討伐レートS+級
魔獣には、討伐レートが設定されている。
最低討伐レートはF級。代表的な魔獣は単体でのゴブリン、コボルトなど。鍬を持った農民でも単体なら何とか駆除できるレベルだ。
武器を持ち、能力に覚醒した冒険者が最初に戦うことになる魔獣の等級もF級が多い。
冒険者登録をして、下積みとしてチームに臨時加入し、ベテラン冒険者立会いの下で戦うことになる冒険者が大半だろう。
F級からC級程度までが、下積み冒険者がベテランたちと共に戦うことになる。
そして下積みを終え、チームを組み、チームでの経験を積み……初めて、B級の魔獣と戦う。そして冒険者等級を上げ、新人から中堅になり、A級の魔獣と戦う。
A級に勝利すれば、もう一流の冒険者だ。
だが、A級の上にはS級がある。
S級以上は、A級とは桁違いの強さを誇る魔獣だ。
S級は『災害級魔獣』
SS級は『災害級危険魔獣』
そして冒険者ギルドが定める魔獣の最上級等級であるSSS……別名『災害級危険超越魔獣』と呼ばれ、過去に四度確認されている。
一体は若かりしアイビスたち『ヒノマルヤマト』が討伐、一体は行方不明、一体は若かりしガイストが単独で撃破し、一体はハイベルグ王国冒険者ギルドが総力を上げて討伐した。
このように、S級以上は怪物である。
そして……ハイベルグ王国周辺には、そんなS級魔獣が毎日のように現れていた。
どこから来るのか? それを説明できる者はいない。
だが、毎日、毎日……討伐依頼は来る。
今日も、ハイセはS+級……S級以上、SS級以下の魔獣を倒すべく、ハイベルグ王国を出た。
その隣に、本来いてはならない、能力に覚醒したばかりの冒険者見習いを連れて。
◇◇◇◇◇
ハイセとクレアが向かったのは、ハイベルグ王国から西に数キロ先にある小洞窟。
最近、この辺りに魔獣が住み着いたらしい。
近くの村の警備隊が調査しにこの洞窟に踏み込んだが、誰も帰ってこなかったそうだ。
ハイセは、洞窟の入口でしゃがみこむ。
「師匠、何してるんですか?」
「…………見ろ」
ハイセが拾ったのは、血濡れの兜……の、破片。
砕けた兜には血が付着していた。そして、その砕け方。
「お前、見てわかるか?」
「え、えっと……兜? ですよね。砕けてるとしか……」
「そうだ。砕けてる……なぁ、兜が砕ける時、どうやって砕ける?」
「そうですねぇ……重いこん棒でガツンと叩いた時、とか?」
「不正解。こん棒で砕けはしない。兜は普通、砕けない」
「……じゃあ、どうやって?」
「答えは中にある。行くぞ」
ハイセは兜の部品を捨て、自動拳銃を抜き中へ踏み込んだ。
クレアも後に続く。
ハイセはクレアを見たが、クレアは首を傾げるだけ。その様子にハイセはため息を吐いた。
「あの、どうしました師匠」
「…………」
───……ォォォ。
と、ここで何かが聞こえてきた。
ハイセは銃を正面に構え、クレアは背中に電流が走った。
「───ッッ、え、え」
「…………」
ずずん、ずずん、ずずん……と、洞窟の奥から巨大な『何か』が現れた。
深紅の肌には鱗が生えており、サメ肌のようにザラザラしている。
頭部には長いクセのついた白髪。そして側頭部に二本、額に一本のツノが生えていた。
腕、足、身体は鋼のような筋肉に覆われ、目はギョロギョロしており、ハイセとクレアを睨む。
討伐レートS+級、『メガロドンオーガ』だ。
クレアの腰が抜け、へなへなと地面に崩れ落ちる。
「あ、ぁ……」
顔が真っ青になり、がたがた震える。
メガロドンオーガの殺意、存在感が圧倒的過ぎて、クレアは対峙しただけで心が折れた。
が、ハイセは言う。
「兜を砕く方法、それは……頭から食らい、嚙み砕くことだ。あいつ、人間を大勢食ってるな……少しは楽しめそうだ」
『オォォォォォォォォォォォァァァァァァァァ!!!!!!』
メガロドンオーガの雄たけびで洞窟が揺れた。
ドンドン!! と、自動拳銃が火を噴き銃弾が発射される。だが、銃弾はメガロドンオーガの額、目の下に命中したが、サメ肌のような皮膚に弾かれた。
「これじゃ無理か」
ハイセは自動拳銃をホルスターへ戻し横っ飛び。
「えっ」
メガロドンオーガの拳が、ハイセを……クレアを襲う。
ハイセは、クレアを見ていなかった。
「し、ししょ」
未だにへたり込んだクレア。
ぎょろっと、メガロドンオーガがクレアを睨む。
『ぐぉるるるる……』
「ひ、ぁ」
震えが止まらなかった。
股間が熱くなり、温かい液体が股間を濡らす。
剣を抜くことも考えられない。
『付いてくるのはまぁ許す。だけど……討伐依頼を受けた以上、自分の身は自分で守れ。俺に何か期待しても無駄だからな』
ハイセの言葉。
クレアはどこかで、ハイセは助けてくれると思っていた。
だが、ハイセはクレアを見てすらいない。
クレアを食おうと大口を開けたメガロドンオーガ。
「ひ、ぃ、っぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
クレアは、ようやく動いた。
びちゃびちゃと、股間から生暖かい液体を流しながら、涙と鼻水で顔を濡らしながら、みっともなく、情けなく逃げ出した……いや、腰が抜けていたので這いずった。
「余所見、それが敗因だ」
『ッゴ!?』
クレアは見ていなかった。
横から飛び出したハイセがメガロドンオーガの口に何か『筒』を突っ込み、引金を引いた。
メガロドンオーガの頭部が吹き飛び、頭部を失ったメガロドンオーガは仰向けにぶっ倒れた。
ハイセは、ショットガンを肩に担いで言った。
「S+と期待したけど、こんなモンか。どうも、等級が上がると狂暴性ばかり増して、頭の方が弱くなっちまう……こうも容易く隙を見せるなんて、面白くないな」
つまらなそうに呟き、メガロドンオーガを軽く蹴った。
「…………ぅ」
クレアは、そのまま気を失った。
◇◇◇◇◇
「…………ん」
目を覚ますと、焚火の傍で寝ていたクレア。
起きると、ハイセがいた。
周りを見渡すと、森の中だ。
大きな岩を背に、テントが一つ。椅子とテーブルがあり、石を組んで作ったカマドではポットがいい感じに温まっていた。
「し、師匠……」
「お前、どうして洞窟に入ってすぐに剣を抜かなかった」
「……え」
いきなりの質問だった。
ハイセはクレアを責めているのではない。質問している。
「答えろ」
「そ、それは……」
「俺が受けた依頼だからか? 戦うのは俺だから? 自分は安全圏で見てるだけだからか?」
「……ぅ」
「お前、なんのために着いてきた? 見学希望か?」
「そ、それは……」
「俺の弟子になりたい、そう言ったよな? それなのに、戦う気もないお遊び感覚だ。お前……冒険者ナメてんのか?」
「…………」
クレアはうつむいてしまった。
ハイセは続ける。
「下積みからやり直せ。明日、サーシャのところに連れて行く」
「……っ」
「今日は着替えて寝ろ。そのままじゃ気持ち悪いだろ」
「ぁ……」
ようやく気付き、クレアは赤くなる。
ハイセはテントを顎でしゃくり、桶に入れた湯と手拭いをクレアに渡した。
今更気づいた。クレアは、テントや寝袋などの道具も、何一つ持っていない。
見学希望。その言葉が、クレアの胸に突き刺さった。
テントに入り、クレアは服を脱ぐ。
下着も脱いで裸になり、手拭いで身体を拭き始める。
クレアのアイテムボックスには、着替えとお金しか入っていなかった。
「…………師匠」
「…………」
身体を拭く手を止め、クレアは言う。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
「…………」
「私、こわくて……う、うごけ、なくて……っ」
ようやく───……恐怖が、涙と言葉になってあふれた。
震えが止まらず、自分で自分を抱きしめる。
「俺も、そうだった」
「……え」
「下積みを一年間経験して、サーシャとチームを結成した」
「…………」
「サーシャは、『ソードマスター』の力を過信して……駆け出しのE級のくせに、B級の魔獣と戦おうとした。俺も調子に乗っていた……サーシャなら倒せる、って思ってた」
「…………」
「結果は、惨敗。お前と同じだ……身体が震えて動かなかった。俺は半端者だったから戦えもせず、サーシャも自分の闘気が通じないと知って動けなくなった。ガイストさんに救われなかったら、俺とサーシャの冒険は終わっていた……」
「…………」
ハイセは、なぜこんな話をしているのか……酔っているわけでもないのに、よくわからなかった。
クレアは、テントの中で泣いていた。
恐怖、哀しみ、「死」目前からの生還、そして……ほんのわずかなハイセの優しさを、心で感じていた。
「お前は、ちゃんと学べ」
「…………」
「お前は『ソードマスター』だ。ちゃんと学べば強くなれる」
「………っ」
次の瞬間、テントが勢いよく開いた。
「ししょうっっっ……お願いします!!」
クレアは、全裸のまま飛び出し、ハイセの前で土下座した。
「わたじ……づよく、なりだいんでず!! ダフネが……わだじを応援じて送り出じてくれだ、わだじの友達が、わだじのごど、まっでるんでず!!」
涙、鼻水にまみれて、それでもクレアはハイセを選んだ。
サーシャの元ではない、ハイセから学びたいと。
「よわいの、わかっでまず……ひっぐ、ろくにたたがえないじ、なにもでぎないじ……でもでも、じじょうのじたで学びたいっで、おもっだんでず……ひっぐ」
「…………」
「おねがい、じまず……」
「…………はぁぁ」
ハイセはため息を吐き、アイテムボックスから毛布を出し、クレアに被せた。
「…………わかったよ」
「……!!」
「ただし、手は抜かない。泣き言ほざいても逃がさない。俺のやり方でお前を鍛えてやる」
「し、しじょう……」
「その代わり……お前が何者なのか、お前が言ってもいいタイミングで話せ」
「…………は、はい!!」
「もう泣くな。ほら、テント戻って服着ろ」
「ぁ……」
ようやく裸と気づき、クレアは顔を赤くしてテントに戻った。
十分もしないうちに、着替えを終えたクレアの寝息が聞こえてきた。
ハイセは、ポットの紅茶をカップに注ぎ、自動拳銃の分解をしながらつぶやいた。
「自分の弱さを知った者は、強くなれる……でしたっけ? ガイストさん」
そう呟き、熱々の紅茶を飲んだ。
こうして、クレアは正式に、ハイセの弟子となった。





