セイクリッド』正門には、大きな寝台馬車とチーム『セイクリッド』の五人が揃っていた。
サーシャは、全員に確認する。
「皆、準備はいいな?」
「うん!! いざ、歓楽街へ!!」
ロビンがウキウキしながら言うと、ロビンの頭をレイノルドが軽くたたく。
「アホ。その前に『トール・クイン・ビー』の討伐だっつの」
そして、タイクーンが眼鏡をクイッと上げて説明する。
「討伐レートはS+級に下がったはずだ。繁殖期を終え、働きバチたちもその身を休めているだろう」
「ふふふ……狩り時ですわね」
ピアソラがにやりと笑うと、少しだけロビンが悲しそうに言う。
「でもさ……ハチたちも、赤ちゃん産むために頑張ったんだよね。それが終わるのを狙って倒しに行くの、ちょっと罪悪感あるよね……」
「言っておくが、幼虫がふ化したら働きバチたちはまた動き出す。幼虫は蜂蜜を食べ、働きバチたちは次の繁殖期までに自分たちと女王バチのために『栄養』を確保する。その栄養源が何だかわかるか? そう、人間だ。過去に、『トール・クイン・ビー』の軍勢が襲来し、小さな村がいくつも消えたなんて話もあるぞ」
「……やっぱ退治しよ。うん」
タイクーンの話を聞き、ロビンはウンウン頷いた。
サーシャは言う。
「では、討伐依頼を済ませようか」
五人が寝台馬車に乗ると、馬車はゆっくり動き出した。
チーム『セイクリッド』の討伐依頼、そして休暇が始まった。





