ヒジリの一日
S級冒険者序列第三位『金剛の拳』ヒジリ。
彼女は現在、最上級認定されたダンジョン『黒鉄の塔』の最上階にて、ダンジョンボスである『パープルシュナイダー・ドラゴン』を相手に構えを取っていた。
ヒジリは、喜びを隠しきれない。
「いい!! アンタ、最ッ高にいい!!」
パープルシュナイダー・ドラゴン。
討伐レートSS級。
細長い身体は全長数百メートル。吹き抜けになっている塔の最上層を、螺旋を描きながら浮遊している。
全身が濃い紫色の身体で、さらに身体の至る所に『剣』のような突起が生えている。
頭部にはツノではなく刃が生えており、その身体は触れただけで傷が付く。
ヒジリは、地面を思いきり踏みつけた。
「『鉄塊精製』!! 『鋼塔』!!」
ヒジリの能力は『メタルマスター』
あらゆる金属を精製可能。以前は土や石という媒介がなければ精製できなかったが、経験を積み成長したことで、『地面に立っていればいかなる場所でも金属精製が可能』になっていた。
ヒジリが立つ地面に、金属の塔がぐんぐん伸びる。
『シュァァァァァァァ!!』
パープルシュナイダー・ドラゴンが威嚇する。
発声器官がなく、蛇のような威嚇だ。
だがヒジリには効果がない。拳を強く握り、構えを取る。
「『鉄拳精製』!! 『金剛ノ籠手』!!」
ヒジリの両腕に、小柄な体格に似つかわしくない巨大な『金剛石の籠手』が現れる。
そして、突進してくるパープルシュナイダー・ドラゴンに対し、真正面から迎え撃つ。
「来い!!」
『ジャァァァァァァッ!!』
両腕をグルグル回転させ、両手を思いきり前に突き出した。
「『菩薩破掌』!!」
ヒジリの両掌が、パープルシュナイダー・ドラゴンの突進を受け止める。
だが、ヒジリの表情も苦悶に変わる……討伐レートSS級の突進は伊達ではない。
ヒジリは両腕の籠手が砕け散ると同時に、右手を突き上げた。
「『鉄具精製』───『金剛杵』!!」
空中に生み出されるのは、金剛に輝く巨大な金剛杵。
巨大。あまりにも巨大。
直径数百メートルある巨大な金剛杵を、ヒジリは全力で地面に落とす。
「落ちろォォォォォォォ!! 『鉄叉金剛鈷』!!」
上空から落下した巨大な金剛杵はパープルシュナイダー・ドラゴンを直撃。
重圧に耐えきれずに粉々に砕け散った。
「げっ」
だが、それだけでは済まない。
ダンジョンボス討伐と同時に崩壊を始めるダンジョンは、ヒジリの『金剛杵』が最上層の床に直撃したことで崩壊が一気に加速……まるで、ヒジリの金剛杵が直撃したことで破壊されたような、とんでもない破壊を生み出した。
ダンジョン、『黒鉄の塔』は倒壊……ヒジリは瓦礫の中から飛び出した。
「あいたたた……よっしゃ討伐!! アタシの勝ちっ!!」
ヒジリは討伐し、散乱していたパープルシュナイダー・ドラゴンの刃の一部を掲げ、勝利のポーズを取った。
◇◇◇◇◇◇
ヒジリは、ハイベルク王国の冒険者ギルドに討伐を報告。
素材はほぼ粉々なので、パープルシュナイダー・ドラゴンの頭部に生えていた刃だけを納品……白金貨二枚の儲けとなった。
解体場のリーダーであるデイモンは、嬉しそうにガハハと笑う。
「いや~、ありがとよヒジリ。パープルシュナイダー・ドラゴンの頭部に生えるツノは、剣の素材として超一流なんだよ」
「ふーん」
「興味ナシかよ。まぁいいが」
「ね、次に討伐して欲しい強いのいない?」
「今はないな。ってかお前、噂になってるぞ……最上級難易度のダンジョンを崩壊させたって」
「あれはボス倒したら勝手に崩壊したのよ。みんな知ってんでしょ? ダンジョンボスを討伐するとダンジョンは崩壊するって」
「まぁそうだけどよ。上空に浮かぶデケぇ槍がダンジョンをぶっ壊したって話になってるぜ」
「あー……まぁ、どうでもいいわ。それより、もっと強いの」
「だからいねぇって。お前なぁ、討伐ばかりやるのはいいけどよ、たまには遊びに行くとかしたらどうだ? 年頃の娘だろ?」
「えー」
「うちの娘なんてなぁ、毎日毎日公園で遊びたがってなぁ? 昨日は仕事休みだったから、オレと一緒に公園で砂遊びしてなぁ。『ぱぱ、すなのおしろー』ってニコニコニコニコして可愛いったらなんの。でなぁ、娘を喜ばせたくてでっかい砂の城を」
ヒジリはもういなかった。
デイモンは娘の話を延々と続け、ヒジリがいないことに気付いたのは実に三十分後だったという。
◇◇◇◇◇◇
ヒジリは一人、のんびり歩いていた。
「遊ぶってもなぁ」
普段は、依頼を受けて討伐か、肉を食う。
たまにプレセアに付き合って採取依頼の護衛をしたり、イーサンを鍛えたりもするが、基本的には戦ってばかり。
遊ぶ……ヒジリにとっては、難しい。
なんとなく歩いていると、偶然バッタリ、サーシャとロビンに出会った。
「あれ、ヒジリじゃん」
「奇遇だな」
「そーね。アンタらは買い物?」
ロビンは買い物袋を片手に、サーシャは買い物メモを持っていた。
「ああ。クラン内にある商店で買い物してもよかったんだがな……」
「だーめ。たまには町に出てお買い物しないとね。あたしが連れ出したのよ」
「ふーん」
「ヒジリは何をしている? 休みか?」
「ま、そんなところ。やることなくてヒマしてたのよ」
「そうなの? じゃあ、あたしたちと遊ぶ?」
「お、おいロビン。私たちは遊びに来ているわけでは……」
「はいはい。たまにはいいじゃん、お仕事サボってもさ」
「むぅ……まぁ、少しだけなら」
「よくわかんないけど、ヒマだしいいわよ。どこ行くの?」
「ふふん、これから下着を買いに行きまーす。実はサーシャの胸がまた大きくなってさー、下着がキツいって」
「ろ、ロビン!!」
「ほうほう。胸……確かに、アタシよりデカいわね」
「み、見るな!!」
「いいなぁ。あたし、小さいからさー……まぁ、弓引く時に邪魔にならないけど」
と、女三人で話をし、三人は高級服店へ。
店内に入ると、店主の女性が揉み手してやってきた。
「これはこれはサーシャ様!! ロビン様!! ようこそいらっしゃいました!!」
「リーリエ。久しぶりだな」
「さっそくだけど、サーシャに合う下着をお願い!!」
「お、おいロビン!!」
「かしこまりました。ふふふ、当店自慢、殿方をイチコロにするセクシーランジェリーをご用意しております」
「そ、そういうのはいい!! 動きやすい、実用的な下着をだな……」
と、ここで店主のリーリエの視線がヒジリへ向く。
「初めての方ですね。初めまして、わたくし、店主のリーリエと申します」
「どーも。ここ、下着の店?」
「下着だけではありません。女性の服から化粧品と、女性のためになる店でございます」
「ふーん」
「ところであなた……ずいぶんと過激なスタイルですね」
ヒジリは、ボロボロのジャケット、胸にはサラシ、スパッツの上に短パンというスタイルだ。これにリーリエは我慢ができなかったのか、ヒジリに言う。
「もったいない!! あなた、よく見ると物凄い美少女ではありませんか!! 当店でぜひ『女性としてのご準備』を!!」
「えー、興味ないわ」
「でもでも、下着は大事ですよ!?」
「胸は邪魔だからサラシで押さえてるし、下はスパッツ履いてるから問題ないわ。ぶっちゃけ、どうでもいい」
「な、な、な……」
「お、おいヒジリ。さすがに失礼だろう」
「ホントのこと言っただけよ」
「あはは……さすがヒジリだね」
サーシャは、別の店員に勧められた下着をすでに購入しようと冒険者カードを出しており、ロビンもシンプルな胸バンドや下着を何枚も購入していた。
リーリエは言う。
「くぅぅ、もったいない!! 素材は超一流、サーシャ様、かつて一度だけ訪れたプレセア様に匹敵する素材なのにぃ!!」
こうして、ヒジリは何も買うことなく店を出るのだった。
◇◇◇◇◇◇
店を出て、サーシャはヒジリに聞く。
「ヒジリ。こんな言い方をしていいのか……お前は、戦い以外に興味はないのか?」
「別にないわ。戦ってる時が一番楽しいし、アタシにとって戦いこそが『生きた時間』よ。もっともっと強くなりたいしね」
「……そうか」
「ね、ね、ヒジリは好きな人とかいないの? 男の人とかと結婚したいとかさ」
「結婚。そうねー……自分の子供を産んで育てるってのも面白いわね。自分の技を全部受け継がせるってのもいいかも。当然、相手も強くないとね。ハイセみたいに」
「む……」
サーシャが少しだけムッとした。それにロビンが気付く。
「ピアソラいなくてよかったかもね」
「ど、どういう意味だ」
「さーねー? ふぁぁ、お腹減ったかも。ね、ごはん行こっ」
「いいわね。肉!!」
「いいだろう。私も、ガッツリ食べたい気分なんだ」
「あ、あたしはそこまでじゃないけど~……」
こうして、ロビンは肉好き二人にとことん付き合わされるのだった。





