厄介客
「こ、ここが師匠の……えっと」
「不満あるなら帰れ。ってかついてくんな」
結局、クレアは宿まで付いてきた。
イーサンがコツコツ修理をしているが、やはり宿はボロい。
ハイセはあくびをして宿の入口のドアを開けると、シムーンが出迎えた。
「あ、ハイセさん。お帰りなさい」
「ああ」
エプロンを付け、三角巾を頭に巻き、ロビーの掃除をしている。
ロビーは相変わらず古臭い。だが、シムーンが花や絵を飾ったり、割れていたランプケースを交換したり、見えないところや細かい場所も丁寧に掃除をしているので、不潔さは全く感じない。
ハイセがドアを閉めようとすると、クレアがドアを押さえた。
「ま、待ってください!! 師匠、あの」
「師匠じゃねぇって言ってんだろ。いい加減しつこいぞ、お前」
「う……」
クレアがしょんぼりする……が、シムーンが顔を輝かせた。
「あ!! お、お客様ですか?」
「───!!」
「違う。俺に付きまとう不審者だ」
「いえ!! あの、ここは宿ですよね? 一泊おいくらですか?」
「はい!! ───…………あれ」
と、シムーンがようやく気付いたように、主人を見た。
そして、慌てて主人の元へ。
「お、おじいちゃん……一泊いくら?」
「一泊食事付きで……あー、いくらだったかな……えぇと」
主人も忘れていたようだ。どれだけ客が来ずに、ハイセが適当に支払っているのかわかる。
主人は帳簿を確認し、過去に自分が設定した値段を確認し、シムーンに伝える。
クレアはカウンターへ移動し、シムーンから宿の説明を受けつつ帳簿に記帳していた。
「お食事は朝晩ご用意します。お昼が必要な場合は前日に教えてください。それと、お風呂もあります。こっちは毎日入れますので、入る十分前くらいにお伝えくださいね」
「十分? それで入れるんですか?」
「はい。お湯は魔法で出すので」
「なるほど……」
魔族は、能力と関係なく魔法が使える。
シムーンとイーサンは、宿で役立つと『身体強化』、初歩的な魔法を習得していた。
風呂はシムーンが魔法でお湯を出す。毎朝掃除している姿を見かけていた。
クレアはアイテムボックスから金貨の袋を出す。
「とりあえず三十日分、食事付きでお願いします!!」
「はい!! じゃあ、お部屋に案内しますね」
「はい!!」
「…………マジでここに泊まるのかよ」
ハイセは嫌そうにつぶやき、シムーンがクレアを部屋に案内している間に宿の裏へ。
すると、フェンリルが嬉しそうに犬小屋から飛び出し、ハイセの周りをぐるぐる回る。
ハイセは、フェンリルを撫でた。すると、筋トレをしているイーサンがハイセの元へ。
「あ、ハイセさん。お帰りなさい」
「ああ……お前、何してるんだ?」
「筋トレです。ヒジリさんからメニュー渡されて、毎日やってます」
「あいつのメニューね……」
イーサンから聞くと、意外にもまともなメニューだった。
ハイセがガイストから受けた筋トレメニューに比べると優しすぎるくらいだ。
そのままイーサンと談笑していると、裏庭のドアが開きクレアが飛び出してきた。
「師匠!! さっそく稽古をお願いします!!」
「…………」
「え、師匠? ハイセさんも弟子を……?」
「違う。あいつが勝手に言ってるだけだ」
ハイセはクレアを無視。
「師匠、お願いします!!」
「…………」
「お願いします!!」
「…………」
「おね「あーもううるっせぇ!!」
ついにハイセはキレた。
クレアは剣を構えており、不敵に微笑むとハイセに向けて迫ってきた。
「はぁぁぁ!! 『メテオストライク』!!」
闘気も何もない、ただの力強い振り下ろしだ。
ハイセは半歩ずれて振り下ろしを躱し、隙だらけのクレアの額にデコピンした。
「いたぁ!?」
「話にならねぇ」
「うう……」
心底つまらなそうに、ハイセは言う。
「お前、『ソードマスター』なら何で闘気を使わない」
「う……その、実は十秒くらいしか維持できなくて。切り札として」
「それが話にならねぇってんだ。クロスファルドさんは知らんけど、サーシャは常に闘気を纏って戦うぞ。闘気が切り札? 違うね、闘気は『ソードマスター』の基本中の基本。最低でも三十分以上は維持できないと話にならない」
「な、なるほど……」
ちなみに、サーシャは何もしなければ闘気を全開にしたまま三時間は維持できる。戦闘状態だと三十分、放出したり研ぎ澄ませば二十分……そもそも、サーシャと二十分以上戦える相手はほぼいない。
追放される前、ハイセが最後に知っている情報では、サーシャは銀色の闘気を二時間は維持できていた。
そもそも、クレアの闘気は『薄い』のだ。まるで……初めて『ソードマスター』に覚醒したばかりのサーシャを思い出す。
「あの、師匠……この闘気、持続時間をどうやって伸ばせば」
「知るか。ってか師匠って言うな」
「うう……あ!! そ、そうでした!! 私、対価を支払ってません!!」
「…………は?」
「無料で師匠やってもらうのもおかしいですよね……でも師匠、お金はいっぱい持ってるそうですよね? じゃあ代わりの……あっ」
と、クレアは赤くなり、胸を隠すような動作をした。
「か、身体で「それ以上言ったら殺す」ひっ……」
ハイセは首を傾げるイーサンの耳を塞ぎ、クレアを睨んだ。
クレアはアワアワしながらペコっと頭を下げる。
すると、宿屋裏庭のドアが開いた。
「みなさーんっ!! クッキー焼いたんですけど、いかがですかー? イーサンも、トレーニング休憩して食べよっ」
「あ、うん」
「……行くか」
「あ、私も食べますっ!!」
この日の訓練は終わり、夜となった。
◇◇◇◇◇
その日の夜。
ハイセは一人、夕食を食べた後、シムーンが淹れた紅茶を飲みながらドレナ・デ・スタールで見つけた本を読んでいた。
空中城から持ち帰った本の六割が小説だった。
文字は『イセカイ』の文字に似ており、読める文字、文章、そして組み合わせから読めない文字を推測しながら補完して読むのは、なかなか楽しい暇つぶしであった。
一度、タイクーンと文字について語り合うのも悪くない……と、考えている。
追放の経緯はあるが、知識を深めることに対して、互いに利用するのも悪くない。おそらくだが、タイクーンも同じだろうとハイセは思っていた。
すると、シムーンが。
「あの、ハイセさん。わたし、お風呂入っちゃいますね」
「ああ」
「ハイセさんは……?」
「俺は最後でいい」
「わかりました。じゃあ、わたしが入ったら、お湯を温め直しておきます」
「ああ、助かるよ」
「……あの」
と、シムーンがハイセの読む本を気にしていた。
視線で察したハイセは、シムーンに本を見せる。が……すぐに首を傾げてしまう。
「よ、読めません……」
「はは。この文字は難しいからな。シムーンは読書が好きか?」
「はい。文字を覚えて、いろんな本を読めるようになって、すごく楽しいです」
「じゃあ今度、古商業区画にでも行くか。あそこは古い本屋が多いから、気に入る本が必ずある。それに、あそこは異国の食べ物……カリィライス、だったかな。それとカーフィーが美味い店も多いんだ。古いカフェでカーフィーを飲みながら読書するのも、気分がいいぞ」
「わぁ……!! 楽しそうです。行きたいです!!」
「じゃあ、休みの時……そういや、お前たちって休みはあるのか?」
ちらっとカウンターを見ると、主人がハイセをジロッと見た。あの目は「失敬な」と語っている。
それを確認し、シムーンに言う。
「じゃあ、今度の休みに行くか」
「はい!! やったぁ」
シムーンは、嬉しそうにしながら浴場へ向かった。
すると、階段がギシギシきしむ……話を聞いていたのか、クレアがいた。
「古本屋ですか。私も行きたいです!!」
「…………」
「あの、師匠……それくらいは、いいですよね」
「師匠じゃない。ったく……」
「あの……わたし、まだハイベルグ王国に来たばかりで、地理とかわからなくて」
「……はぁ。好きにしろよ」
「やった!! ありがとうございます、師匠!!」
「…………」
クレアは、すでに風呂に入ったのか甘い香りがした。
ハイセの前で嬉しそうにニコニコし、手をブンブン振っている。
そして、なぜかハイセの対面に座った。
「えへへ……」
「なんだよ」
「師匠は、子供には優しいんだなーって思いまして」
「……だからお前にも優しくしろって? 悪いけど、知らないヤツと、人の話を聞かないヤツには優しくしないことにしてる」
「む、むぅぅ……」
「…………おい」
ハイセは本を閉じ、クレアに聞いた。
「お前、何者だ? 三人目の『ソードマスター』なのはわかった。ただの剣士じゃないな?」
「え……」
「俺の銃弾に耐えた剣。そんなの、一般の剣士が持てるような剣じゃない。道楽貴族の末っ子か、高名なS級冒険者の娘か……」
「え、ええと……」
「……まぁ、どうでもいい。お前を指導するつもりなんてないしな」
「…………」
「この宿を拠点にするのはお前の自由だ。金も払ったしな。でも……俺に関わるな」
「……師匠」
「師匠じゃない。いいか、強くなりたいなら、サーシャのところに行け」
「…………」
クレアは黙り込む。
そして、ハイセをまっすぐ見た。
「それは、いやです」
「……は?」
「私は、最強の傍で強くなりたいんです!! ですから……師匠がどんなに邪険にしても、私は諦めませんから!! じゃあおやすみなさい!!」
クレアは立ち上がり、頭をガバッと下げて自室に行ってしまった。
その背を見送ったハイセは、ため息を吐いて残った紅茶を一気飲みした。
「…………ありゃ、諦めんぞ」
主人が新聞を見つつ、ぽつりとつぶやいた。
 





