白銀の踊り子は今日も歌い明日も舞う
ヴァイスと共に、ハイセはボロ宿へと帰ってきた。
宿の入口に立つと、聞きなれない音が聞こえてくる。
何かを叩くような、地面を蹴るような音だった。
何事かと思い、最初に宿の裏手へ回ると……そこにいたのは。
「ホラホラ、まだ脇が甘いっ!! ちゃんと前見て!!」
「は、はいっ!! やぁぁぁっ!!」
「気合い入れて!! せいっ!!」
「うぐぅっ!?」
ヒジリと、ヒジリと殴り合っているイーサンだった。
すると、すぐ近くでシムーンに野草の説明をするプレセアがいた。
「これがクルム草。煎じると胃の薬に、アマデ草と合わせると胃腸の薬になるわ。でも、アマデ草と合わせるときは蒸留水を加えないとダメ」
「なるほど……」
シムーンはしっかりメモを取っている。
「あなた、スジがいいわ。私の教えた薬もすぐに調合できるようになったしね」
「あ、ありがとうございます……わたし、おじいちゃんが風邪を引いた時、何もできなくて……プレセアさんがいなかったらと思うと、怖くて……だから、薬師になりたいんです」
「素敵ね。大丈夫、こう見えて私、森国ユグドラでは姉上よりも優れた薬師だから。あなたなら三年あればハイベルグ王国で開業できるくらいの薬師になれるわ。資格が必要だけど、私が推薦すれば問題ない。あと三年したらユグドラで資格を取るといいわ」
「は、はい……でもわたし、この宿屋をずっと守りたいです」
「だったら姉ちゃん、宿屋はおれが守るよ。おれ、強い大工を目指す!!」
「イーサン……」
「姉ちゃんは薬師、おれは大工。二人で一緒にこの宿屋を守ろう!! じいちゃんのためにさ!!」
「……うん!!」
「うう……泣かせるじゃない!! よっしゃイーサン、最強の大工を目指すわよ!!」
「はい!! 師匠!!」
「……最強の大工ね。ヒジリ、相変わらずズレてるわね」
「あ、あはは……あの、プレセアさん、続きをお願いします」
「ええ…………あら」
と、ここでようやく、プレセアの目がハイセに向いた。
シムーンが振り返ると、華のような笑顔を見せてハイセの元へ。
「ハイセさん!!」
「え、ハイセ?」
「あ!! ハイセさん!!」
「……おう」
ハイセは軽く手を上げる。すると、イーサンとシムーンが駆け寄ってきた。
そして、同時に頭を下げる。
「「おかえりなさい!! ハイセさん!!」」
「ああ、ただいま」
二人の頭を交互に撫で、ようやくハイセは『家』に帰ることができた。
◇◇◇◇◇
訓練と勉強は中断になった。
プレセアとヒジリも近づいてくる。
「おかえりなさい、ハイセ」
「おかえり!! ふっふっふん、これで依頼達成ね!!」
「依頼……ああ、イーサンとシムーンを任せるってやつか。任せるとは言ったけど、なんで弟子になってるんだよ。あと最強の大工ってなんだ?」
「この子、大工になりたいんだって。このボロ宿、いろいろ痛んでてさ、ちょこちょこ修理してるみたいよ?」
「ああー……」
確かに、宿はボロボロだ。
主人も修理する気がない。ハイセは知らないが、ハイセが使っている二部屋以外、この宿の部屋は使えない。雨漏り、床のひび、天井に穴など、問題だらけのようだ。
そこを、イーサンが少しずつ修理しているらしい。
町の大工の仕事をジッと見たり、お小遣いや給料で大工道具を買ったりしている。
「で、最強の大工ってのは?」
「……おれ、弱いから」
ある日、シムーンと二人で買い物に出かけた時。ガラの悪い男数人に囲まれ、シムーンが連れ去られそうになったそうだ。
イーサンは何もできず殴られてしまい、自分の弱さを痛感したそうだ。
「……殴られた?」
ハイセの眉がピクッと反応し怒気が発する、がヒジリが言う。
「そいつら、アタシが半殺しにしといたわ。全員一個ずつタマ潰して、血の涙流すまで顔面潰しといたから」
「……ならいい」
「え、えっと……それで、おれはヒジリさんみたいに強くなりたくて」
「なるほどな……」
「ハイセさん。これからもヒジリさんから、武術を習っていいですか?」
「ああ、いいぞ。ヒジリ、頼んでいいか?」
「いいわよ。あ、ごはん奢ってね、それが依頼料よ!!」
「わかった」
わずか二週間合わないだけで、イーサンは男の顔になっていた。
成長が嬉しく、ハイセはつい微笑む。
そして、シムーンを見た。
「シムーンは、プレセアから習ってるのか?」
「はい。プレセアさん、ユグドラでは名のある薬師なんです。いろいろ教えてもらってます」
「…………」
「何、その顔」
「……別に」
ハイセが空中城に行って数日後、宿の主人が風邪をひいたらしい。
慌てるシムーンの前に現れたのはプレセア。薬を調合し飲ませると、すぐに良くなったそうだ。
「わたし、慌てるだけで何も……だから、プレセアさんみたいな薬師になって、おじいちゃんが病気になっても治せるようになりたいんです」
「この子、スジがいいわ。一度教えたら忘れないし、三年あれば一人前になれるわ」
「へぇ……」
「ハイセさん。これからもプレセアさんから、いろいろ習っていいですか?」
「もちろんだ。いいよな?」
「ええ。私も、この子にいろいろ教えたいからね」
シムーンも、目標を見つけたようだ。
二週間という時間は短いようでこの子たちには長い。ハイセは不思議な気分だった。
すると、プレセアが言う。
「ハイセ、さっきから気になっていたけど……そこの人、誰?」
ようやく、ヴァイスの話題になった。
ハイセの数歩後ろで待機していたヴァイスが前に出る。
ハイセを見て確認を取り、ハイセは頷く。
ヴァイスはローブを脱ぎ、帽子を取った。
『はじめまして。私は踊り子型オートマタ、ヴァイスと申します』
「「「「…………」」」」
「ドレナ・デ・スタールの空中城で見つけたお宝だ。ま、喋る人形……とでもしておくか」
『構いません、ムッシュ。私は人間ではなくオートマタ、人形です』
ヴァイスは一礼。ハイセ以外の全員が受け入れるまで、しばらく時間が必要だった。
◇◇◇◇◇
宿に入ると、カウンター席にいた主人がハイセを見てすぐに「フン」と鼻を鳴らす。いっしょに店番をしていたのか、フェンリルが尻尾を振りながら飛びついてきた。
ハイセもなんとなく嬉しくなり、抱えたフェンリルを撫でながらカウンター席へ。
「延長一か月。食事、新聞、紅茶付きで」
「……はいよ。ん? それはなんだ?」
「人形。ダンジョンのお宝だ」
『…………』
「ほぉ、よくできとる……」主人もフェンリルもジーっとヴァイスを見る
「宿代、必要か?」
「いらん。夕食はどうする?」
「いる。っと……なぁ、王都で売りに出されてる劇場、まだ残ってるか?」
「劇場? …………ああ、そういうやそんなのあったな。確か、昨日の新聞にも続報があったな……今日中に買い手が見つからない場合、取り壊すことになるそうだ」
「今日中!? おい、その劇場俺が買う。どこに行けば買える!!」
「……ほれ」
店主は昨日の新聞をハイセに。
ハイセはフェンリルを降ろして新聞をめくり、『格安劇場。お求めはこちらまで』と書かれた記事を破り取る。
「ヴァイス、行くぞ!!」
『はい、ムッシュ』
ハイセはヴァイスと一緒に、慌てて宿を出て行った。
店主は新聞をめくり……「ん?」と首を傾げた。
「今、人形がしゃべって…………気のせいか」
◇◇◇◇◇
ハイセが向かったのは、劇場の売買をしている不動産屋だ。
不動産屋に入るなり、カウンターにいた受付嬢へ行った。
「劇場を売りに出してたな。まだあるか?」
「え? あ、はい。二週間前から売り出している劇場ですね。あー……売買期間は本日までとなっております」
「買った」
ドン!! と、白金貨が詰まった巨大な革袋をカウンターへ置く。
金は冒険者用の口座にいくらでもある。アイテムボックスには白金貨の詰まった袋が百以上ある。
そのうちの一つを、カウンターにたたきつけた。
「足りないか? 値段はいくらだ?」
「…………きゅう」
白金貨の山に、受付嬢が気を失った。
慌てて支配人が飛んでくる。
ハイセは、ちょうどいいとばかりに言った。
「劇場は俺が買う。金ならいくらでも出すぜ」
一時間後、売買契約が成立……ハイセは劇場のオーナーとなった。
◇◇◇◇◇
ハイセとヴァイスは、古ぼけた劇場にやってきた。
ハイセの手には劇場のカギがあり、ドアを開けて中へ。
「……けっこう、埃っぽいな」
『…………』
入るとロビーがあり、大きな受付カウンター、休憩用の大ラウンジ、さらに宿泊用の個室もあった。
一番奥が劇場となっており、扇状に広がった階段作りの客席がある。二階、三階、四階席まであり、VIP席もあった。
かつては、ハイベルグ王国で一番の高級劇場だったらしい。だが……今はさらに高級で大きな劇場がいくつも完成し、この劇場は古く小さい劇場として客入りが減少……廃業となった。
確かに、広いがどことなく古臭い。
「どうだ?」
『素晴らしい』
舞台は広く、ドレスルームや舞台袖はかなり広い。
だが、ヴァイスは言う。
『いくつか問題点はありますが……』
「その問題、全部言え。俺が直してやる」
『かしこまりました。ここに来るまでの街並みから文化レベルを確認、設定しました。今の文化レベルに合わせた改善案を』
◇◇◇◇◇
S級冒険者ハイセ、サーシャの両名が禁忌六迷宮の一つ『ドレナ・デ・スタールの空中城』を攻略した。そのニュースは、ハイセたちが帰った翌日に冒険者たちの間で広まった。
なぜ、ソロのハイセと、クランマスターのサーシャが二人で?
当然の疑問に、様々なうわさが広がった。
幼馴染同士であり、実は昔同じチームだったとも広がった。
レイノルドではなく、ハイセに乗り換えたとも言われたし、実は互いに好き合っているとも言われた。
三つ目の禁忌六迷宮が攻略されたことよりも、二人は親密なのでは? という話の方が広く伝わった。
だが、ハイセはすべて無視。サーシャも何も言わない。
それから一か月……噂もようやく収まったころ、ハイベルグ王国に新しい劇場がオープンした。
もとは古臭い劇場だったが、どこかの成金が大金を投じて建物をリフォーム。たった一か月で豪華な劇場に生まれ変わった。
意外なことに、豪華な造りだが入場料などは平民でも入れるほどの値段だった。
劇場オープン初日……この日は満員。
一般席には平民のお客さん、少し高めの席には貴族、そしてVIP席にハイセ、イーサンとシムーン、宿屋の主人が座っていた。
サーシャたち『セイクリッド』とガイスト、ミイナ、プレセアにヒジリもいる。
ガイストは「何? ハイセがオーナー? 管理はクラン『セイクリッド』? どういうことだ?』と首を傾げている。
ハイセは、少し離れたVIP席に座るサーシャと目を合わせた、二人ともいたずらが成功した子供のように微笑んでいる。今日のことは、みんなに内緒である……プレセアたちを除いて。
そして、始まる───……奇跡が。
銀幕が上がり、現れたのは───……美しい、一体のオートマタ。
人形の登場に会場は困惑するが……すぐに、その歌声に酔いしれることになる。
『皆様。私はオートマタ。歌い、踊り、感動を与える自動人形。どうか最後までお楽しみください』
新たな『生き甲斐』を見つけたヴァイスの歌は、空で聞いた時よりも美しく響いていた。





