天空の舞踏城ドレナ・デ・スタール⑬/古城のゴスペル
翌日。ハイセとサーシャはシェルターから出発。
一通り、リング上部を調べてみたが、構造的には中下部と同じ造りで、特に目ぼしい施設などはなかった。あったのは、転送装置がある塔だけで、ここだけ不思議とオートマタによる損害がなかった。
中下部と違うところは、オートマタの種類や損壊具合。
やはり上部は、『マスラオ・ショウジョウ』の攻撃が激しい場所のようだ。
二人は転送装置のある塔を目指しながら歩いていた。
「うーん……」
「どうした、ハイセ」
「いや、マスラオ・ショウジョウ……『七大厄災』の魔獣の死骸がないと思ってさ」
「……地上に落下したのかも」
「それもある。それか、単に俺らが見落としたのか、それとも城にあるのか」
「生きて、どこかを徘徊している……というのは?」
「……それは考えてなかった。はは、やるなサーシャ」
「ふふ、お前やタイクーンの会話に付いていくためには、こういう『あり得ない』ことも考えておかないとな」
ハイセは「違いない」と言って笑った。
二人で歩くこと数時間、ようやく塔が見えてきた。
「いよいよ、城へ行くんだな」
「ああ。どうなっているかわからないけど、隅々まで調べる予定だ。悪いけど、俺の気が済むまで付き合ってもらうからな」
「構わん。もともと、私はお前に付いてきただけだ。行動の方針は全て、お前に決める権利がある」
「そりゃどうも」
塔に到着。
オートマタの心配もなく、門を開けて二人は中へ。
慣れた手順で電源を入れ、転送ルームに入った。
「城、か……古代の歴史の結晶、楽しみだ」
「古代の物にはあまり興味はないが……城なら武器庫もあるだろう。古代の刀剣などあれば私は嬉しいな」
「お前らしいよ───……」
転送───……一瞬の光と浮遊感。
二人はリング上部から、古代の城へと到着した。
転送装置から出ると、目の前に巨大な『城』が見えた。
まっすぐ伸びた石畳の道。その先には橋が架けられ、どういう理屈なのか美しい池があり、さらに噴水まであった。
街路樹が規則的に並び、休憩用のベンチもある。まるで憩いの場だった。
「……美しいな」
「ああ。ここにはオートマタもいないのか? 残骸もないし……この街道、掃除までされているのか、落ち葉の一つもないぞ」
二人は石畳の道を歩く。
まるで公園。少し先には大きな城が見え、城まで続く道も綺麗だった。
リング中部、上部が戦場のような光景だったせいで、まるで別世界だ。
「城があるということは、王族がいたのかな……」
「これだけデカイ城だ。図書室とかあるだろ。歴史書とかあれば……それに、この城だって最初から浮いてたわけじゃない。俺たちの住む地上のどこかに国があって、それが『七大厄災』に襲われて浮上したんだ。この城がどこにあったのか……その跡地を地上で調べたら、歴史的な発見があるかも」
「……楽しそうだな」
「ま、趣味だな」
別に、読書は好きではなかったハイセ。だが、戦術書などを読むうちに様々なジャンルの本を読むようになり、いつしか趣味となっていた。知らないこと、未知のことを知るのは楽しい。
タイクーンと違うのは、研究をして確固たる結論が出るまで調べるのではなく、手元にある情報だけで推測を重ねて独自の結論を出す。そこまでの思考の道のりが楽しかった。
二人はゆっくり歩き、城へと続く正門に到着した。
正門は可動式の橋が掛かる掘と、大きな鉄門に守られている。堀の幅は二十メートル以上あるようだ。
「下は水か……よし、ちょっと待ってろ」
ハイセはアイテムボックスからフック付きの鎖を出し、対岸の正門傍にある柵に投げる。
うまい具合に柵にフックが絡まり、鎖を近くの木に固定した。
「サーシャ、堀の対岸に渡って、跳ね橋を下げてくれ」
「わかった」
サーシャは跳躍、鎖を走って伝い柵を乗り越えた。
そして、正門近くにある監視塔に入り、跳ね橋を操作するレバーを下げる。
すると、跳ね橋がゆっくり降りてきた。
「よーし」
「……面倒だな。ハイセも鎖を渡ればよかったのでは?」
「こういう仕掛けは動くか確認して、使えるなら使った方がいいんだよ。俺たちは野蛮人じゃないんだ、ドアがあるなら開けて、仕掛けがあるなら解除して使う。ダンジョンだってそうやって攻略するモンだろうが」
「むぅ……確かに」
跳ね橋を渡り、正門を開ける。
正門も見張り塔で開けるようだったので、仕掛けを解除する。
正門を抜け、城へ続く道を二人は歩き───……サーシャが気づいた。
「……あれ?」
「ん、どうした?」
「あの城……妙だな」
サーシャは、城を見上げていた。
まだ数百メートル先にある城だ。ハイセも城を見て、眉をひそめた。
「……ランプの、明かり?」
「ああ。窓から光が漏れている……どういうことだ?」
「…………」
誰か、いるのだろうか。
ハイセとサーシャは顔を見合わせ、気を引き締めつつ進む。
そして、城へ続く一本道を抜け、ようやく城の入り口に到着。
二人は、愕然とした。
「な、これは……」
「……っ」
城の入口に、『巨大な穴』が開いていた。
大きな何かが激突したような、正面のドアが砕け、内側に残骸が散らばっている。
ハイセは自動拳銃を抜き、サーシャは剣の柄に手を添え、ゆっくり穴から城の中へ。
「…………おいおい、マジか」
城の一階は、エントランスホール。
そこに、いくつもの魔獣の骨が散乱していた。
歪な人骨のような、まるで猿のような骨。
「……おそらく、『ハヌマン』だな」
「ハヌマン?」
「資料にあった、『マスラオ・ショウジョウ』の眷属……猿の魔獣だ。見ろ、この骨……鋭利な刃物で両断されたような跡や、叩き潰されたような跡がある。人為的な攻撃だ」
「……ハイセ、おかしいぞ」
「え?」
「入口は見ての通り破壊されている。ここからこの猿が入ったのは間違いない……だが、壊れているのは入口だけだ。これほど多くの魔獣が暴れたはずなのに、シャンデリアも、そこの花瓶も、壁画や絵画も、まるで傷が付いていない……」
「…………」
どういう戦い方をしたのだろうか。
間違いなく、戦いでハヌマンは死んだはずなのだ。だが、周りにその痕跡がない。
相当な実力者が…ひょっとしたら…。二人は冷や汗を流す。
「……どうする?」
「……一階はエントランスホールか。手分けすることも考えたけど、一緒の方がいいな。まずは二階から調べよう」
「あ、ああ。ハイセ……ここは不気味だ。何百年も空を飛んでいるはずなのに……」
「…………」
ハイセは無言で自動拳銃のマガジンを抜き弾丸を確認、マガジンを再装填し、スライドを引いた。





