ドレナ・デ・スタール・ラブソング/終わらないレクイエム
『ご清聴、ありがとうございました』
歌と踊りが終わり、ヴァイスは丁寧で完璧な一礼をする。
ハイセとサーシャは拍手……ヴァイスは、ここで初めて『笑った』。
二人はヴァイスの元へ。
ハイセは、ヴァイスの顔を見ながら言う。
「お前、笑えるんだな」
『はい。お客様を不快にさせない機能の一つです。ですが、その……思考回路に軽微のバグでも発生しているのでしょうか。私の『意思』に関係なく発動しました』
「ふふ、それはきっと、お前が嬉しいと『心』で感じているからだろうな」
『こころ』
サーシャに言われ、ヴァイスは自分の頭を押さえた。
『こころ、が……』
「違う。心はそこじゃない……自分の胸にある想いのことだ」
そう言い、サーシャはヴァイスの手を取り、そっとヴァイスの胸に手を置く。
ヴァイスの胸からは、動力機関である時計のような羅針盤、『時の心臓』がある。カチ、カチ、カチと静かに時間を奏でるような音がサーシャにも聞こえていた。
「お前はもう、人間と変わらないと私は思う。これだけ人を感動させることができるんだ……ふふ、柄にもなく泣いてしまったよ」
涙をぬぐい、サーシャは笑った。
ヴァイスはサーシャを、そしてハイセを見る。
『ああ───………私は、造られてよかったと、『心』で感じています。ムッシュ、マダム……私が存在する理由が心で理解できました。本当に、ありがとうございました』
「…………」
『では、そろそろ参りましょう……この劇場都市を、終わらせに』
ヴァイスは歩き出した。
サーシャも後に続くが、ハイセは動かなかった。
「ん? どうした、ハイセ」
「……先に行っててくれ」
そう言い、ハイセは一人だけ別の方向へ歩き出した。
◇◇◇◇◇
ホテルに戻ると、ヴァイスは気づく。
『マダム。ムッシュは何処へ?』
「ああ、少し用があると……あー、そのマダムというのはなんだ? ムッシュはハイセのことか?」
『はい。全ての男性、女性へ対する敬称のことです。名前で呼ぶという大それたこと、私にはできませんので』
「そういうものか……? ところでヴァイス」
『はい』
「……お前は、本当にこのホテルと運命を共にするつもりか?」
『はい。私の存在意義はもうなくなりました。最後、ムッシュとマダムに私の歌と踊りを堪能していただけただけで、もう満足です』
「…………」
『マダム。確認しますが……地上へ戻る手段はあるのですね?』
「あ、ああ。ハイセのヘリとかいう乗り物で降りれるだろう」
『わかりました。では』
ヴァイスは、ハイセとサーシャが見つけた事務所へ。
壁にあった小さな扉を開けるとレバーがあり、それをひねると事務所奥へ通じる通路が開く。
「こ、こんな仕掛けが……」
『これを知るのは、ホテルの従業員だけです』
「悪い、遅くなった」
と、ここでハイセが合流。
サーシャが「どこへ行ってた?」と聞くと、「お宝見つけたから回収した」とだけハイセは言う。
ヴァイスに続き、地下の階段へ降りていくと……そこは、機械で埋め尽くされた『鉄の部屋』だった。
「す、すごい……!!」
サーシャが驚く。
部屋はとんでもない広さだった。中央に巨大なクリスタルが半透明のドームに覆われて浮かんでおり、その傍には端末が設置されている。
クリスタルにはいくつものコードでつながれており、周囲には半透明の板が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。
『これが反重力装置です。太陽光により常にフル充電状態。仮に充電が不可になっても理論上では蓄えたエネルギーで745年の飛行が可能』
そう言いながら、ヴァイスは端末を操作する。
そして、キーボードに何かを打ち込み、最後に端末にあった一番大きな赤いボタンを押した。
端末画面には『最大上昇』と表示されていることに、ハイセが気づく。
『ムッシュ、マダム。最後に私を取り戻してくれて、そして……私の歌を聞いてくれて、ありがとうございました』
「……ヴァイス」
『速やかに脱出を。当ホテルは間もなく閉館となります。長らく、ご利用いただきありがとうございました』
「…………そうだな、じゃあ行くか」
と───……ハイセは、ヴァイスの腕を掴んだ。
『……え?』
「役目はある」
『む、ムッシュ?』
「……ああ、そういうことか、ハイセ」
サーシャは微笑み、ヴァイスの反対側の腕を掴んだ。
『ま、マダム? あの』
「お前は、ここでの役目が終わったんだろ。だったら……新しい職場は、俺が用意してやる。お前の歌と踊り、ここで無くすには惜しい」
「同感だ。ヴァイス、お前はこれより、私とハイセの物だ。お前はもっともっと……お前が喰らった仲間の分まで、人々を幸せにできる権利がある」
『……え』
困惑。
メモリに深刻なエラーが発生したヴァイス。だが……不思議と、修正システムを起動する気にはならなかった。なぜなら、修正してくれるのは目の前にいる二人だから。
「サーシャ、お前新聞読むか?」
「当たり前だ」
「少し前の記事で読んだ。古い劇場が売りに出されるとか……そこ、俺が買い取る。改修もする。ヴァイスのステージとして使えるだろ」
「いい案だ。ヴァイスは人間と変わらないが、人間ではない『動く人形』だ。物珍しく、狙われることもあるだろうな……まぁ、劇場のオーナーはお前、運営は私のクランでやろう」
「採用だ。へ……禁忌六迷宮で一番の財宝を手に入れたぜ」
「ああ。ヴァイス、文句は言わせんぞ」
『…………』
ヴァイスは、ハイセとサーシャの手を掴んだ。
『私は、まだ……存在してもいいのですか?』
「ああ。まぁ、あれだけの踊りを一回しか堪能できないのはもったいない。お前、あれ以外にもまだまだ歌えるし踊れるんだろ?」
『はい。777体全てのデータがあります』
「ふふ、それは楽しみだ。全てを堪能するまで、お前には働いてもらうぞ? 私にもようやく、女らしい趣味が見つかりそうだ」
『マダム……』
「さて、そろそろ脱出するか。行くぞ、サーシャ……ヴァイス」
「ああ」
『───……はい』
三人は外へ。
外に出ると、気温が一気に下がっていた。
『現在、高度6000メートルです。成層圏を超え中間圏……早期脱出を提案します』
「さ、寒い……は、ハイセ」
「わかってるよ」
ハイセが生み出したのはヘリコプター。
だが、最初のと形状が違う。
「……なんだか骨組みみたいだが、大丈夫なのか?」
「今の高度じゃ普通のヘリは厳しいからな。それよりさっさと乗れ」
ハイセ、サーシャ、ヴァイスが乗り込むと、ハイセはエンジンをかけて離陸。
一気にホテルから脱出し、距離を取った。
サーシャは、窓から遠く離れていくドレナ・デ・スタールを見る。
「……空へ向かっていく」
『熱圏、外気圏を抜けて宇宙空間へ。そのまま太陽へ向かい、最終的には跡形もなく消滅するでしょう』
ハイセたちが脱出すると同時に、ドレナ・デ・スタールは速度を上げた。
それから数分もせず、ドレナ・デ・スタールは宇宙空間へ。もうサーシャとハイセの肉眼でもとらえることができず、ただの空が広がるだけだった。
ゆっくりと地上へ降り、雲を抜ける。
すると、サーシャは気づいた。
「お、見ろ。あっちの雪原……極寒の国フリズドが見えるぞ」
「あれがフリズドか。なかなかデカイな」
「ハイベルグ王国ほどではないがな。砂漠の国ディザーラ、森国ユグドラと並ぶ大国家だ」
『ヒトの、国……』
「ああ、忘れてた……おい、ヴァイス」
『はい、ムッシュ』
ハイセは操縦桿から手を放し、ヴァイスに一着のドレスを渡した。
アイテムボックスから出したのだ。
『これは……』
「よくわからんから、衣装室にあった衣装とか小道具、全部アイテムボックスに入れてきた」
「お前、これを回収していたのか」
ハイセは指でアイテムボックスのリングを弾きサーシャへ。大容量の収納がある、ハイセがいくつか所持しているアイテムボックスの一つだ。
「そこに全部入ってる。汚れたり、破けてるのもあったけど直せるだろ」
『ムッシュ……ありがとうございます!!』
「ふ、やるではないか、ハイセ」
「そりゃどーも」
ハイセはそのままヘリを操縦、ハイベルグ王国から少し離れた場所に着陸し、ヘリを消した。
「ここからは歩いていくか……と、ヴァイス」
『はい』
「目立つから、ローブ着てけ。あと帽子も」
ヴァイスに厚めのローブを着せ、帽子を深くかぶらせた。
サーシャは、久しぶりの地上が嬉しいのか、大きく伸びをする。
「はぁ~……久しぶりの地上だ」
「のんきな奴だな。お前、レイノルドたち振り切って勝手に俺に付いてきたこと、忘れるなよ。お前がちゃんと説明しないと、俺がお前のクランに何言われるか……」
「わ、わかっている!! くっ……ちゃんと謝罪せねばな」
「ホテルで土産いっぱい拾ったろ。それちゃんと渡せよ。ああ、これタイクーンに。俺からってことで」
ハイセはサーシャに数冊の本を渡した。
サーシャは無言で受け取り、「どう謝ろうか、謝罪文……」と、ぶつぶつ言っている。
ヴァイスは空を見上げていた。
「まだ、見えるか?」
『いえ。反重力装置の出力は最大にしましたが、太陽までは遠く6ヶ月はかかります。今はきっと……」
「……そっか」
ハイセは空を見上げる。
そして、隣にサーシャも並び、空を見上げた。
「禁忌六迷宮の一つ、『ドレナ・デ・スタールの空中城』……踏破だな、ハイセ」
「ああ。俺とお前でな」
「ふふ、そうだな……それに、今回は素晴らしい『財宝』を手に入れた」
「……そーだな」
三人はしばらく空を見上げていた。
天空を彷徨い続けた古の城、その正体は観光地であるホテル・ドレナ・デ・スタール。
そのホテルはようやく役目を終え、太陽へと還っていった。





