相変わらずの相性
「つまり、師弟関係は継続……というわけか」
「ええ。今日はプレセアの護衛で薬草採取に同行してます。なんでも、シムーンからの依頼とか」
クレアが現状ソロで冒険者を続けることを決めた数日後。
ハイセは、冒険者ギルドのギルマス部屋で、ガイストと話をしていた。
話題はクレア。チームに勧誘されたが断り、ソロの道を歩むことにしたことを報告。
ガイストは、熱い茶を啜りながらほっこりしている。よく見るとティーカップではなく、陶器の筒のような入れ物だった。
「それ、確か……アズマの『湯呑』でしたっけ」
「お前は本当に博識だな。そう、行商人がアズマで仕入れた入れ物でな。これにアズマ産の『緑茶』を淹れて飲むのがまた美味いんだ。専用の『急須』という茶器で淹れる茶で、湯呑に入れた時は熱々だが、手で持てるくらいの温度になれば飲み頃だそうだ」
「ガイストさん、ハマってますね……」
ちなみに、ハイセは紅茶。
緑茶の話をして満足したのか、ガイストは話題を変える。
「そういえば、七大冒険者の手紙は来たか?」
「七大冒険者? ああ、来ましたね」
「……興味なさそうだな」
「ええ」
即答。
ハイセは淡々とした返事だった。
ガイストは苦笑する。
「手紙を読んだなら知っていると思うが、最近冒険者の数が増え続けている。ただ闇雲に強さを求めるのではなく、目標があった方が若者たちも気合が入るということで制定した制度だ」
「はあ」
「……本当に興味なさそうだな。お前、一応は序列一位の冒険者なんだぞ?」
「まぁ、どうでもいいですし」
「やれやれ……」
ガイストは湯呑を手に持ち茶を啜る。
「あの、ガイストさん。序列とかどうやって決めたんです? 七大冒険者は、ハイベルグ王国とその属国である七国家で決めたんですよね? 自然に考えると、各国の代表を一名ずつ出して、八大冒険者として制定するのが普通だと思いますけど……」
「まぁ、普通はそう考えるだろうな。だが……人材がいないんだよ」
「人材?」
「そう。若い冒険者は皆、このハイベルグ王国で冒険者を目指す。それぞれの国で代表を務めるほど優秀な冒険者がいない、というのが現状だな」
「そうなんですね……ヒジリとかは? あいつの出身国とかは、あいつを放っておかないんじゃ?」
「ヒジリは西国ウーロン出身。ウーロンはハイベルグ王国の属国ではないからの。冒険者ギルド連盟には加入しているが、代表を出せる立場ではない」
「ああ、そういやそうだった。ウーロンは王政じゃなかった」
そこまで言い、二人は茶を啜る……ちょうど、中身がなくなった。
「ふぅ……まぁとりあえず、何かが劇的に変わるということはない。クランの応募が増えたりするくらいはあるだろうがな」
「はあ」
「それと、序列六位『技巧の絡手』シグムントだが……近いうち、ここに来る」
「え……? なんでですか?」
「シグムントはワシの甥っ子だからの。七大冒険者に選ばれたと報告しに来るんじゃよ」
ガイストは、どこか嬉しそうにほほ笑んでいた。
◇◇◇◇◇◇
宿に戻ると、宿屋の主人がカウンターから出ていた。
座っているのは、宿屋の共用スペース。そこにはイーサンもおり、足元にはフェンリルがいる。
何をしているのか? ハイセは匂いでわかった……パンケーキの香りだ。
「はい、おじいちゃん」
「おお、うまそうだ」
「姉ちゃん、おれクリームいっぱいで!」
「はいはい。フェンリルちゃんも」
『くぅん』
どうやら、おやつの時間らしい。
主人はパンケーキを切り分け、口の中へ。
「んん、うまい」
「えへへ、やったぁ……あ、ハイセさん!」
「おう」
「あの、パンケーキ焼いたんですけど、食べますか?」
「そうだな……もらうよ」
主人がハイセを見ないようにパンケーキを食べる。ハイセはポツリとつぶやいた。
「ガイストさんもだけど……甥っ子とか孫とかには甘いんだな」
パンケーキが運ばれてきた。
クリームに蜂蜜、そしてフルーツが挟んである。
ナイフで切り分けて食べると……当然だが甘い。
「……甘い」
「おいしいですか?」
「あ、ああ」
「姉ちゃん、おかわり!」
『わん!』
シムーンは、嬉しそうにおかわりを焼き始める。
すると、今度はクレアが戻ってきた。
「ただいまです!」
「お邪魔するわ」
「やっほー!! お、いい匂い!!」
しかも、プレセアとヒジリも一緒だ。
ハイセがクリームと蜂蜜たっぷりのパンケーキを食べる姿を見る三人。
「ぷぷっ、アンタもそんなの食べるのねー」
「ふふ、可愛い」
「師匠って甘党なんですか? 知らなかったです!!」
「…………」
ハイセは露骨にいやそうな顔をして、三人を無視。
すると、当然のように三人はハイセのテーブルへ。
そこに、シムーンが焼きたてパンケーキを運んできた。クレアたちが入って来て数分しか経過していないのに、この早業である。
「皆さん、お仕事お疲れ様でした! 本に書いてあったんですけど、疲れた時には甘い物が一番だそうです!」
「わぁ~! ありがとう、シムーンちゃん」
「早いわね……まだ何も言ってないのに」
「ん~いい匂い!! ね、アタシおかわりするから焼いといてっ!!」
「…………お前ら、ここで食うな。あっち行けよ」
ハイセの拒絶もむなしく、三人はパンケーキを食べ始める。
そして、聞いてもいないのにクレアが言う。
「師匠、プレセアさんってすごいんですよ。どんな薬草でもパパっと見つけちゃって」
「『能力』のおかげだろ」
「ま、そうだけど」
「アタシはたまたま外で会ってさ、薬草採取終わったあとにクレアとゴブリンの巣を壊滅させてきたのよ」
「師匠、ヒジリさんもっすごかったです!! サーシャさんとは違う強さでびっくり!! さすが『七大冒険者』の一人です!!」
と、クレアが言った瞬間、ヒジリがハイセを見た。
「それそれ!! なんでアタシが三位なのよ!! アンタはちゃっかり一位だし!!」
「知らんし、どうでもいい」
「しかも二位とか知らないヤツだし!! マジむかつくし!!」
「うるせぇな……静かに食えよ」
「おかわり」
いつの間にか完食したプレセアは、シムーンにおかわりを要求した。
◇◇◇◇◇◇
ハイセは共用スペースのソファで新聞を読み、シムーンの紅茶を飲む。
主人は母屋へ休憩に向かい、女三人は風呂へ行った。
イーサン、シムーンも母屋へ。ようやく静かになり、ハイセはため息を吐く。
新聞記事を見ると、『七大冒険者の発表。それぞれの紹介!』と記事が出ている。
「七大冒険者、ね……」
興味がないのは本当だが、こうも新聞に名前が載ると気分が悪い。
禁忌六迷宮を踏破した時にも記事にはなったが、あの時はサーシャもいたのでそっちの記事の方が大きく、ハイセのことはすぐに忘れ去られた。
ハイセは紅茶を啜る。
「ま、どうでもいいか」
クレアの指導は早朝だけになり、少し落ち着いた。
しばらくは自分の討伐依頼に専念しようとハイセは決める。
「あー、気持ちよかったー!!」
と、風呂場からヒジリが出てきた……上半身裸で。
大きな胸を揺らし、濡れた髪をタオルで拭きながら出てきた。
「あ、ハイセ」
「……お前、服」
「あっついんだもん。いいでしょ別に……って、あれ!?」
すると、ヒジリの上半身が透明になった。首と下半身だけが見える。
プレセアが、浴場のドアを少し開け、ハイセをジッと睨む。
「……見ちゃダメ」
「見てない。早くそいつ連れてけ」
「なにこれ!? あ、プレセアの仕業ね!? なんかキモいからやめてよっ!!」
上半身だけ透明になるというレアな体験をしたヒジリは、慌てて浴場へ戻った。
ドアが閉まり、ハイセはため息を吐く。
「……いつからだ。こんなに騒がしくなったの」
日常は変わりつつある。
いつまでも変わらない日常を、というのがいかに難しいのか。ハイセはなんとなく理解した。





