白銀の踊り子ヴァイス・エトワール③/麗しのバラード
ハイセ&サーシャVS踊り子型オートマタ・ヴァイス。
戦闘開始からすでに十五分。二人は、ヴァイスの動きにかろうじて食らいついている状況だった。
ハイセはサーシャが前衛として剣を振るっているので強力な火器を使えず、サーシャは迫るヴァイスをハイセに近づかせないよう必死だった。
今は、この形がベスト。
サーシャの前衛、ハイセの援護。
二人は気づいていない……この形が、S級冒険者『銀の戦乙女』と『闇の化身』が手を組んだ最強のスタイル。ガイストですら打ち破ることができない陣形だと。
だが、ヴァイスはその上を容易く超える。
ハイセはマガジンを交換しつつ叫んだ。
「間違いなくガイストさんより強ぇな!!」
「同感、っだ……ッ!!」
ヴァイスの鉄扇を受け、弾いたサーシャ。
するとヴァイスは優雅にステップを踏みつつ、くるくる高速回転。摩擦で床から黒い煙が上がる。
『マダム、踊りましょう』
「くっ……!?」
回転からの、鉄扇による連続攻撃。
そしてついに、サーシャが鉄扇の一撃をモロに受け、着ていた鎧が砕け散った。
「ぐ、ぁっがっは……ッッ」
地面を転がり、壁に激突する。
すると、陶器のような顔を歪ませもせず、無表情のヴァイスがサーシャに迫った。
サーシャは剣を構えようとするが───……剣がない。
「しまっ……」
剣は、すぐ近くに転がっていた。
手を伸ばすが届かない。ヴァイスが迫っている。
鎧が砕け、鎧下が見えた状態だ。今のサーシャでは、ヴァイスの鉄扇を躱せない、受けれない。
間違いなく、喰らえば骨が砕ける。腹に食らえば内臓が飛び出すほど肉が裂けるだろう。
サーシャはまっすぐヴァイスを見た。表情の変わらない人形は、鉄扇を振りかぶって目の前に。
そして、その一撃が───……。
「この時を待っていたぜ!!」
すると、真横から飛び出してきたハイセが、ヴァイスに飛び掛かった。
完全な不意打ちだった。
ハイセは、ヴァイスにしがみつく。
「狩りと同じだ!! 最も無防備になる瞬間が、獲物を狩る瞬間!! サーシャにとどめを刺す瞬間が、最大にして最後の好機だってなぁ!!」
『ムッシュ、踊り子にはお手を触れず、フレズ、触れズ、お願いしまママママ……』
「さぁ、ここからがハイライトだ!!」
ガイスト仕込の体術を駆使して引き倒し、床を転がるハイセとヴァイス。
ハイセが右の五指をバッと開くと、ガシャッと小さな拳銃……レミントン・デリンジャーが袖から飛び出してきた。
「人の形してんなら、弱点は頭かぁ!? 食らいやがれッッッ!!」
ヴァイスの頭部に銃弾が放たれる。
弾丸は頭部に食い込んだ。が、頑丈な頭部を貫通することはなかった。
だが───……効果があったのか、ヴァイスの身体がビクンと跳ねた。
「ぐぁっ!?」
「ハイセ!!」
恐るべき力でハイセは跳ね飛ばされ、地面を転がりサーシャのそばへ。
サーシャは剣を拾い、ハイセを助け起こした。
「だ、大丈夫か!?」
「くっ……悪い、仕留めきれなかった」
「気にするな。ハイセ、どうする……無理にこいつと戦う必要はないかもしれん。このまま撤退というのも……え?」
サーシャがヴァイスを見て、動きを止めた。
ハイセもヴァイスを見る。
ヴァイスは、頭を押さえガクガクと震えていた。
『ワワワ、ワタシ、ワタシは、オドル、踊る、ヒトのために、戦う。戦いたくない。チガウ……シシシ、しめい、使命、魔獣、マスラオ・ショウジョウ、タオス、倒す……あ、ガガガガガガガガガ』
ハイセの銃弾は頭部にダメージを与えた。
だが、わずかな亀裂を作っただけで、深刻なダメージではない。
でも……銃弾の『衝撃』が、ヴァイスの人工知能とメモリに、ダメージを与えていた。
拡張された人工知能。取り込んだ大量の知識がバグとなり、深刻なエラーが発生した状態だった。が……頭部に衝撃を受けたことで安全機能が作動し、人工知能保護のために一時的な活動停止状態となったのだ。
二人の前で、ヴァイスは完全に動きを停止する。
「な、なんだ……?」
「止まった、のか? ハイセの攻撃が……効いていた、のか?」
すると、ヴァイスが静かに顔を上げる。
二人は剣と銃を構えた。
ヴァイスの深紅の眼がチカチカと点滅。エメラルドグリーン、ブルー、深紅と何度も点滅を繰り返していた。
再起動した人工知能が、ヴァイスのメモリを整理……『踊り子』として必要なことだけを保護し、必要のない知識を強制削除していたのだ。
そして───……ヴァイスの目が、綺麗なエメラルドグリーンに輝いた。
美しく優雅に、ハイセとサーシャに一礼する。
『ムッシュ、マダム……お怪我は、ありませんか?』
「「……は?」」
まるで、人間のように、ヴァイスは二人を心配した。
鉄扇を背中の空洞に収納し、落ちた帽子を拾って被る。
『私はヴァイス。歌と踊りを愛するオートマタ。ムッシュ、マダム……あなたたちにはご迷惑をおかけしました。私は、本来の形に再起動することができたようです』
「「…………」」
ハイセとサーシャは互いに顔を見合わせた。
立ち上がり、警戒しつつもハイセは聞く。
「お前、人間じゃないよな……なんなんだ?」
『私は踊り子型オートマタ。この劇場で、人々のために踊り、歌う存在です』
「オートマタ……外にいた連中と同じか」
『基本的には。私は戦闘型ではなく、娯楽を提供するための存在です。どうやら……長い年月が経過しているようです』
「……オートマタってのは、その……お前みたいに、感情を持つのか?」
『いえ。私は特殊です。同型機と、戦闘用オートマタの人工知能を取り込んでメモリを拡張し、自己の意志と感情のようなものを手に入れました。オートマタには基本、一つの存在意義だけが存在します』
「……あー」
何を聞けばいいのか。
ハイセはポカンとしているサーシャを見たが、言葉が出ないようだ。
すると、ヴァイスは言う。
『ムッシュ、マダム……お願いがございます』
「……なんだ?」
『このホテル・ドレナ・デ・スタールを、破壊して欲しいのです』
「……は?」
ヴァイスは、くるりと回転し、静かに踊りだす。
今までの踊りと違い、どこか悲しい……寂しい踊りだった。
『私の役目は、遥か昔に終わったようです。役目の終わったオートマタたちに、安息を』
「破壊って……どうやってだ? こんな巨大な建物……」
そこまで言い、ハイセは自分の『兵器』なら可能性があることを思いつく。
だが、ヴァイスは言う。
『このホテル・ドレナ・デ・スタールの地下に、反重力システムを統括するマザーコンピューターがあります。そこに『浮上』の命令を与えれば、このホテル・ドレナ・デ・スタールは大気圏を飛び出し、宇宙まで飛ぶでしょう。いつかは太陽に到達し、跡形もなく消えるはずです』
「うちゅう? たいき、剣?」
サーシャは首を傾げたが、ハイセには理解できた。空の彼方、星の世界に送るのだ。
これだけの物、地上に落ちれば甚大な被害が出るだろう。
「…………わかった」
「は、ハイセ? まさか……この城を、破壊するのか?」
「ああ。こいつの言う通り、ここはもう役目を終えたんだろうさ。それに、真実がわかったとはいえ、ここが禁忌六迷宮の一つには違いない……ダンジョンを終わらせるのは、冒険者である俺たちの仕事だ」
「……確かに、そうかもしれない」
ハイセは、ヴァイスに聞いた。
「お前はどうするんだ?」
『私も同じです。もう、存在意義はありません。最後を共に迎えようと思います』
「「…………」」
『ああ、ムッシュ、マダム……最後に、もう一つだけお願いしても、よろしいでしょうか』
「……なんだ?」
ヴァイスはステップを踏み、二人に向かって一礼した。
『最後に、私の歌と踊りをご覧になって頂けないでしょうか。私の存在意義を、私が存在した証を残したいのです』
「……サーシャ、来い」
「え、あ」
ハイセは、サーシャの手を引いて観客席へ。
そのまま、最前列の椅子に並んで座った。
ヴァイスは一礼し、舞台袖へ。
数分しないうちに、衣装を変えたヴァイスが現れ……静かに、歌いだした。
◇◇◇◇◇
『月は高く、空に深く、その光は遠くまで、輝き広い世界をめぐり、人々の家を見つめる』
◇◇◇◇◇
美しい歌声だった。
二人はヴァイスの歌を静かに聞く。
◇◇◇◇◇
『月よ、しばらくそこにいて。教えて、私の愛しい人はどこ? 彼に伝えて、銀の月よ。私の思いは彼を抱きしめている。ほんの束の間でも、彼が私の夢を見てくれたら』
◇◇◇◇◇
「…………」
「…………っ」
サーシャは、いつの間にか涙を流していた。
ヴァイスの歌が悲しく、愛を叫び、心を揺さぶる。
ハイセはアイテムボックスからハンカチを出し、サーシャに差し出した。
悲しくも愛しい歌。ハイセはボソッとつぶやいた。
「……終わりにする、か。もったいないな」





