盗賊退治~ハイセの場合~
盗賊。
盗賊には、元冒険者が多い。
冒険者には『C級の壁』というのがあり、D級からC級に上がるのは一種の試練と言われている。ただ依頼をクリアしていればなれるわけではなく、C級の依頼をいくつもこなして初めてC級へ昇格できる。
だが、C級依頼をクリアできないと……D級に甘んじることになる。
自分より若く才能ある冒険者たちが駆け足でC級を超える姿を何度も見せつけられ、心が折れる。
戦闘系冒険者として長く戦い続けてきたが、冒険者を辞めてどうなるか?
最も多いのが、盗賊だ。
C級に昇格できなかったとはいえ、冒険者としての経験や強さは失われることはない。
戦う技術で、なんの抵抗もできない村人たちを襲う……その経験が快感となり、元冒険者は盗賊として熟成していく。
奇しくも、冒険者だったころよりも強くなる。
そんな盗賊を牽引するのが、S級冒険者に匹敵する元冒険者だ。
たまにいるのだ。盗賊としての才能を開花させ、能力も強くなり実力が遥かに向上する者が。
いつしか、盗賊は群れて盗賊団となる。
そして、経験を積み、数を増やし……賞金首となり、名が知られていく。
冒険者ギルドは、盗賊団に等級を付けた。
冒険者と同じく、最上級の盗賊団はS級。リーダーは討伐レートS級の賞金首。
現在、S級に分類される盗賊団は四つ。かつては五つあったが、ヴァイスを攫おうとした『夜遊び組』という盗賊団が壊滅した。
そして、SS級に分類される盗賊団は三つ。
四十人の盗賊たち。
大海賊。
山賊王。
一つの盗賊団が、一国の騎士団を上回る戦闘力がある、とされている。
この下につく盗賊団も少なくない。
三大盗賊団。冒険者ギルドでは有名な盗賊だった。
そんな盗賊団の下に付くことを考えていたのは、S級盗賊団の一つ、『鬼殺し』だ。
この盗賊団は、先の先を見ていた。
このままS級盗賊団でいるより、SS級に忠誠を誓い、甘い汁を啜る。
最後に、『鬼殺し』は小さな村を襲い、若い女を手に入れた。
この女たちは、『鬼殺し』が忠誠を誓う予定である『四十人の盗賊たち』への手土産のつもりだった。
だが、彼らは重大なミスを、取り返しのつかないミスをした。
◇◇◇◇◇◇
『鬼殺し』のアジトは、ハイベルグ王国から南西にある山岳地帯にあった。
この岩場は、彼らの庭。踏み込んだ者は『鬼に食われて死ぬ』と言われている。
『鬼殺し』が飼う魔獣、オーガたちの餌場でもあり、冒険者たちもあまり踏み込まない。
だが……現在、この山岳地帯に、オーガはいなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!! し、知らせねぇとっ!!」
『鬼殺し』に所属する盗賊の一人が、真っ青な顔でアジトへ向かっていた。
アジトに戻り、『鬼殺し』のリーダーであるバルソンに向かって叫ぶ。
「か、頭ぁ!! 冒険者だ!!」
「……あぁ? だから何だ」
「やべぇんだよ!! 冒険者だ!!」
「うるせぇ!! ンな冒険者くらい、さっさと始末しちまえ!! オーガ共もいるだろうが!!」
「全滅した!!」
「…………ぁ?」
「オーガは、全滅しちまった!! こ、殺されたんだよ!!」
「……んだと!?」
盗賊は叫んだ。
「あいつが、あの黒い闇……『闇の化身』が!!」
その名は、S級冒険者最強。
七大冒険者序列第一位の二つ名だった。
闇が、どこまでも追跡してくる。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは、山岳地帯をゆっくり歩いていた。
手はポケットに入れ、ゆっくり、一歩一歩、静かに歩いている。
向かっているのは、盗賊のアジト。
山岳地帯の中心、開けた場所の中央でハイセは立ち止まった。
真正面から、男が歩いてきた。
「よぉ、最強さんよ」
「…………」
盗賊のボス、バルソンだった。
部下を大勢従え、ハイセの真正面に立ち、余裕の表情を浮かべている。
「うちの可愛いオーガたちを殺してくれたそうだなぁ?」
「…………」
「お前がどんなに強いか知ってるぜ。でもよ……ここはオレらの庭。場所を間違えたな」
と、ハイセを取り囲む盗賊たち。
数は八十。全員がA級冒険者に匹敵する盗賊たち。『鬼殺し』の主戦力たちだ。
「悪いが出し惜しみしねぇぜ。S級最強に雑魚を何匹ぶつけても死んじまうだけだしな……うちの主戦力全員で殺してやる」
「…………」
ハイセはしゃべらない。
いまだに、ポケットに手を突っ込んだままで。
ほんの少しだけ俯いているせいで前髪が下がり、一つしかない目も見えない。
ハイセが無反応なのを勘違いしたのか、バルソンが言う。
「やれ」
そして、囲んでいた数名が動き出し───爆発した。
「っ、っがぁぁぁぁ!?」「うぉぉぉぉぉ!?」
「あ、足ぃぃぃぃっ!?」「いでぇぇぇぇ!!」
四人が地面を転がった。
その両足が、踵から吹き飛んでいた。
そして、地面に穴が開いている……ハイセの『対人地雷』を踏み、爆発したのだ。
ハイセは転がった四人に目をくれず、ポケットから小さなぬいぐるみを取り出す。
「これ、見覚えあるか」
ボロボロの、クマのぬいぐるみだった。
バルソンは何故爆発したのか、何が起きたのかを考えつつ、時間稼ぎのために答える。
「……知らねぇな」
「…………そうか」
「大方、攫った女の持ち物か? 若い女は全員いるぜ? 届けてやろうか?」
「…………若い女、か。あの村にいる若い女は確かに、全員攫われたよな」
ハイセはぬいぐるみをポケットにしまい、言う。
「他の村人は、全員殺した……男も、老人も、子供も」
「あ? ああ、そうだぜ」
若い女は、全員攫われた。
それ以外は、殺された。
若い男、老人……そして、小さな子供。
「このぬいぐるみは、俺があの子にあげた物だ」
殺された村人の中に、女の子がいた。
「あの村はな、以前に俺が依頼を受けて、魔獣討伐をした村だ」
その村に、小さな女の子がいた。
ハイセを恐れず、「ありがとう」と言って小さな花束をくれた。
ハイセはそれを受け取り、代わりにぬいぐるみをあげた。
女の子は喜び、笑顔を浮かべていたのをハイセは覚えている。
だが、その村は……壊滅した。
たまたま依頼の帰りに様子を見に行ったら、多くの死体があった。
物資を回収している盗賊を見つけ、ハイセは拷問した。
そして、この盗賊団のアジトを見つけたのである。
「…………後悔すらさせねぇ」
ハイセの両手に、拳銃が握られた。
自動拳銃でもない、大型拳銃でもない。
超大型の回転式拳銃。通称ハンドキャノン。
ゾワリとした、闇を濃縮した殺意が振り撒かれる。
「ブチ殺す」
◇◇◇◇◇◇
ドバン!! と、ハンドキャノンから放たれた銃弾が、オリハルコンの盾を構えた盗賊に直撃。
オリハルコンが砕け散り、盗賊の身体が爆散し、背後にいた数名の盗賊の身体も爆散し、七人ほど貫通して近くの岩に着弾、岩が粉々に砕け散った。
そんなバケモノのような銃を、ハイセは両手に持ち連射していた。
「ぜ、全員で囲め!! 向き合うんじゃねぇ!! 死角から魔法を───」
バルソンが叫ぶが、ハイセの殺意にアテられた盗賊たちがまともに動けるはずもなく、肉塊……いや、ただの肉片と化していく。
あまりの恐怖に逃げ出す盗賊たち。だが、背を向けて走り出した瞬間、破片式地雷のトラップにかかり爆散、肉塊となる。
ハイセの能力は『武器マスター』だ。今のハイセは、視認した場所に地雷をセットすることが可能になっていた。
さらに恐ろしいことに、自身の武器でハイセが傷付くことはない。つまり……地雷の射程にいようと、地雷の爆破でハイセが傷つくことはない。
あっという間に、盗賊は十人以下まで減った。
S級に分類される『鬼殺し』の盗賊団が、ハイセに近づくことすらできない。
「お、お頭……ど、どうすれば」
「か、勝てねぇ、勝てねぇよ!! どうすれば」
「うろたえんじゃねぇ!! クソ、ま、待て『闇の化身』!! 話を、話をしようぜ」
「…………」
ハイセが生み出したカービン銃が、バルソン以外の盗賊を皆殺しにする。
たった一人残ったバルソンは、大汗を流しながら後ずさる。
「ま、待ってくれ。女たちは解放する!! 盗賊から足も洗う!! こ、鉱山で一生働くのもいい!! だから、命だけは……」
「…………」
ハイセは、ハンドキャノンを具現化し、バルソンへ向ける。
「ま、待て!! お、オレたちは『四十人の大盗賊』に忠誠を誓った身だ。オレらをつぶすってことは、アリババの顔に泥を塗るってことだ!! いくらお前が強くても、SS級の盗賊団に───」
引金が引かれ、弾丸が発射。
最後まで言い切ることなく、バルソンは粉々に砕け散った。
ハイセは、ポツリとつぶやいた。
「関係ない。来るなら来いよ……ブチ殺してやるからよ」
◇◇◇◇◇◇
ハイセはハイベルグ王国に帰還し、宿へ戻った。
すると、シムーンが出迎える。
「お帰りなさい、ハイセさん」
「……ああ」
「あ!! お帰りなさい、師匠!!」
クレアもいた。
風呂上りらしく、共用スペースで果実水を飲んでいたようだ。
ここで、ポケットにぬいぐるみが入ってるのを思い出し、取り出す。
「あ、かわいいですね。ぬいぐるみですか?」
「…………」
ハイセは、そのぬいぐるみを少しだけ見つめ……少しだけ微笑み、シムーンへ。
「シムーン。このぬいぐるみ……お前にやる」
「え? いいんですか?」
「ああ。だけど約束してほしい。大事にするって……頼む」
「えっと、わかりました。大事にします」
「……ありがとう」
「……師匠、何かあったんですか?」
「……別に」
シムーンにぬいぐるみを渡し、ハイセは二階の階段に足をかけた。
シムーンは、ぬいぐるみを抱いてニコニコしている。
「…………助けられなくて、ごめん」
その悲しい呟きは、クレアにもシムーンにも届かない。
宿屋の主人はハイセを見ていたが、何も聞いていないフリをした。
 





