師と弟子
クレアがハイセの正式な弟子となった翌日。
ハイセは、メガロドンオーガの討伐依頼を出した村へやってきた。
村の入口には、若い、まだ十代後半ほどの守衛が立っている。気が立っているのか、ハイセを見るなり槍を持つ手に力がこもったように見えた。
「何者だ……この村に、何か用か?」
「この村が出した討伐依頼を受けた冒険者だ。長と話がしたい」
「……冒険者。わかった、少し待ってくれ」
守衛は、近くにいた農民に何かを告げると、その農民は慌てたように走り出す。
ほんの数分で、村長が数人の男女を連れて戻って来た。
「これはこれは、冒険者様……討伐依頼を受けて下さったのですかな」
「ああ」
そう言い、ハイセはアイテムボックスからメガロドンオーガの死骸を出した。
頭部が粉砕された、綺麗な死骸だった。
逆に言えば、頭部以外は無傷。ハイセのアイテムボックスは時間停止型なので、死んで間もない状態での保存となる……体内にある内臓、血などの鮮度もいい。
いきなり現れたメガロドンオーガに、村長含め全員が驚いていた。
「もう死んでいる。こいつが、村の近くの洞窟にいた。それと……これも」
ハイセは、アイテムボックスから鎧や武器の残骸を出す。
どれも原型をとどめていないが……若い守衛の青年が、一本の折れた槍を手にすると、涙を流した。
「…………親父」
他の男女も、鎧や武器を手にしては涙を流す。
「あなた……」や、「兄貴……」など、家族の所有物らしかった。
村長も、壊れた鎧を手に涙を流す。ぽつりと「倅……」と呟いたのをクレアは聞いた。
ハイセは言う。
「あの洞窟にあった装備品は全部回収した。それと、一つ頼みがある」
「…………なんなりと」
村長は、何を要求されるのかと警戒しているようだ。クレアもその雰囲気を理解したが、今は何も言わずにハイセの後ろで黙っている。
ハイセは、メガロドンオーガの死骸を軽く蹴った。
「このメガロドンオーガ。俺が買い取りたい」
「…………え?」
「恐らく、白金貨十枚くらいの値段が付くはずだ。そこに上乗せして二十枚払う。文句はないな?」
「し、白金貨二十枚!?」
この村が毎年収めている税金の、ざっと二百年分である。
驚愕する村長。当然、メガロドンオーガの相場なんて知らない。
ハイセはアイテムボックスから、白金貨の入った袋を出して村長に渡す。
「村の発展に使うなり、見舞い金を配るなり、好きにしろ。じゃあ、死骸は貰っていく」
ハイセは、メガロドンオーガの死骸をアイテムボックスへ入れると、そのまま王都に向けて歩き出した。
クレアは何か言おうとしたが、ハイセの背が「何も聞くな」と語っているような気がした。
すると、守衛の青年がハイセの背に向かって言う。
「冒険者様!! ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
ハイセは振り返りもせず、軽く手を上げるだけだった。
クレアは、未だにポカンとしている村長たちにペコっと頭を下げ、ハイセの元へ向かって走り出した。
そして、ハイセの背中を見て言う。
「おっきいです……そして、かっこいい」
いつか、こんな冒険者になりたい。
クレアはハイセの背中を見ながら、強く思っていた。
◇◇◇◇◇◇
ギルドに戻り、依頼完了の報告、そして討伐報酬を得た。
そのまま、解体場へ向かい、解体場のリーダーであるデイモンの元へ。
デイモンは、素手でオークの骨をへし折り、巨大な鍋に入れていた。血管の浮かび上がる鍛え抜かれ過ぎた腕は、オークの骨を楊枝でも折るようにベキッと折る。
「ん? おうハイセ、解体か?」
「ああ。今、大丈夫?」
「おう、その台に……ん?」
「あ、ど、どうも……」
クレアがペコっと頭を下げると、デイモンはニヤニヤした。
「なんだなんだ。サーシャ、プレセア、ヒジリと続いて四人目かぁ?」
「……デイモンさん、こいつは俺の……まぁ、弟子」
「弟子ぃ? ソロのお前がパーティー組んだのか?」
「仲間じゃなくて、弟子。とりあえずそこそこ戦えるくらいに育てるだけだ」
「は、そうかい」
ハイセは台の上にメガロドンオーガの死骸を置く。
クレアは、ハイセを見て目をキラキラさせていた。
「……なんだよ」
「いえ!! 師匠が自分から、私を弟子って……えへへ」
「能天気なヤツだな……」
クレアは嬉しそうにニコニコしていたので無視。ハイセはデイモンに言う。
「解体、よろしく」
「おう。ところで、今夜どうだ? 一杯やるか? そっちのお嬢ちゃんも一緒に」
「いやー……「お願いします!!」って、おい」
「いい返事じゃねぇか。よっしゃ、おっさんが奢ってやる。いつもンとこ行くぞ。っと……ギルマス抜きで行くとスネちまうからな、解体してる間に声かけとけ」
「まぁ、いいか……おい、行くぞ」
「はい!!」
少しずつ、クレアは調子を取り戻していた。
道中、お調子者っぽい空気はナリを潜めていたが、今は元気いっぱいだ。
クレアは、ハイセの後ろを定位置としたのか、ぴったりくっついてくる。
そのまま、ガイストの部屋まで来た。ノックすると『入れ』と聞こえて来たので入ると……なんと、サーシャがいた。
「ハイセ?」
「……珍しいな、お前がいるなんて」
「私だって、ガイストさんに相談くらいするさ。お前は知ってるだろうけど、ガイストさんは聖神国では有名なクランの元マスターだったんだぞ」
「はは、今は甥に任せ……ん? ハイセ、その子は?」
ガイスト、サーシャがクレアに気付いた。
ハイセは少し迷ったが、クレアを紹介する。
「こいつはクレア……俺の弟子になりたいって押しかけてきた。仕方ないから、とりあえずそこそこ戦えるくらいに鍛えることにした」
「師匠、言い方……えっと、クレアって言います!! 師匠の弟子となりました!! よろしくお願いします!!」
「……なんと、まさかハイセが新人を育てるとはな」
「……女の子か」
ガイストは驚き、サーシャは何故かムスッとした。
ガイストはサーシャを見て苦笑し言う。
「ガイストだ。ハイベルク王国冒険者ギルドのマスターを務めている。よろしく頼むぞ」
「はい!!」
「サーシャだ。よろしく頼む」
「はい!! あ、サーシャ……まさか、S級冒険者の、『銀の戦乙女』!?」
「そうだが……」
「私、あなたには負けません!!」
「あ、ああ?。ええと……」
いきなりライバル宣言ともいえる言葉に、サーシャはハイセを見た。
そして、どのみちバレるからと、ハイセは言う。
「サーシャ、こいつの能力……『ソードマスター』なんだよ」
「……えっ」
それを聞いたサーシャは、驚いた眼でクレアを見つめ返した。
◇◇◇◇◇◇
さて、ガイストを飲みに誘うと……なんと、サーシャも付いてきた。
デイモンと合流し、五人は屋台街へ。
ドワーフのガポ爺さんの屋台へ向かい、デイモンが暖簾をくぐる。
「ようガポ爺さん。やってるかい」
「休んでるように見えるか? ほれ、座れ」
「今日はたくさん連れて来たぜ」
「ん? おお!? ははは、久しぶりじゃな、サーシャちゃん!!」
「お久しぶりです、ガポおじいさん」
「はっはっは、さささ、駆けつけ一杯。おお? ハイセにガイストも……んん? そっちのお嬢ちゃんは初めてかな?」
「は、はい」
クレアは、屋台が珍しいのかキョロキョロしている。
大きな公園だが、屋台が五十以上並んでいる光景は、早々見れるものではない。
とりあえず四人も座り。サーシャ、ハイセ、クレア、デイモン、ガイストと並んだ。
ドワーフの日酒で乾杯し、ガポ爺さんの煮込みを五人は食べる。
「ん……久しぶり食べたけど、やはりガポおじいさんの煮込みは美味しい」
「あったりまえよ。ふふ、サーシャちゃんがうちの味を忘れてなくて嬉しいぜ」
「すみません、忙しくてなかなか来れずに……」
「気にすんなって。 ハイセが声かけねぇからだ、なぁ!」
「俺に言わないでよ……」
クレアは煮込みを食べながら、日酒をぐいっと飲む。
「お、お嬢ちゃんいい飲みっぷりだね。うちの酒は美味いか?」
「はい、おいしいです……あの、おかわり」
「おう!! ほれほれ、デイモンもガイストも飲め飲め。いや~、今日はいい日だぜ!!」
「おいおい、ガポ爺さんよ、ガキじゃねぇんだから興奮するなって」
「ははは、確かにな」
デイモンとガイストが茶々を入れつつ、煮込みと酒を楽しんでいる。
ガイストは、クレアに聞く。
「クレアだったか。まさか、きみが三人目の『ソードマスター』とはな……」
「…………」
「現在、この世界には三人のソードマスターがいる。一人はクロスファルド、一人はサーシャ、もう一人は……スキルを確認したのち、行方不明になったと聞いた。その後の足取りが不明で、幻の三人目と言われていたが……クレア、きみはどこにいたんだ?」
「…………」
クレアは無言で、日酒を一気飲みした。
ハイセが「おい、ガイストさんの話聞いてるか」と軽く肘で小突くと。
「…………ふにゃ」
「……は?」
「えへへ~……ししょぉ」
「っ!?」
クレアが、ハイセの腕にしがみつき……猫のように頬ずりし始めた。
「な、お、おい!?」
「は、ハイセ!! 不埒な真似をするな!!」
「お、俺がしてるように見えるか!?」
「ししょぉぉ~……んん~、大好きですぅぅ~」
「おい、寝ぼけんな離せ!!」
「は、離れろハイセ!! ぐぬぬぬ、なんってことを!!」
「えへへ……んん~」
クレアは、完全に酔っぱらっていた。
ハイセにしがみつき、サーシャが引き剥がそうとしている。
デイモンとガポ爺さんはゲラゲラ笑い、ガイストは苦笑した。
「やれやれ……質問は、また今度かな」
そう言い、ガイストは日酒のグラスを手に取り、一気に飲み干した。





