はじめてのゴブリンたいじ
歩き続けること数時間、東に向かい、依頼の場所である小さな森の入り口に到着した。
ハイセは、ずっと緊張していたクレアに言う。
「ここから先はお前が先頭だ。俺とこいつは後ろを歩く」
「えっ……」
「相手はゴブリン。待ち伏せしているかもしれないし、堂々と前から来るかもしれない。いいか……ここからが、最初の試練だ」
「…………」
「前と違うのは、俺がいることだ。だが……死にかけでもしないかぎり、助けない」
「……は、はい」
「緊張しろ。気を抜くな……ゴブリンだと舐めるなよ。行け」
「っ、はい!!」
クレアは先頭で歩き出す。
十メートルほど距離を取り、ハイセとラプラスが続く。
ハイセは、黙ったままのラプラスに言う。
「怪我をしたら治療は頼むぞ」
「わかりました。お任せを」
ラプラスは手を合わせ、祈りながら一礼した。
◇◇◇◇◇◇
クレアは、ハイセに言われた通り、一人で歩き出す。
十メートル後ろにはハイセ、ラプラスがいる。
少なくとも、怪我をしたら治してもらえるし、凶悪な魔獣が出てもハイセがいる。
だが……クレアは、そんなこと微塵も考えていない。
腰にある剣。『冰剣リュングベル』の柄に手を乗せ、いつでも抜けるようにする。
「…………っ」
以前、ハイセと一緒にS+レートの魔獣と対峙した時とは違う緊張感。
『見学希望』ではない、『冒険者』として立つ戦場。
命を懸けた場にいるという自覚が、クレアの精神を削っていく。
森を歩きつつ、クレアは周囲を警戒する。
きょろきょろと落ち着きなく周囲を観察する───……すると。
「っ!!」
ガサガサと、藪が動いた。
剣を抜き、藪に向けて構える。
クレアは気づいていない。いつも訓練でしている構えではなく、ただ剣を向けただけ。
緊張のあまり、訓練の動きがまるで出来ていない。
そして、ガサガサと藪が動き───出てきたのは。
『……キュ』
「…………っ」
白い、ふわふわしたウサギだった。
クレアがじっと見つめても逃げない……いや、逃げられないのだ。
蛇に睨まれたカエルのように、ウサギは動けない。
が……クレアが少しだけ気を抜くと、ウサギは逃げ出した。
「……ふぅ」
クレアは首を振る。
少々、気を張りすぎていた。
気が付くと、体力も精神力も削られていた。
剣の柄を強く握りすぎたせいで、手が赤くなっていた。
「……喉、乾いた」
クレアはアイテムボックスから水筒を取り出す。
蓋を開け、水を飲もうとして……震えから蓋を落としてしまった。
「あ、っと」
そして、蓋を拾おうとしゃがんだ時だった。
しゃがんだ瞬間、クレアが立っていた位置、すぐそばの木に矢が刺さった。
「えっ……?」
矢。
敵。クレアは水筒を投げ捨て、矢が飛んできた方向を見た。
そこにいたのは、一匹のゴブリン。
ボロボロの弓を手に、クレアの隙を伺い矢を放ったゴブリンだ。そして、自分たちの存在がバレたと察したのか、弓を投げ捨てボロボロの剣を手に藪から飛び出してきた。
数は三体。全員、身長が一メートルほどで、剣を持っている。
「ぁ……」
ゾワリとした。
もし、蓋を拾わなかったら……矢は位置的に、クレアの腕に刺さっていた。
クレアは剣を構え、カチカチ震える歯の音がやけにうるさいと感じていた。
初の実戦。頼れる仲間もいない、一人での戦いだ。
すると───背後から。
「恐れたままでいい!! 何をしてもいい!! 生きろ!!」
「っ───……はいっ!!」
必要なのは、鍛えた身体もでない、磨いた剣技でもない。
恐怖を飼いならし、前に進む勇気。
クレアは思い切り息を吐き、ようやく本来の構えを取る。
「命は平等だ。奪い、奪われる覚悟。相手がゴブリンだろうと、Sレートの化け物だろうと同じだ!! クレア、戦え!!」
「行きます!!」
クレアが闘気を発動───その色は、鉛色から青銅色に変わった。
ハイセも知らない色だった。
『クキキキキッ!!』『ギャァァッゥ!!』
「闘気を剣に───……!!」
身体を覆う闘気が剣まで多い、刀身が伸びる。
『ソードマスター』の基本的な戦闘スタイルだ。クレアは態勢を低くして一気に駆け抜け一閃。ゴブリンの身体が両断された。
そして、そのまま近くのゴブリンに向かって跳躍。
剣を一気に振り下ろした。
「『流れ星一閃』!!」
青い流星が、ゴブリンを一刀両断した。
こうして、ゴブリンが討伐された。
◇◇◇◇◇◇
三体のゴブリンが討伐され、クレアはハイセたちのもとへ。
「し、師匠……お、終わり、ですか……?」
「ああ。ゴブリンってのは群れで行動する。ほかにはもういないだろう」
「……わ、私」
「よくやった。あの一瞬だけで、お前は恐怖を飼いならし、成長した……その闘気が証だ」
「……あ」
ぼんやりと、青銅色の闘気がクレアを包んでいた。
忘れていたのか、クレアはようやく闘気を解除。するとラプラスが言う。
「私の出番は必要なかったようで……残念無念」
「出番ないのはいいことだろうが」
「まぁそうですね」
つかみどころのない『聖女』だった。
クレアは、震える手を見つめる。
「お前は命を奪った」
「っ……」
「お前が生きるために。あのゴブリンたちも生きるために戦って死んだ。クレア、お前はようやく冒険者としての一歩を踏み出したんだ」
「……私が、冒険者」
「まだまだだけどな……さて」
ハイセが自動拳銃を抜き、クレアの背後へ向けた。
「し、師匠……?」
「あとは俺に任せておけ」
クレアが振り返ると、そこにいたのは……巨大な二足歩行の豚。
正確には、討伐レートD級、『ゴブリンオーク』である。
簡単に言えば『オークのように太ったゴブリン』だ。どうやら群れのボスらしい。
『ぶもっ、ぶもっ……ぶもも』
「キモイですね。私の中の神も言っています……『キモイ』と」
「どんな神様だっつーの。クレア、下がってろ」
「……師匠」
と、クレアは前を向いた。
剣を構え、闘気を発動させ、ハイセを遮るように前へ。
「おい、調子に乗るなよ。ゴブリン三体倒してハイになってるのかもしれないが」
「大丈夫です!! 私……戦います!!」
「…………」
「信じてください。私……慢心してもないし、無茶してもいません!! やれる気がするんです!!」
「…………」
ハイセは自動拳銃をホルスターに収め、アイテムボックスから一本の剣を出す。
「もう少し後にしようと思ったが……まぁ、いいか」
「……師匠?」
「使え」
ハイセが差し出したのは、美しい空色の鞘に収まった片手剣。
クレアは自分の剣を鞘に納め、ハイセから剣を受け取り抜く。
「……わぁ」
美しい、氷のような青白い刀身の片手剣だった。
クレアの持つ『冰剣リュングベル』と形状も長さも似ている。刀身の色と装飾だけが違っている。
「『虹色奇跡石』で打った剣、名前は『凍剣グラキエス』だ。俺も知らなかったが……その鉱石、火入れの温度やタイミングで刀身の色が変化するらしい」
「こ、これを私に……よーし!!」
クレアは剣を構えるが、ハイセは言う。
「違う」
「……え?」
「わかんねーのか?」
ハイセは、クレアの腰にある『冰剣リュングベル』を指さす。
そして、ニヤリと笑って言った。
「もう一本、使えるだろ? ───クレア、お前は『二刀流』の素質がある」
そう、これがハイセが見出したクレアの才能。
クレアはうなずき、右に『冰剣リュングベル』を、左に『凍剣グラキエス』を持つ。
クレアは、とんでもなく両手に馴染むのを感じた。戦ってもいないのに、これこそが自分の真の戦闘形態だと確信する。
ラプラスがハイセに言う。
「二刀流、ですか?」
「ああ。クレアは両手の扱いが上手い。左右の手で繰り出される斬撃の鋭さがほぼ同じだったからな……一度、試したんだ」
「試す?」
「ああ。両手にペンを持たせて、同時に別な文字を書かせた……完璧だった。あいつ、全く別な単語を同時に、両手で書いたんだ」
「……」
「その時、なんて言ったと思う? 『右手と左手に別々な動きをさせればいいだけですよね?』だとさ……」
そして、ようやく『ゴブリンオーク』が、両手に棍棒を持ってクレアに襲い掛かってきた。
クレアは闘気をまとい、一瞬でゴブリンオークの間合いに入る。
振り下ろされる棍棒を難なく躱し、両手の剣でゴブリンオークを切り刻む。
「『彗星の漣刃』!!」
青銅の闘気をまとったクレアの連切りが、ゴブリンオークを細切れにした。
二刀流にしただけで、クレアの技量が跳ね上がったように見えた。
「おお、すごいですね」
「…………ああ」
ゴブリンオークを倒したクレアが、嬉しそうにハイセの元へ駆け寄ってくるのだった。





