それは、三人目の
裏路地にて。
ハイセは、フードを被った襲撃者と戦っていた。
最初こそ警戒したが、今はそこまででもない。
理由は三つ。
「───ッ!!」
「…………」
襲撃者の武器は剣。
細い刀身の剣だ。サーシャのロングソードは両刃だが、襲撃者の剣は片刃。そして柄にはナックルガードが付いており、柄や鞘には高貴そうな装飾が施されていた。
ハイセが警戒を弱めた理由その一……この襲撃者は、殺意がない。
ハイセは、襲撃者が振り下ろした剣を躱し、剣の側面を自動拳銃で撃つ。
「ッ!?」
「へぇ、折れないのか」
襲撃者の剣は、折れなかった。
ハイセの銃弾を剣の側面に食らい折れなかったということは、間違いなくミスリル鋼以上。
ミスリル鋼の剣でも、ハイセの銃弾を側面に食らえば亀裂が入る。かつて、銃弾の威力を知るためにハイセが検証したが、一発目で側面に亀裂が入った。
が、襲撃者の剣には亀裂すらない。相当な硬度……つまり、普通の人間が武器屋で買えるような剣ではないということだ。
「……くっ」
襲撃者はよろめいた。
が、すぐに体制を立て直す。
ハイセは、襲撃者の手を見て確信した。
これが、ハイセが警戒を弱めた理由その二。
「お前、女だな」
「…………」
男の拳は大きい。
手袋をしているが、襲撃者の手は小さく、指が細い。
それに、剣の握りが非常に硬かった。が……剣筋は素人じゃない。
間違いなく、刀剣系能力者。
「まだまだっ……!!」
「……まぁ、いいけど」
襲撃者は隠さなくなったのか、声を出した。
やはり女の声。しかも、若い。
そして───……ハイセも少し驚いた。
「はぁぁっ!!」
「ッ……お前、その力」
襲撃者の身体が、薄い鉛色のモヤに包まれた。
ハイセは、このモヤの正体を知っている。
そして、小さく呟いた。
「……『ソードマスター』」
◇◇◇◇◇
刀剣系最強能力、『ソードマスター』
現在、ソードマスターの力を持つ者は三人いると言われている。
一人は、剣聖と呼ばれている『龍神武剣』の二つ名を持つクロスファルド・オルバ・セイファート。
もう一人は、S級冒険者『銀の戦乙女』サーシャ。共に知らぬ者はいない剣士。
そして、最後の一人。
不思議なことに、最後の一人のことは誰も知らない。名前も、性別も、年齢も……そもそも、冒険者なのかどうかすらも。
だが、ハイセの目の前にいる襲撃者は、間違いなく『ソードマスター』の力を持っている。
が……あまりにも、拙い。これが最後の理由。
「覚ご……ッ、あ」
闘気を漲らせたところで、ハイセが背後に回り手刀で剣を叩き落とされた。
落ちると同時にハイセは剣を蹴ると、剣は回転して壁に突き刺さる。
闘気が消えた瞬間、ハイセは襲撃者の胸倉をつかんで壁にたたきつけ、自動拳銃を額に突き付けた。
「う、ッぐ……」
「残念だったな。お前が何者か知らんし興味もない。ソードマスターだろうが、お前の闘気は弱すぎる……覚醒したばかりだな? いくら刀剣系最強のスキルだろうが、今のお前はせいぜい『一流』だ……一流程度、冒険者の等級でいえばD級レベルだ」
そこまで喋り、ハイセは襲撃者を開放する。
そのまま踵を返し、宿に向かって歩き出した。
「最強の能力の一つであるソードマスターなら、俺を相手にできると思ったんだろうが……消えろ。次に来るなら今度は容赦なく殺す」
そのまま、襲撃なんて無かったようにハイセは歩き出した。
が───……襲撃者が立ち上がった。
「お待ちください!!」
完全な女の声。
ハイセは立ち止まり、振り返る。
自動拳銃を手に持ち、片方しかない目で襲撃者を睨む。
すると、襲撃者は。
「お願いします!! 私を……弟子にしてください!!」
襲撃者は、ハイセの足元まで移動し……思いっきり土下座をしたのだった。
◇◇◇◇◇
「あ、あぁ!? お、お待ちくださいっ!!」
襲撃者を無視して歩き出したハイセ。
でし。
弟子だろうか? そんなことを言ったような気もしたが、聞こえないふりをした。
「どうか、話を聞いてくださいっ!! お願いしますっ!!」
「おい、触るな。ってか……何なんだ、お前」
「あ、失礼しました!! えいっ!!」
襲撃者は、フードとローブを一瞬で脱いで投げ捨てた。
はらりと、白みがかった空色のロングヘアが流れる。
顔立ちは非常に整っており、肌もきめ細かく白い。
瞳はアイスブルー。冷たい印象があるが、少女のウキウキしたような雰囲気がブレンドされ、温かみのある優しい瞳に見えた。
服装は、白を基調としたフリル付きのシャツ。膝下までのスカートをはいているが、下は素足ではなくタイツを履き、さらに白系のグリーブを履いている。
胸当て、小手も白系。兜は被っておらず、白系のカチューシャを付けていた。
「はじめまして。私、クレアって言います」
「…………」
「冒険者を目指す十六歳。能力は『ソードマスター』です!! お願いします、S級冒険者『闇の化身』ハイセさん。私を弟子にしてください!!」
「…………」
「お願いします、師匠!!」
「ほか当たれ」
それだけ言い、ハイセは少女……クレアを無視して歩き出す。
すると、クレアは当然のように隣に並んだ。
「お願いしますー!! あの、いきなり襲い掛かったのは申し訳ございませんでした。まともに行ったら絶対に邪険にされそうな気がしたので……」
「…………」
「私、強くなりたいんです!! だから師匠、私を弟子にして」
「うるさい。帰れ」
「家は出たので帰る場所はありません!!」
「じゃあ消えろ」
「そんなぁ!! お願いします、私……強くなりたいんです!!」
◇◇◇◇◇
『お願いします、ガイストさん。俺……強くなりたいんです』
◇◇◇◇◇
「…………」
ふと、昔のことを思い出した。
追放され、右目を失い、能力を真に理解したハイセ。
銃の使い方を古文書を見ながら独学で学びながらも、近接戦闘技術を極限まで磨くため、骨格が歪むほどの過酷な訓練をガイストにお願いした。
クレアの目は、その時のハイセに少しだけ似ていた。
当然だが弟子など取らない。が……ハイセは聞いた。
「なんで俺なんだ」
「え?」
「『ソードマスター』なら、S級冒険者のサーシャがいるだろ。教えを受けるならこれ以上ない相手だぞ」
「でも、それじゃあ意味がないんです」
クレアは即答した。
意味がわからず、ハイセは無言になる。
クレアは笑った。今度の笑みは、挑むような力強い笑みだ。
「『龍神武剣』クロスファルド・オルバ・セイファート、『銀の戦乙女』サーシャ。確かに、剣士として師事するならこの二人を置いてほかにいません。でも……それじゃあ、私の剣は二人の模倣になる。それじゃ意味がない。私は、この二人を超えた『ソードマスター』になりたい。だから、最強の冒険者と呼ばれているS級冒険者、『闇の化身』に学びたいんです!!」
「…………」
「お願いします、師匠!! 私を鍛えて下さい!!」
そう言い、クレアは頭を下げた。
ハイセはフッと笑い、クレアを見た。
クレアも嬉しそうに笑った。ハイセが、認めてくれたと───……。
「ほか当たれ」
「あらぁ!? こ、ここは『いいぜ』って言う場面じゃ……って、師匠、師匠───ッ!!」
「師匠じゃねぇ。ついてくんな」
ハイセはクレアをとことん無視し、歩き出すのだった。





