天空の舞踏城ドレナ・デ・スタール⑭/不思議なファンタジア
ロビーを抜け、正面にある大階段を上り二階へ。
城の二階は太い通路があり、壁の両側には豪華なドアがいくつも並んでいる。
慎重に、最初のドアを開けると……そこは客間のようだ。
「……シャンデリア、机、椅子、天蓋付ベッド……調度品も、全て高級品のようだな」
「ああ。そこのツボ、いくらするんだろうな……サーシャ、土産に持って行けよ」
「む、まぁ……うん」
サーシャはアイテムボックスにツボを入れた。
やや罪悪感があるのだろう。本屋や服屋では代金を支払ったが、城にあるものを金貨で支払うというのは少し違う。
ハイセは「まぁ、ダンジョンの財宝だと思うか」と適当に言う。
ハイセは机を調べる。
「……特に何かあるわけじゃないな。まぁ、ここは客室だし」
隣の部屋も、向かい側の部屋も客室のようだ。
さらに奥にはキッチン、大浴場、トイレなどもあった。
ここまで調べ、ハイセはサーシャに言う。
「……妙だな」
「え?」
「この城、客室がやたら多いぞ。二階は全部同じ間取り、同じベッドや椅子が並んでる」
「確かにな。城というのに詳しいわけではないが……」
「……むぅ」
三階へ向かう。
こちらもほぼ同じ間取りで、部屋の全てが客室だ。
四階、五階も同じ……同じ間取りしかない、同じ物しか置いていない。
さすがにこれはおかしい。
「図書室とか、会議室とか、普通はあるモンだろ……古代の城ってのはこんな間取りなのか?」
期待していたものがなく、ハイセはやや苛ついていた。
不思議なことに、全ての階にはラウンジのような広い休憩スペースがあった。
二人は一階ロビーに降り、壁際にあったソファに座る。
「……おかしいぞ、ここ」
「ああ。階層にあるのは全て客間、玉座も、謁見の間もない。あるべきはずの図書室もない。ハイセ……私にはここが『城』とは思えない」
「……うーん」
と、ハイセがソファに深く腰掛け、首を上に傾けた時だった。
「ん? ───……なっ!?」
「ハイセ?」
ハイセはガバッと立ち上がり、勢いよくソファの隣へ。
隣は壁ではなく空洞になっており、カウンターが設置されていた。
「おい、どうした?」
「……は、はは。お、俺たち……とんでもない、勘違いをしていたぞ」
「は?」
「…………」
ハイセは、サーシャの頭上を指差す。
そこには、小さな看板のようなものが吊るされていた。
サーシャは首を傾げた。その文字が読めなかったのだ。
ハイセはぽつりとつぶやき……サーシャは驚愕した。
看板には、こう書かれていた。
「…………『受付』」
ここは、城ではない。
客間があり、ラウンジがあり、大浴場があった。
城のような造りをしただけの、『宿』だったのである。
「こっちにドアがある。よし、調べるぞ」
ハイセは、カウンターに入る。
奥にはドアがあり、開けると事務所になっていた。
本棚には大量の帳簿があり、机には書きかけの帳簿や資料、さらに壁には城……いや、宿のマップがあった。サーシャはマップを丁寧にはがす。
「まさか、宿だったとは……外観から、完全に王族の住まう城に見えたぞ」
「そういう趣向の宿らしいな。見ろ、帳簿に書かれてる。『ホテル・ドレナ・デ・スタール』……そういうことか、ここは宿だったのか」
帳簿だけじゃない、報告書のような物もあった。
それらの資料を調べ、ハイセはついに結論を出した。
「俺の推測は間違ってた……なるほどな」
「ハイセ、どういうことだ?」
「リング内にあった断片的な資料から、ここは古代の王国で、オートマタ技術の発展した国って推測したが……そうじゃない。ここはもともと、観光地だったんだ」
ハイセは、話し出した。
◇◇◇◇◇
ドレナ・デ・スタール。
ここは古代の有名な観光地で、古の古城をモデルにした『ホテル』が有名な街だった。
だが、『七大厄災』の一体である『マスラオ・ショウジョウ』に狙われた。観光地である街にあるのはせいぜい警備隊。なので救援を要請。
救援に来たのは、オートマタ。
当時、オートマタは戦闘用はもちろん、一般家庭や掃除用など多岐に渡り普及している時代だった。
マスラオ・ショウジョウ相手にオートマタは善戦し、厄災殲滅型という当時では最強クラスのオートマタも投入……ドレナ・デ・スタールは戦場となった。
ドレナ・デ・スタールには四つの区画があった。
そのうち、三つの区画で大規模な戦闘が起こり区画が崩壊寸前になるまで追い詰められた。
オートマタを派遣した『※※※※』は、当時のドレナ・デ・スタールの町長に提案する。
『ドレナ・デ・スタールを空中へ。猿を全て地上から隔離し、区画の一つを核爆発させ消滅させる』
ドレナ・デ・スタールには、浮遊機構が組み込まれていた。
移動する観光地。いずれはそういう名目で世界中を回るつもりだったのだろう。
町長は、被害のない一つの区画に住人を全て避難させ、ドレナ・デ・スタールを上空へ。
一つだけ、ドレナ・デ・スタールには欠陥があった……それは、浮遊する場合、一つの区画だけでなく、全てが上空へ浮かんでしまう。切り離すことができなかったのだ。
マスラオ・ショウジョウの眷属である『ハヌマン』を一つに区画に集めることは成功した。
そして、核爆発により区画が爆破され、ハヌマンは消滅。
その時に発生した『放射能』の濃度は数千Gy……人間が浴びれば即死。
核爆発が起きた区画と、住人が避難していた区画の距離は近かった。そして、爆発が起きハヌマンが全滅すると同時に、避難していた住人も即死したのである。
当時の技術者が、放射能のことを計算していなかったのか、あえて無視したのかも…」。
ほんのわずかに生き残った人は、別区画にいたマスラオ・ショウジョウに殺された。
オートマタもほぼ破壊された。
空中城は、操作する人間もなく、ただ上空を漂い続ける。
核燃料が尽きても、太陽光エネルギーにより常に充電を続け、飛び続ける。
空の棺桶となり、これからも永遠に。
◇◇◇◇◇◇
「……これが、真相だ」
「かく、ばくは?」
「核爆発、強烈な力なんだろう。リングはもともと、四つあったんだ……ハヌマンを崩壊した区画に呼び寄せて、その核爆発によって一気に倒そうとしたんだろうな。だが、その時に発生した即死レベルの放射能ってやつが、避難していた人たちのいる区画を襲い、住人が全滅したんだ」
「……そんな」
「わずかに残ったオートマタの残党、ハヌマンの残党、そしてマスラオ・ショウジョウとわずかな生き残りだけの世界。この真相の資料も、生き残りが書いたんだろうな」
「マスラオ・ショウジョウは?」
「……書いてない。寿命で死んだと考えるのが普通だろうな。少なくとも、オートマタの残党がいる区画には近づかなかっただろうよ。また爆破の可能性もあるだろうし」
そこまで言い、ハイセは資料をアイテムボックスに入れた。
「禁忌六迷宮でもなんでもない、ここは……ただの観光地。たまたま『七大厄災』の一体が入り込んだだけの、憐れな地だ」
「だが、魔族は? 奴らの話では、ここは檻だと……」
「うーん……オートマタを提供した奴の名前が出てこない。もしかしたら、そいつらが魔族で、城を浮かべるように言ったのも魔族なのかもな。まぁ、推測だけど」
ようやく、真実がわかった。
ハイセは小さく息を吐いた。
「目に見える財宝は期待できないな。ま、俺は大量の本や資料が手に入ったからいいけど」
「……なんだか、寂しい場所だな」
「ああ。ある意味……禁忌六迷宮の一つ、『ドレナ・デ・スタールの空中城』は、七大厄災の被害を受けただけの場所だな」
ハイセがそう言い、サーシャは悲しげに顔を伏せ、城のマップを見て気づいた。
「ハイセ。この城……いや、宿か。奥の方に大規模な『舞踏場』があるようだぞ」
「資料によると、この宿の目玉らしいな。演劇、歌劇、ダンスなんかのショーを毎日開催してたらしい」
「なるほど……なぁ、少し見て行かないか?」
「いいぞ。真実もだいたいわかったし、あとは地上でこの資料を調べて補完すればいいしな」
事務所を出た二人は、大階段を上って正面にある大きなドアを開けて外へ。
そこは、朽ちた庭園。一本道の奥には大きな建物があった。
「あれが舞踏場か……立派だな」
「客席は数千人規模で入れるらしい。ハイベルグ王国にもない規模だな」
装飾の施されたドアが、二人が近づくと自動で開いた。
「おお、すごいな」
「オートマタの技術か? 便利なもんだ」
そして、舞踏場の中へ。
中は立派で広い。客席の一つ一つが洗練された、三階建てのホールだ。
中央にある舞踏場はただ広い。設備が生きているのか、二人が入るとスポットライトがステージの中央を照らした。
「「───……!?」」
そこで、二人が見たのは。
ステージの中央にあったのは、巨大な魔獣の骨。
全長が三十メートル以上ある、とんでもない魔獣の骨だった。
外見的特徴から、ハヌマンに似ている。
だが、大きさは桁違い。
「ま、まさか……ま、マスラオ・ショウジョウの……骨?」
「ど、どうなっているんだハイセ……あの骨、どう見ても斬られ、叩き潰されているぞ!?」
骨は、バラバラに切られ、砕け散っていた。
どう考えても、この舞踏場に相応しくない骨だった。
すると───……ステージの奥から、何かが現れた。
◇◇◇◇◇◇
『とても美しきラウラス、谷や野を通って、ずっと穏やかに流れる君に、私たちはあいさつをする。君の銀色のリボンは、人と機械を結び、心は楽しく鼓動する、君の美しい岸辺で』
◇◇◇◇◇◇
それは、美しい歌だった。
現れたのは───……美しい舞を踊る、一体の機械人形。
両手に『鉄扇』を持ち、踊っては開き、回る。
動きが、人ではありえない。
身体の造りこそ人間的だが、四肢は白磁のように白く、顔も作り物だ。口が裂け、眼球はガラス玉のようで、瞳は淡いエメラルドグリーン。
踊り子の服を着ているが、腹部には穴が開いている。背中には時計のような円状の何かがチクタクと回転しており、人を模した人であると見てとれた。
ハイセとサーシャは、オートマタの踊り、歌に魅了されていた。
素直に……美しい、人を模した存在の『美』が奏でる奇跡が、目の前にあった。
踊りは続く。
柔らかなステップ。歌に合わせた高速ステップ。鉄扇による舞。白磁の表情は一切変わらず、舞だけが世界を支配している。
◇◇◇◇◇
『遠い黒い森から、君は海へ急いぎ、恵みを与え、東に向かって行く、多くの同胞がもつのは、時代の団結の象徴』
◇◇◇◇◇
ハイセは、冷や汗をかいていた。
こいつは危険だと、本能が察知していた。
ただ、踊っているだけじゃない。
まるで隙がない。
「サーシャ、こいつだ」
「…………」
歌は続いている。
踊りも終わらない。
だが、ハイセは自動拳銃を抜いた。
「こいつが、七大厄災の一つ、『マスラオ・ショウジョウ』を倒した奴に違いない」
「……あ、ああ」
「おい、サーシャ」
「わかっている。だが……美しいと思ってな」
踊りがピタッと止まり、踊り子人形はハイセとサーシャを見た。
『ムッシュ、マダム……』
「……お、俺のことか?」
「わ、私か?」
踊り子人形は、鉄扇をバシッと開く。
『オ、オ、踊り、マショう……わ、ワタクシと、一緒、ニ……』
踊り子は、ガクガクと身体をブレさせながら、鉄扇をハイセとサーシャに向けた。
『こ、コチラの会場、デハ、武装厳禁で、ござい、マス。ドドド、どうかカカ、武器を、ヲヲヲ、お納め、くだサイいいいい……』
踊り子人形ががくんと首を垂れ、再び顔を上げた瞬間、エメラルドグリーンの両眼が真っ赤なルビーのように輝いていた。
『これより踊り子型・№731codeネーム『ヴァイス』による暴徒鎮圧を開始します』
二人は知らなかった。
当時のドレナ・デ・スタールの人も知らなかった。
数万のハヌマンを率いた最強の猿マスラオ・ショウジョウが、たった一体の踊り子人形に惨殺されたことや、かつてドレナ・デ・スタールの空中城に挑んだ冒険者たちが、この踊り子人形を持ち帰ろうとして返り討ちにあったことなんて。
観客もなく、寂しく踊る人形が、二人に牙を剥いた。





