白銀の踊り子ヴァイス・エトワール②/空白のオーバード
踊り子型に、意思はない。
だが、人間の言葉をある程度理解し、返答する機能はある。
踊り子型は、当時では最新鋭の『電子頭脳』が搭載され、拡張キットも豊富な高級品。
だが……マスラオ・ショウジョウとハヌマンの軍勢は、オートマタを少しずつ、少しずつ破壊……マスラオ・ショウジョウの恐ろしいところは、魔獣でありながら一流軍師レベルの頭脳があったことだ。
ヴァイスと、その仲間たちは、ハヌマンにあっさり破壊された。
ちょうどメンテナンスに出されており、預けられた工場で、侵入してきたハヌマン相手に何もできずに破壊された……当然である。彼女たちに戦う機能なんてない、踊り、歌い、舞うことしかできない。
徹底的に破壊された踊り子型。破壊を確認したハヌマンは撤退……残されたのはオートマタの残骸と、破壊された工場。
でも……たった一体だけ、生き残った。
いや、『生きる』という表現は正しくない。
四肢を破壊され、顔面の半分を潰され、胴体に夥しい亀裂が入っても……『自動修復装置』は、壊れることなく残っていた。
ヴァイスは、マスラオ・ショウジョウが『もうこの区画に脅威となるオートマタはいない』と断言した区画に、たった一体残ったオートマタとなった。
ヴァイスは、破壊され、山積みとなった同型機の中にいた。
そして、補助電力が起動……メディカルチェック。
『自動修復開始』
半分が砕け、ひしゃげた口がベキベキと開き……仲間を、捕食した。
再起動したヴァイスが最初に行ったのは、同型機……仲間を喰らうこと。
仲間を喰らい、徐々に、徐々に修復が始まった。
だが、想定外のことが起きた。
顔面と頭部に激しい衝撃を受けたヴァイスの、電子頭脳のリミットがカットされていた。
これは安全装置。
オートマタの『学習』する機能に付けられた枷。これがないとオートマタは理論上、『データがパンクするまで覚え続ける』のだ。
さらに奇跡という何かが起きた。
ヴァイスの電子頭脳は、仲間を喰らうことで、仲間の電子頭脳を吸収し拡張を続けた。
777体のオートマタを喰らい、ヴァイスの躯体は完全に修復された。というか、七十体ほど捕食した時点で修復は終わったが……ヴァイスは、食うのをやめなかった。
結果、ヴァイスは電子頭脳を拡張。777体分の舞い、踊り、歌をインストール。電子頭脳が拡張したことにより、踊り子型が持っていた『対人用コミュニケーションツール』があり得ないほど拡張……誰にもわからないが、『意思』のようなものが芽生えていた。
ヴァイスは、マスラオ・ショウジョウも、ハヌマンもいない。破壊された数千体のオートマタしかいない区画で、たった一人……いや、一体しか残っていなかった。
『…………ワタシ、は』
『思い』、『考え』、『どうするべきか』を思考する。
電子頭脳が拡張しても、やるべきことは変わらない。
『ワタシ、は……踊り子。ヒトのために舞い、踊り、歌う……』
そのために、すべきことは。
ヴァイスは、歩き出す。
そして、見た。
『……オートマタ』
戦闘用オートマタ。
最新型の戦闘用オートマタが、いくつも破壊されていた。
ヴァイスは、無意識のうちに……オートマタの電子頭脳を捕食した。
頭部を破壊し、電子頭脳チップを口に入れる。
そうすることで、自分の『知識』や『容量』が増えることにヴァイスは気づいた。
だが、戦闘用オートマタにあった知識は。
『…………インストール、完了。この動きは、踊りに流用可能』
対人用武術。格闘術。武器術。
戦闘用オートマタには、対人用の知識が豊富だった。
武器を持つ人間、武術を扱う人間をどう対処するか? そんな知識がヴァイスに増えていく……だが、人間の武術は、踊りに応用できる。
拡張した電子頭脳が、武術や武器術をインストールし、踊り子型にインストールされている『舞』の技術と融合。まったく新しい『舞』の型となり、ヴァイスに組み込まれていく。
いくつものオートマタの電子頭脳を喰らい続け、ヴァイスは進化を続けた。
そして……それは、ヴァイスのいた区画に全て、残されていた。
厄災殲滅型オートマタ。
『アンフィスバエナ』、『ラタトクス』、『キマイラ』、『コカトリス』、『ポスポロス』の五体が、見るも無惨な姿で転がっていた。
ヴァイスは迷うことなく、五体の電子頭脳を捕食。
電子頭脳が一気に拡張。殲滅型に残されていた知識をダウンロード。もはやヴァイスはただのオートマタではない。
ヴァイスは、『意思』を手に入れていた。
同時に……厄災殲滅型の『使命』まで、強烈にダウンロードしてしまった。
『───……ま、魔獣、タタ、タオス。殲滅ツツツ……』
バグが発生した。
気づけば、厄災殲滅型の躯体を加工し、踊るための装備……武器を作り出していた。
ヴァイスは首を振った。
『ワタシは、踊り子型……お、オドルのが、使命です。たた、戦うコトは、シラ、知らなイイイイイイイ……』
電子頭脳がオーバーヒート寸前だった。
そして、自身を守るために出した一つの結論。
ヴァイスは、無意識のうちに城へ……自分が踊るための『舞台』へと戻った。
城は無事だった。
舞台も無事。衣装も無事。設備も無事だった。
ヴァイスは踊った。踊り、歌う時だけバグが発生しない。
美しい衣装に着替え、観客のいないステージで歌い、舞う。
年月が経過した。
ある日、ホテル・ドレナ・デ・スタールにマスラオ・ショウジョウとハヌマンの軍勢が現れた。
オートマタはまだ少し残っているが、もはや脅威とはならなくなったのだろう。
城をねぐらにして、繁殖を行うつもりだった。
そして、城よりも居心地のよさそうな『舞台』を見つけ、マスラオ・ショウジョウとハヌマンは踏み込んだ。
そこにいたのは……歌い、踊る一体のオートマタ。
踊ること、歌うことで平静を保っていたヴァイス。
踊りを妨害するべく現れたのは『敵』だった。
そして、ヴァイスは暴走寸前まで熱くなる。
『ムッシュ、マダム。ここは劇場です。ドド、どうか……ブブ、武器を、ヲヲ、お納め、くだサイ』
破壊衝動。
厄災殲滅型の電子頭脳を五体分、777体の同型機、そして戦闘用オートマタ4589体分の電子頭脳を取り込み、全ての知識を蓄え、踊りと歌の技術に転用した『最強の殺人舞踏兵器』となったヴァイスは、鉄扇を二対構えて踊りだす。
美しき白銀の踊り子ヴァイスは、マスラオ・ショウジョウとハヌマンを、たった一体で駆逐した。
そして……何事もなかったように、踊りだす。
長い年月が経過し、観客もいない劇場で、ただ一人寂しく舞う。
そんな時だった。
現れたのは───……二人の人間。
『おきゃく、サマ……ぶぶぶ、武装、カイジョ』
ヴァイスは踊る。
自分が壊れないために、観客である人間を相手に。
 





