冒険者専用銀行
ある日。
ハイセは、討伐レートS+級の魔獣、『ゼノンタイガー』を解体場へ卸す。
解体場のリーダーであるデイモンが、タイガーの頭をポンポン撫でながら言った。
「ほぉ、今日はいい感じだな」
「口空いたところで一発。強さは大したことなかったけど、依頼の内容に『毛皮は傷付けるな』ってあったからな。少しだけ苦労した」
「ははは。こいつの毛皮を飾りたいっていう道楽貴族の依頼か。ふーむ……毛皮は大丈夫そうだが、頭蓋骨に亀裂が入ってるな」
「それくらいは勘弁してくれよ……」
「わかってる。こいつの骨を標本にして飾りたいってヤツもいる。依頼じゃないがな……どうだ? 骨、売るか?」
「いいよ。骨なんていらないし……美味いダシでも出るなら別だけど」
「出ない出ない。じゃ、骨も売却……ん、どうしたお嬢ちゃん」
「い、いえ」
同行していたクレアの顔色がやや悪い。
勉強のためにとS+級の魔獣討伐に同行したが、やはりS級以上の魔獣が放つ威圧感にアテられたのか、ずっと緊張しているクレアだった。
ハイセは言う。
「最初に比べたら成長してる。ビビッて漏らすこともなかったしな」
「わわわ!! し、師匠それ言わないでっ!!」
「ははは。仲いいな。麗しの師弟愛ってやつか?」
「…デイモンさん。素材代」
「はいよ。ほれ、あっちで入金するぞ」
素材のリストを確認し、冒険者カードに入金。
ハイセは、クレアにも冒険者カードを出すように言った。
「え? わ、私の?」
「お前も戦っただろ」
「そそそ、そんな馬鹿な!? 何もしてないです!!」
「剣は抜いた。戦う意思は見せた。あの虎、お前も敵と認識した。おかげで、ほんの少しだけ注意がお前に向いて、その間に仕留められた……報酬をもらう権利はある」
「でもでも、倒したのは師匠……」
「もらっときな。ひねくれハイセがこうまで言うんだ」
「デイモンさん、ひねくれは余計だって」
「……あう」
クレアはおずおずと冒険者カードを出す。ハイセはデイモンに渡すと、そのまま魔道具にカードを入れて入金……金貨二百枚ほどクレアの口座に入金された。
「に、二百……お、多くないですか?」
「普通だろ」
「牙五本分ってところだ。ははは、S級にもなると金銭感覚が狂うぜ」
カードを返すと、クレアは宝物を受け取るように、大事に胸にしまう。
「師匠、ありがとうございました!!」
「ん」
「ははは。おいハイセ、今夜どうよ? 一杯やるか?」
「いいよ。クレア、お前はどうする?」
「お供します!! ───あ、その前に……師匠、ちょっと一緒に来てほしいところが」
クレアはおずおずと、人差し指をちょんちょん合わせ、上目遣いでハイセを見た。
◇◇◇◇◇◇
王都の中心地、というか冒険者ギルドの真正面にある大きな建物。
冒険者専用の銀行。ハイセ、クレアは建物を見上げていた。
「お前、金くらい一人で下ろせよ」
「その、来た事ないし、下ろしたこともなくて……手持ち、なくなったんですけど、下ろし方とかわからないし……師匠なら」
「……ったく」
冒険者専用銀行。
その名の通り、冒険者専用の銀行だ。討伐した魔獣の素材の買い取り金や、依頼の達成報酬など、この銀行に振り込まれる。
現金で持ち歩く冒険者も多いが、クランやA級以上の冒険者は、冒険者カードに入金することが多い。
冒険者専用銀行の隣には、一般用の銀行がある。だが建物の規模は半分ほどだ。
「買い物なら、カードでできるだろうが」
「でも、現金あった方がいいですし。それに、冒険者カードで買い物って、あまりしたことないし」
冒険者カードで買い物。
ハイベルグ王国の七割以上の店で、カードで買い物をするための『カード決済魔道具』が置いてある。
現金のみ取り扱いしている店は、昔ながらの商店が多い。
古商業区の店など、ほぼ全ての店が現金決済だ。ちなみに、ハイセの住む宿も現金のみである。
ちなみに、これからハイベルグ王国で店を開く申請をする場合、カード決済魔道具の設置が義務である。
立ち話は終わり。二人は銀行内へ。
すると、ハイセの姿を見た銀行員が、慌てて近づいてきた。
「こ、これはこれはハイセ様!! 本日はどのような御用で?」
「俺じゃない。こいつが現金下ろすだけだ」
「そ、そうでございますか。何かお困りごとがございましたら」
「いい、すぐ終わる」
と、銀行員を追い払う。
すると今度は恰幅のいい男性……店長が来た。
「これはこれは、ハイセ様!!」
「……」
ハイセは無言で追い払った。
◇◇◇◇◇◇
銀行内にはカウンターが設置してあり、何人もの銀行員が冒険者の対応に当たっている。
壁際には、大型の魔道具がいくつも設置してあり、クレアはそのうちの一台の前へ立つ。
「これで、お金を出すんですよね」
「『自動窓口魔道具』だ」
「えっと……」
「カードをかざせ」
「は、はい」
魔道具にカードをかざすと、台の一部が光る。
「わ、わわ」
「動くな。魔道具がカードと、お前自身の情報を確認している」
すると、光が消えた。
台の蓋が開き、金貨が十枚ほど出てくる。
「わ、出てきました」
「この魔道具は、最大で金貨十枚が自動で出てくる。細かい金額を指定したいときはカウンターへ。そうじゃないときはこの魔道具で引き出すんだ。ちなみに、出てくる金額は預金によって変わる」
「なるほどー……あれ、簡単ですね」
「だから言っただろうが」
「えへへ……師匠、ありがとうございました」
クレアは、金貨を財布に入れてアイテムボックスへ。
今更だが、ハイセに聞く。
「そういえば師匠、銀行員さんがすごく気遣いしてますけど……何かやっちゃったんですか?」
「んなわけあるか。まぁ……けっこうな金額を預けてるからな。いい客なんだろ」
ちなみに、ハイセがこれまで稼いだ金額は、ハイベルグ王国年間予算の数年分を超える。仮にハイセが『全額出せ』と店長に命令すれば『不可能です!!』と泣きつくだろう。
二人は銀行を出る。
「師匠は現金下ろさないんですか?」
「金はある」
ハイセのアイテムボックスには、大量の金貨袋が入っている。
カードに入金することもあれば、少額ならそのまま現金でもらうこともある。もう何年も繰り返しており、アイテムボックスにはいくつもの金貨袋があった。
クレアは言う。
「師匠、現金の下ろし方、勉強になりました!! 次回からはちゃんと一人で来ます!!」
「ああ」
「えへへ。あの、師匠……お礼がしたいので、そこのカフェに行きませんか?」
クレアがチラチラ見ているのは、オープンしたばかりのカフェのようだ。
お礼は建前。本当は自分が行きたいのだろう。
ハイセはため息を吐いた。
「……仕方ないな」
「やった!! えへへ、ありがとうございます、師匠」
二人はカフェでお茶を飲み、帰路へ着くのだった。





